前編
異世界恋愛9作目です! 今月はこれでラスト!
「グレース! 君との婚約を解消させて貰う!」
ロスティ様に呼び出されるや、いきなり婚約の破棄を告げられました。隣には、私の代わりに連れて来たであろう女性が居ました。
「理由を聞かせて貰っても良いでしょうか?」
「簡単だ。私は、お前が治癒を行使している所を見たことがない。能力も使えない聖女を伴侶にする意味がない。よって、私は伯爵令嬢である彼女と結婚することにした」
「そう言うこと。箔付けをするなら、実質を伴っていた方が良いでしょう?」
ニヤニヤと私を見て笑っています。治癒を行使しない聖女など、教会から送られた箔付けでしかない。と言う考えには納得する所もあります。
「おっしゃる通りです」
「物わかりの良さだけは認めてやろう。分かったのなら、さっさと出て行け! 貴様と婚約していたという事実すら恥だ! この国から出て行け!」
去る前に、私は彼らへと歩み寄りました。報復されると考えたのか、引き連れていた兵士達が武器を取り出すよりも早く、私は治癒を行使しました。
「去る前に、一つ。私の治癒を見せましょう」
周囲に光の奔流が走る。ロスティ様のみならず、使用人や新しい婚約相手をも包み込んでいきます。彼らの表情は穏やかな物で、体内に溜まった怪我や病気が癒されて行っているのが分かります。
光が収まる。先程までの剣呑な雰囲気は残っておらず、誰もが戸惑う中。ロスティ様が、私に向かって尋ねて来ました。
「あの。君は一体?」
「私はグレースと申します。ロスティ様が婚約なさったということで、教会から祝福の為に足を運ばせて頂きました」
「そうか! ありがたい! 感謝するぞ!」
「いえ、またの御加護を」
笑顔で見送られながら、私は屋敷を去りました。数年間、培ってきたはずの交流と失望を全て消し去った後で。
~~
「そうか、婚約破棄をされたのか。お前が『治癒』を行使したとは言え、何を切っ掛けで我々に辿り着くかは分からん。お前は国から出て行け」
教会に戻った私は、司祭様に勧められて国を出て行くことにしました。特に行くアテもなかったので斡旋所へと向かうと、大量に募集要項が貼られており、頻りに勧誘が行われていました。
「街中のドブ掃除! 早い者勝ちだ!」
「こっちは繁忙期限定の店の手伝い! 若くてキビキビ動く奴を採用するよ!」
「外に出てみたい奴は、ウチなんてどうだ! 船乗りだよ!!」
仕事にも色々と種類があるようです。国内の物は避けるとすれば、船乗りが適正でしょうか。航海中は病気や怪我も多いと聞きますし、聖女としては打って付けです。
次々と人が集まって行くので、私も行こうとした所で腕を引かれました。振り返ってみれば、赤毛の青年が居ました。
「やめておきな。あそこにいる奴らの殆どは仕込みだ。そもそも、船乗りなんてロクな仕事じゃない」
「貴方は?」
「俺の名前はアトムっていうんだ。国外で仕事がしたいんだろう? 俺について来ないか?」
彼と船乗りの募集をしている男のどちらの方が胡散臭いかと言われたら、どちらも同じ位ですが、彼の提案が気になるので付いて行くことにしました。
斡旋所を出て、暫く歩くと。馬車が停められていました。2人で客室に乗り込むと、何処とも知れぬ場所へと走り出していきます。
「これは何処へと向かっているのですか?」
「着いたら話すよ。なぁ、アンタ。『氷の聖女』と呼ばれているんだろ? アレって、どういう意味なんだ?」
ふむ。どうやら、彼は何も知らない人間と言う訳ではない様です。私のことを知っていて、声を掛けて来たと言うのなら司祭様の知り合いか。あるいは、ロスティ様の関係者なのかもしれません。
「そのままの意味です。氷の様に誰に対しても冷たい聖女。それだけです」
「それは変な話だ。俺が聞いていた話じゃ、アンタはどんな聖女にも治せない病気や怪我を治しちまうんだろう? 聖女の権化みたいな物じゃないか」
「……その代償として。治療した相手が、私のことを忘れるとしたら?」
アトム様が息を呑みました。今まで、治癒を行使した相手には事前に説明していることです。果たして、この説明を聞いても私と一緒に居ようと思えるかどうか。
「忘れる。って、どういうことだ?」
「そのままの意味ですよ。私が癒した相手は、私のことを忘れてしまうのです。今ここで治癒を使えば、貴方の目の前には不審者が座っていることになります」
緊張が伝わってきます。私を介さずに手に入れた情報でさえ忘れてしまうのですから、この治癒の代償は徹底していると思います。
「だけど、何かに書き留めたり、周囲の人間が覚えているなら完全に忘れるなんてことはあり得ないだろ?」
