私のために
謎の騎士が名乗らなかったこと。それについては納得していると答えた私に、ルイズは実直な表情で尋ねた。
「下衆男爵に襲われた際、怪我はしなかった? どこか痛むところはない?」
「それは……。腹部にちょっと」
「腹部がどうしたの? 教えて、チェルシー」
ルイズがとても真摯な顔で私を見ている。
真摯で……とても切羽詰まった様子に、なんだかドキドキしてしまう。
「お医者様には、二週間ぐらいで消えると言われたわ。でもお腹の辺りに結構目立つ痣が」
突然、大きな音がして、目が点になってしまう。
周囲の騎士も、何事かとこちらを見た。が、何か壊れているわけでもない。皆、首を傾げつつも、自分たちの行動を再開した。私は、ルイズが拳でテーブルを叩いたのだと、ようやく理解する。
「ル、ルイズ……?」
「チェルシーのその綺麗な肌に、傷をつけたのか、その下衆男爵は……」
怒りをかなり抑えた、絞り出すような声に息を呑む。
これは私のために怒ってくれていると分かるが……。
「ルイズ、だ、大丈夫よ。残らないと言われたから。二週間ぐらいで消えるって」
握りしめたルイズの拳が震えている。
どうしたらいいのかしら?
その手に触れようとすると……。
ルイズはすっと肩の力を抜いた。
さらに深く呼吸をして、私を見る。
「……チェルシーに、ヌードモデルお願いしようと思っていたのに。それじゃ無理だな」
「!? な、ルイズ!? そ、そんなの無理よ! 痣がなくても無理だわ!」
そんなことをルイズが言い出すと思わず、もう全身が一気に熱くなってしまう。
間違いなく、顔は真っ赤だと思った。
「冗談だよ、チェルシー」
朗らかに笑うルイズは、いつものルイズ。
ヌードモデルなんて急に言い出すので、焦ってしまったが。
よかった。
ルイズはこの笑顔が一番似合うのだから。
「今回はとても怖い目にあったよね、チェルシー。もう、舞踏会で既成事実婚を目指すことは懲り懲りだろう?」
「……そうね。舞踏会は……エスコートしてくれる男性がいないなら、行かないわ。何より、見知らぬ男性と二人きりになるのが、怖く感じているから」
「チェルシー……。可哀そうに。でも……うん。そうだよ。見知らぬ男性だと、そうなって当然だ。これからは知らない男性とは二人きりにならないよう、気を付けて。舞踏会なんて、無理していく必要はないよ。それにエスコートしてくれる男性。その通りだ。ちゃんとそういう男性ができてから、舞踏会については考えればいい」
しみじみと優しくルイズに言われると、本当に思う。
ルイズに舞踏会へ行くのは止めた方がいいと言われていたのだから、父親から提案されても、断ればよかった。
「でもさ、チェルシー。見知らぬ男性は怖いけど、僕は大丈夫だよね? 男性全般がダメ!というわけではないだろう?」
「ええ。それは大丈夫。こうやってルイズと話していても、怖くないわ。それにここは騎士団の食堂で、周りには沢山の男性もいる。でも彼らは王立騎士団の騎士。レディにひどいことをする人たちじゃないと分かっている。だからここにいても、怖くないわ」
「そうか、よかった。本当に怖い目にあったけど、これでチェルシーは無謀な行動をしなくなるね」
「そ、そうね……」
確かにもう、舞踏会へ行くつもりはない。
ただどこかであの謎の騎士とバッタリ再会できたら……という気持ちはある。それに望みは薄いが、縁談もあきらめていない。
「あとさ、チェルシー」
「な、何!?」
ルイズは、なんだか私が悪巧み(!?)を考えているタイミングでいつも話しかけてくるので、もうドキリとしてしまう。
「既成事実婚なんてしないで済むよう、相手を見つけるという約束。僕はちゃんと動いているからね」
「……! ルイズ、そうなのね。それは……ありがとう! 嬉しいわ」
そうは言っても、ルイズは宮廷画家の弟子であるが、身分としては平民になる。
どう考えてもルイズが見つけてくれる相手は、縁談の条件交渉のテーブルに乗ることさえ、難しいだろう。
そうではあっても。そうだとしても。
嬉しかった。
ルイズが私のために頑張ってくれることが。
「よし。僕は師匠のところへ戻らないと。チェルシー、付き合ってくれてありがとう」
「私こそ、話を聞いてくれてありがとう、ルイズ」
食事を終えたルイズは宮殿へ戻り、私は屋敷へ帰った。