水の別荘
「うわぁ、お母様、見てください! なんて美しいのでしょう」
「本当に。水の別荘というより、もはや水の街ね!」
マルグリット公爵夫人が所有する水の別荘に、ついに上陸した。
周囲はエメラルドグリーンの湖が広がり、爽やかな風が吹き抜け、とても心地よい。
私の着ている白のドレスも風を受け、レースがひらひら揺れている。
母親のクリーム色のドレスのフリルも、風にはためていた。
ボート乗り場から島に降り立つと、そこには遥か彼方にお城のような別荘が見えている。水路が広がり、その水路の両端には、カラフルな壁の建物が、ズラリと並んでいた。
「さあ、ゴンドラに乗ろう」
ベージュのセットアップを着た父親に言われ、親子三人でゴンドラに乗り込むと、白シャツに赤いズボンの船頭が、陽気に話しかけてくれる。
「この水路沿いにある建物は、色ごとに工房が分かれているんですよ。オレンジ(パン職人)、イエロー(被服職人)、ピンク(菓子職人)、グリーン(工芸家)、ライトブルー(詩人)、ブルー(画家)、パープル(音楽家)、ブラウン(靴職人)という感じでね。全部で二十五の工房があるんですよ」
天気も良いこともあり、陽光を受け、工房の建物のカラフルな壁が、より鮮明に感じる。
「ようこそ~、水の別荘へ」
「いらっしゃいませ、お客様!」
工房の窓から、職人や芸術家の卵が手を振ってくれる。
両親も私も、大喜びで手を振り返す。
明るく陽気な雰囲気で、気持ちも大いに盛り上がる。
ほどなくして別荘の正面エントランスにつながるゴンドラ乗り場に到着した。
「どうぞ、水の別荘の滞在をお楽しみください」
船頭さんに見送られ、オープン馬車に乗り換え、別荘のエントランスへ移動する。
「ようこそ、バークモンド公爵夫妻、チェルシー様!」
マルグリット公爵夫人が、エントランスホールで出迎えてくれた。ズラリとメイド、侍従、バトラーが勢揃いし、「ようこそ、バークモンド公爵家の皆さま」と挨拶してくれる。
そのまま部屋へと案内してもらうと……。
ドアには「チェスの部屋」と書かれたプレートが飾られている。
中に入ると……。
すごい!
床は、チェスボードのマス目が、ベージュとブラウンで表現されている。部屋に置かれている調度品は、チェスピースの形をしていた。クィーンのピースをかたどったドレッサー、ナイトの形の帽子掛け、ビショップをモチーフにしたスタンドランプなど、実にユニーク!
すべて水の別荘の工房に暮らす職人によって、作られているという。
運び込んだトランクの荷解きはメイドにまかせ、マルグリット公爵夫人とお茶会となった。
テラスに用意されたテーブルには、工房にいる菓子職人が、腕によりをかけ作ったお菓子が、ズラリと並んでいる。カラフルなドラジェ、市松模様のクッキー、メレンゲ菓子、鮮やかな色合いのムース、宝石のようなチョコレートとキャンディー。もう見ているだけでテンションが上がってしまう。
「さあ、皆さま、お座りになって。お茶会を始めましょう」
マルグリット公爵夫人の合図で、カップに紅茶が注がれる。
「こちらはね、ブラックベリー、ラズベリー、イチゴなどのドライフルーツを加えて作った、ベリーティーですの。工房の紅茶職人が考案したもので、フレーバーティーという言い方をしています。王都ではあまり見かけない紅茶だと思うのですが、香りも味わいも、素晴らしいから召し上がってみてください」
確かにこの世界では、まだブラックティーが主流。よってこの工房で生み出されたフレーバーティーは、これから新たなトレンドを生むに違いなかった。
なんというかマルグリット公爵夫人は、この水の別荘を作り上げた点も含め、とても画期的。それは今回の顔合わせでも、生かされることになった。
「本来の顔合わせは会議室で、お茶もなく、お水のみで、神妙な雰囲気で行われるでしょう。でもそれだと味気ないわよね」
そう言うとマルグリット公爵夫人は、優雅な手つきで紅茶を飲む。
「ですから明日、ガーデンパーティーという形にして、そこでカジュアルな雰囲気でチェルシー様とデーツ子爵のご子息……ジョルジオ・デーツ様とお話できるようにしますわ。デーツ子爵夫妻もいらっしゃるけれど、あとはメイドと既婚バトラーのみしかパーティー会場にはいれないようにします。ですからチェルシー様も扇子で顔を隠すことを、そこまで気になさらないでいいわよ」
これにはもうビックリ!
ビックリではあるが、そこまで砕けていいのなら、緊張せずに腹を割ってジョルジオとも話せそうだ。
「チェルシー様。明日は思いっきり、あなたらしい素敵なドレスを着て、ガーデンパーティーに参加してくださいね」
これにはもう笑顔で「はい!」であり、明日が楽しみでならない。
顔合わせからスタートと、順番はイレギュラーであり、いろいろ斬新だった。
それでもいつも姿絵で「お断り」だったから、初めて縁談で、顔合わせを経験することになる。
ジョルジオは“魅惑の美男子”と言われ、多くの令嬢を虜にしているという。きっと素敵な男性であり、私もメロメロになってしまうかもしれない。
これでトントン拍子でジョルジオとの婚約が決まれば……。
アレクサンデル王太子と婚約せずに済む!
悪役令嬢にならずに済む!
俄然、気合いが入った。