怒り心頭
私と両親の帰宅は、偶然にも重なった。
エントランスホールで顔を合わせた両親は、共にほろ酔いでご機嫌。
その二人に例の下衆男爵について話すのは……。
そう思ったが。
マルグリット公爵夫人の使いが、お詫びの書状を持ってやってきた。
おかげで私が説明するまでもなく、その書状を読んだ両親は、私の身に何が起きたのか知ることになった。
両親の怒りはすさまじい。
ほろ酔い気分は吹き飛び、二人とも鬼の形相になる。さらに下衆男爵の屋敷に、騎士を向かわせようとしたので、慌てて止めることになる。
「許さん! 男爵家のくせに、公爵家に手を出すなんて! しかも身動きとれぬ状態で襲うなど、言語道断。ルーカス、今すぐ下衆男爵の首をはね、わたしの面前に持ってこい!」
我が家の筆頭騎士に、とんでもない命令を父親が出したかと思えば。
「ルーカス、首だけでは許しません! 火を放ちなさい、下衆男爵の屋敷に! 火を、火を放つのです!」
母親までそんなことを言い出すのだから……。
「お父様、お母様、落ち着いてください。下衆男爵は私が誰であると分からず、狙ったのです。今日はフルフェイスの仮面をつけていたので、私であるとはバレていません。紋章がついた持ち物はハンカチだけで、それは下衆男爵には見せていません! それなのに首をはねたり、火をつければ、私が被害者だと分かってしまいます。それに未遂で済んだのです。落ち着いてください」
すると今度は……。
「ならば都合がいい。暗殺するんだ、ルーカス! 痕跡は残すではないぞ」
「痕跡を残さないならば、燃やすのが一番。やはり火をつけましょう」
私の両親は。
美男美女の優しい父親と母親だったはずだ。
それが今は悪魔のように恐ろしい。
二人をなだめるのに二時間かかり、そこから入浴をすることになった。
すると今度は入浴を手伝ってくれたメイドたちが、色めき立った。
「ひどいですわ! チェルシーお嬢様のミルクのような肌に、おぞましい痣ができているではないですか!」
「本当ですわ! 陶器のような白い肌がこんなことに……! 許せません! 私が寝込みを襲い、下衆男爵の首を掻っ切り、この世から消して見せます!」
「それならば私も協力します。屋敷に火を放ちましょう!」
どうしても下衆男爵は首をはねられ、屋敷は燃やされるらしい……。
メイドをなだめ、ようやくベッドに潜り込み、ため息をつくことになる。
舞踏会の既成事実婚。
これはもう……しばらくは無理かな。
まず下衆男爵のような輩もいるのだと知ってしまった。
でも既成事実婚になるためには、二人きりで事を成さねばならない。
だが正直。
その日その場で知り合った相手と二人きりになるのは……怖い。
無理だ。
何をされるか分からない。
その一方で。
私を下衆男爵から救ってくれた彼。
あの人は騎士。
そして傷を隠すために仮面をつけていたに違いないと思う一方で。
その傷があるため、縁談をあきらめ、既成事実婚を狙っている可能性に気づいてしまったのだ。
なぜなら。
誰よりも縁談に詳しい私がサーチする限り、騎士で何度も縁談が破談している人物はいないのだ。そう考えると、額などに傷があるため、そもそも縁談をしていないのでは?
やはりあの謎の騎士は、既成事実婚狙いなのでは……。
それにあの謎の騎士であるならば。
下衆男爵のような乱暴はしない。そう思えた。
だから……。
彼とだったら既成事実婚も……と考えてしまうのだ。
でも名前も分からない。
謎の騎士……そう呼んでいるが、騎士である保障もない。
そうなると舞踏会に足を運びまくり、再会を願うしかないが……。
舞踏会は……もうしばらくはいいという気持ちもある。
既成事実婚を狙うためではなくても、舞踏会自体に行くことが嫌になっていた。
加えて。
このお腹の痣。
医者の見立てでは、痣自体は、二週間程度で消えるだろうと言ってもらえている。痣よりも。容態の急変がないか、留意するよう言われた。そして吐き気があるとか、めまいがするとか、そう言った症状は、今のところ出ていない。よって痣が消えれば、もしあの謎の騎士とそうなっても……と思うが。
痣が消える期間、彼を見つける期間。
後者はいつになるか分からない。
それどころか、見つかるかどうかも分からない。
もたもたしている時間はなかった。
そんなことをしていたら、アレクサンデル王太子と婚約することになってしまう。
こうなるともう……縁談で相手を見つけるしかない。
でも見つかるのだろうか……。
ここで振り出しに戻る。
やはり既成事実婚しかないのではと悶々とすることに。
いや、悩んでも答えはでない。
今日はもう寝よう。
気が張り詰めていたが、慣れた自室のベッドで横になると。
緊張の糸も切れた。
気づけばぐっすり眠りに落ちていた。
誤字脱字報告をしてくださった読者様、ありがとうございます!