「そうだったら、良かったんですけれどね。それで、アトム様は私をどうするつもりですか?」
私の存在に辿り着けると言う時点で、アトム様もそれなりの人物なのでしょう。気さくな雰囲気で誤魔化されていましたが、佇まい自体には気品を感じます。
「俺の所。『陽光の騎士団』に来て欲しい。あぁ、と言っても戦争とかをする訳じゃない。むしろ、復興や雑用の方がメインだ」
「ならば、聖女など必要ないのでは?」
「とんでもない。復興には怪我人や病人の治癒も含まれているんだ」
そう言うことならば、納得です。騎士団と聞いたときは、思わず身を固くしてしまいましたが、病人や怪我人を治癒する行脚だと言うのなら引き受けても良いでしょう。
「そう言うことならば、お話はお受けしましょう」
「ありがとう! 応じてくれたこと、感謝する!」
頭を下げられました。今の彼は、感謝の気持ちで満たされているかもしれませんが、将来はどうなるかは分かりません。ロスティ様も、迎え入れてくれた時だけは優しかったのですから。
「感謝をするのは、結果を出してからにして下さい。それと、一つお願いがあります」
「お願い?」
「はい。どうか、私の治癒に掛かることが無いように。健康で、怪我無く生きて下さい。私からのお願いです」
「……分かった」
復興と言うからには、戦禍が残して行った物も大量にあるでしょう。時には、それらが牙を剝く可能性もあります。馬車に揺られながら、私はアトム様の言う仕事内容や今後について聞いていました。
~~
かつて、帝国に反旗を翻した国がありました。彼が立ち上がったことにより、志を同じくした者達が続き、戦い、斃れて行った先。遂に、帝国を打倒して人々は自由を取り戻した。
しかし、戦いの傷痕が勝手に癒える訳も無く。今も苦しんでいる方は沢山いらっしゃいます。
「傷が癒えて……」
「見ろよ、お父! 動かなかった腕が、動くようになった!」
「私も、目が見えて! あぁ! ありがとうございます! どれだけ感謝しても、感謝し尽くせません!」
治癒を施された人達が感謝と喜びの声を上げながら、お互いに抱きしめ合っていました。素晴らしい光景であるはずなのに、胸がキュッと痛みました。
「えぇ。貴方達のこれからが幸せでありますように」
これ以上は、居た堪れなくなって。手短に別れを告げて、私は次の診療場所へと向かいました。怪我や病気をしている人達は沢山います。元気になった彼らの未来が明るい物になれば、それ以上を望むのは贅沢な物です。
1日で見られる範囲を見た後、私はテント内で休憩していました。怪我や病気を癒せても、疲労はどうにもなりません。ですが、体は不思議な物で。疲れていると、却って眠気が覚める物です。
「よぅ! 今日もご苦労さん! あ、悪い。寝る所だったか?」
「いいえ。ちょっと目が冴えてしまっていたので、丁度良かった所です」
正に。と言ったタイミングで、アトム様がやって来ました。一人だけ横たわっているのもどうかと思ったので、テントの外に出ました。
何を話そうかと考えてみましたが、話題なんて出てこない物で。夜空に星が見える訳でも無かったので、口籠っていると。彼が先に口を開きました。
「今日のグレース。凄く辛そうだったけど、何かあったのか?」
色々な方達に慰問したり励ましている最中も、私のことを気遣ってくれていた様です。本当は色々と話したく思う自分はいますが、彼と懇意になればなるほど、忘れ去られてしまうことに恐怖を抱きます。
「……別に。少し疲れてしまっただけですよ」
だから、私は距離を取る。聖女としての務めは果たしますが、グレースと言う個人に近付いて欲しくはない。
「そっか」
アトム様も察してくれたのか、深く立ち入って来るような真似はしませんでした。すると、彼は冊子を渡して来ました。
「これは?」
「医療記録。やっぱり、活動していく上では患者にどんな怪我や病気が多かったかを記しておくのは大事だろ? 追加の仕事になっちまうけれど、ちゃんと給金は払うからさ」
「道理です。分かりました。では、今からでも書いて行きましょう」
「そうそう。俺や皆の愚痴とかも書いてくれていいんだぜ?」
忘れない内に、今日の出来事を記す。何人治癒したのか、どういった怪我や病気が多かったのか。綴っている内に、彼らの感謝している顔が思い浮かんで、知らず内に涙が溢れていました。
「アレ? 私。どうして」
「ど、どうした。何か辛いことが?」
皆を救い、誰かを幸せにする。何も悪いことも、罪悪感に駆られることもしていないはずなのに。どうして、涙が出て来るのでしょうか?
