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第九話

 城下町を素通りし、アモルト城目前というところまで来て、ユウは城門の前に人だかりができていることに気がついた。


「あれは……」


 よく見るとそれは野次馬らしき人影であり、小さな団子状態と化していた。

 人垣の奥には紺色の制服をきちっと着こなし、脇に剣を携えた男たちの姿も見受けられ、彼らは数人がかりで門の前を占拠していた。


 御者は速度を緩め、ゆっくりと城門の方へと進んでいく。すると、門の中から一台の黒塗り馬車が走り出てきた。


 馬車はユウたちの方へ向かってやってくると、そのまま横をすれ違った。

 その瞬間、ユウがちらりと目で追ってはみたのだが、客車の窓には厚手のカーテンがかけられており、生憎と中の様子までは確認することができなかった。


「ユウさん、あの馬車って……」

「うん。保安騎士団のものだね」


 ユウはすかさず天板を二度叩いた。


「ここで降ろしてくれ」


 御者は「あいよ」と、門から少し離れた位置に馬車を停車させた。

 ユウは彼に運賃プラスαを支払うと、早速アモルト城城門に向かって歩き出した。


「こんにちは」


 数人の野次馬を掻き分け、ユウは制服姿の男に声をかけた。


「城へは入れないんですか?」

「申し訳ありませんが、只今アモルト城への入城は禁止となっております」


 低くキリッとした声で男性は答えた。


「アモルト城で何かあったんですか?」

「申し訳ありませんが、関係者以外内情をご説明するわけにはまいりません」

「オスカー侯爵はここにおられるんでしょうか?」

「ですのでお教えできません。お引き取りください」


 ユウは立て続けに二、三質問を試みたのだが、男性にことごとく跳ね除けられてしまった。


 自分を記者か何かだと勘違いしているのだろうか。——ユウは門の前を塞ぐ男性群の隙間から、何とか中を窺おうと首を伸ばした。

 しかし、見えるのは数台の馬車と、ここにいる男性と同じような格好をした連中ばかりだった。


 どうしたものかと頭を悩ませているユウに、同じように中を覗いていたライラが声を上げた。


「ユウさん——あれ、見てください」


 ユウは彼女が指差す先を目で追った。


 そこにはちょうど幾人かの男たちが城門から出てきたところだった。

 しかし彼らも同じような服装をした者たちばかり——かと思われたが、その中に、これまでの者たちとは明らかに装いの違う男性が一人歩いていることに気がついた。


 ラッキー! ——ユウは一歩前へ出ると、男たちの制止を無視して大声で叫んだ。


「——シグルド卿——」


 自身を呼ぶ声に気がついた男性は一瞬あたりをキョロキョロと見回すと、城門にいるユウたちと目が合った。

 すると彼はみるみるうちにその鋭い双眸を崩すと、大きく見開かれた驚愕の表情へと変えた。


 そしてこちらへツカツカと、やや早歩き気味に歩み寄ってくると、


「ユウさん? それにライラさんまで——」


 どうしてここへ? ——を言い終わる前に、彼はユウの元へ到着した。


「お久しぶり——ではありませんね。シグルド卿」

「ええ、ついこの間お会いしたばかりですよ」


 シグルドと呼ばれた男は皮肉っぽくそう言うと、右手の親指と人差し指を使い、メガネの位置ずれを直した。

 一見平生を装ってはいるが、動揺していることが丸わかりである。彼は想定外の事態が発生すると、メガネの位置ずれを直す癖があったからだ。


「あと、その呼び方もやめてくださいと言ったはずですが」

「これは失礼しました。シグルドさん」


 シグルドは次にユウの隣にいるライラに顔を向けると、


「お久ぶりですライラさん。お変わりないようで——」

「はい。お久しぶりです、シグルドさん」


 丁寧にお辞儀を交わした。

 自分の時とは随分と対応が違うなとユウは思ったが、口に出すのはやめた。


 頭を上げ、ユウに視線を戻した彼は、再び右手でメガネの位置ずれを直した。

 太陽の光が彼の茶髪を照り返す。ワックスでバキバキに固められた髪は全て後ろへ流している。


 彼の名前はシグルド・ソレンソン。ビレッダグレイン帝国の第二騎士団副団長を務めている男である。


 ユウが暮らす人族国家——ビレッダグレイン帝国には三つに分かれた部隊が存在した。


 一つは第一騎士団。

 これらは帝国内を守護する組織であり、彼らの指名は外敵から皇帝をお守りすることにある。

 彼らは常に城内、あるいはその周辺で警備を行い、他国もとい他族から、皇帝を守護しているのである。


 そして次が第二騎士団。

 彼らは主に人族内で起こった事件を取り仕切っている。

 事件の大きさは多岐に渡るが、その全てを彼らが請け負っていた。それゆえにか、巷では彼らのことを保安騎士団と呼ぶ者も多い。


 最後が第三騎士団。彼らの仕事は主に国外にある。

 大昔この世界では人族、魔族、獣族の三つの種族が日夜争い、土地を奪い合った歴史が存在する。

 その戦いは長きに渡り繰り広げられたものの、今では和平条約を結ぶまでには収束していた。

 しかし、それでも小さな国々では今でも争いごとが絶えないのが事実。そこへ駆けつけ、鎮静化を図るのがこの第三騎士団であった。


 これら三つの部隊により、ビレッダグレイン帝国ないし、人族は平和を維持されていると言っても過言ではない。

 ここアモルト城があるアモルト王国も、当然ビレッダグレイン帝国の管轄である。


 その第二騎士団副団長の地位を、彼は弱冠二十七歳にして収まっていた。


 規律正しく品行方正。指揮官としての腕も良く、剣の腕前もピカイチの彼ではあったが、ユウの見立てではもう少し、頭のキレが冴えていれば申し分なかった——である。

 何んでも冤罪は一週間に数件。迷宮入りした事件も跡を絶たなかったと言う噂もある。


 のちにそれを聞かされたユウは笑うことすら出来ず、心底呆れ返る他なかった。


 オールバックに決めたヘアスタイルに、銀縁の薄いレンズ。偏見であることは否めないが、彼はこんな見た目でありながらもバリバリの脳筋なのであった。


「ところでシグルドさん。保安騎士団がどうしてここへ?」

「どうしてじゃありませんよ——」


 ユウの呑気な質問に、シグルドは先ほどの驚きを思い出したかのように逆に問い返した。


「ユウさんこそ、どうしてここへいらっしゃるんです。まだ報道はされていないはずですよ」


 彼の「報道」と言う言葉に、ユウもライラも反応した。

 やはり何かあったのだ——。ユウたちの予想は確信へと変わった。それも、より最悪な方向へ——。


「実はですね、今朝こんな手紙が僕の家に届いたんですよ」


 守秘義務上こう言ったものはあまり他人には見せられないのだが、しかしどうせいつかバレるだろうと、ユウは朝食後にペレストレーで届いた手紙をシグルドに手渡した。


「これは……オスカー侯爵がこれを?」


 手紙に目を落としながら訊ねた彼に、ユウは首を捻った。


「さあ、そうなんじゃないですかね。ちなみにですが、今ここにオスカー侯爵はいらっしゃるんでしょうか?」

「ええ、いらっしゃいます。昨日から」

「昨日から?」


 シグルドの気になる発言にライラが口を挟んだ。


「もしかして、ルイスさんとアンナさんの婚約パーティのため、ですか?」


 シグルドは少し驚いた様子で答えた。


「ご存知だったんですね。ええそうです。その件でオスカー侯爵は招待されていたようです。ただ、例の婚約破棄宣言もあり混乱を防ぐため、今回は招待客をぐっと減らして行われたそうです」

「その晩に、事件があったと言うことですね。何があったんです?」


 ユウの質問にシグルドはすぐに口を開きかけたが、周囲の目を気にしてか、一段声のボリュームを落とした。


「実はその、ルイス王子の婚約者であるアンナ嬢が今朝、遺体で発見されたんです」

「——ええ——」


 驚いたのはライラだった。

 彼女はすぐに手で自身の口を覆うと、すみませんと謝った。


「何があったんです?」


 ユウが訊ねた。しかしシグルドは答えず、近くにいる野次馬を気にする素振りを見せると、


「少し場所を変えましょう」


 と言って、二人を城内へと招き入れた。

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