……理由は分かっています。溢れ出した弱気が外に出たがっていたので、ポツリと呟きました。
「ちょっと、弱音を吐くんですけれど。良いですか?」
「……良いよ」
いつもみたいに元気に励ましてくれるのではなく。そっと、傍に寄り添ってくれるような優しさでした。涙も収まって来た所で、私は昔を思い出します。
「私、昔から聖女としての力があったんです。よく、具合の悪い猫や犬を治したりして、お父さん達からも褒められていたんです」
私が治癒を行使して、誰かを治すと。皆が喜んでくれました。動物だけではなく、友達のお母さんやお婆ちゃんを治したりしている内に、私は自分の能力の異常さに気付きました。
「皆が、グレースのことを忘れていたのか?」
「はい。まるで、私のことを初めて会う子みたいに話すんです。優しかった友達のお母さんも、面白かった近所のおじさんも」
あまりに訳が分からなくて、悲しくて、寂しくて、泣き出して。事情を話すと、お母さん達からは『能力を使うのは控える様に』と言われました。
「聡明なご両親だったんだな」
「えぇ。でも、周りの人達からは『治した』と言う奇跡だけを見られて、色々な人からお願いされて……」
両親からも警告されていましたが、私の能力を求める方は多くて。必然的に、私のことは教会にも伝わり、正式に聖女として任命されました。
それからは、今まで自分がして来たことを繰り返す日々。治して、忘れられて、治して、忘れられて。
「治癒を必要とする人が増えていたのは、戦禍のこともあったんだろうな」
「でしょうね。もう、あの国には私のことを憶えている人は殆どいないんじゃないんでしょうか?」
司祭様達は、私のことを憶えているかもしれません。彼らは功績と寄付金にしか興味がありませんでしたが、却ってありがたい存在でした。
「でも、両親がいるだろう?」
ドクン。と、心臓が跳ねる音が聞こえた様な気がしました。ペンを握っていた手が震えています。口に出せば認めざるを得ませんが、一度せり上がった物としては、飲み込むにしても大きすぎて。
「私。お父さん達のことも治癒したん、ですよ」
「え?」
血まみれで運ばれて来た2人の傷は思ったよりも深くて。他の聖女達が頑張っても、どうしようもなかった。
「私が治すしかなかった。だって、2人には死んで欲しくなかったから。生きていて欲しかったから」
賢くて頼もしいお父さん。優しくて可愛いお母さん。一体、彼らが何をしたと言うのか。どうして、あんな目に遭っていたのか。
その時の私には力があった。理不尽を払い飛ばすだけの能力があった。治さないなんて選択は無かった。
「これが、もし戯曲とか劇なら。2人は私のことを忘れていなくて、感動の再会を果たして終わり。って、所でしょうね。でも! そうはならなかったんですよ!」
今でも、忘れられない。ありがとう『ございます』と言われた時の恐怖が、私のことを完全に他人として見ていた2人の態度が、記憶に沁みついて離れない。
柄にもなく、声を荒げていたみたいで。アトム様が若干引いていました。溜めていた物を吐いてスッキリしたのか、全身から力が抜けていくようでした。
「だから、馬車の中であんなことを言ったんだな?」
「……私に聖女としての力だけを求めているなら、働きます。だから、あまり私に踏み込まないで」
震える手で書いた日誌を渡して、急いでテントの中に戻りました。どうして、こんなことを話してしまったんでしょうか?
昼間に見た家族の幸せそうな光景を見て、心が耐えられなかったのか。それとも、彼らの感謝の声が眠っていた記憶を刺激したのか。理由は分かりませんが、改めて自分の二つ名を思い出しました。
「氷の聖女」
誰をも遠ざける氷の様な女。外の世界の暖かさを知った後では冷たい世界には戻れないから。最初から、氷の様な場で閉じこもって蹲っている。
続きます!