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第八話

 転移局に到着したのはそれからすぐのことだった。

 このあたりの建物にしては珍しく石造り製で、灰色の柱が入り口横にいくつも並んでいた。


 ユウたちはその中へ入ると、真っ先に受付を目指した。


 建物奥に配置されたカウンターには紺色の服を着た女性が二人並んている。

 ユウは向かって右側に立っている女性に話しかけた。そして同封されていた転移券を見せると、すぐに待合室へと案内された。


 部屋で待つこと四、五分。局員と思しき男性が現れ、再び別の場所へと誘導された。


 道すがら局員から一通りの注意事項が説明される。

 忘れ物はないか。一度転移してしまえば帰るのに別料金がかかってしまう。転移後、人によっては吐き気やめまいなどを引き起こす場合があるなどなど——。

 おそらくマニュアルに書かれている通りの説明ではあったが、最後まで話し終えるころには目的の場所、ポータルエリアに到着していた。


 分厚い扉の先。

 四方を石壁で取り囲まれた部屋には明かりを取り込む窓はなく、壁に取り付けられた蝋燭だけが室内を薄暗く照らしていた。


「それでは準備を致しますので、この場で少々お待ちください」


 局員は行儀よく礼をすると、来た時とは別の扉に消えていった。


 初めての転移に、若干緊張気味のユウはポケットに忍ばせているパイプを握った。

 次第に落ち着きが戻ってくる中、ふと傍に立つライラに目を向ける。

 彼女は緊張——はしているものの、興味深そうに周囲をキョロキョロと見回していた。


「何だかドキドキしてきますね、ユウさん」


 あまりにも予想通りの反応に、ユウは呆れ気味に返答した。


「君は本当にこう言ったものに対しては素直だね」


 少し羨ましいぐらいだ——とユウは思った。


「それはどういう意味ですか?」

「いや、何でもない」


 首を傾げるライラにユウは瞑目して会話を切断する。


「準備はよろしいですか?」


 室内に先ほどの局員の声が響いた。

 彼は先ほど出ていった扉から顔を出し、こちらを覗いていた。


 ユウとライラはお互いに目配せをすると、局員の方へ向き頷いた。


「それでは十秒後に転移を開始します」


 局員はそれだけを言うと再び扉の奥へと消えた。


 それから三秒が経過すると、ユウたちが立っている地面にうっすらと水色の線が走り始めた。

 線は室内いっぱいに大きな円を描くように流れ、その内側に何重もの線を重ねていく。そして四角形や三角形の図形を作り出し、最後にはユウたちの足元に円形を描いて止まった。

 その間およそ五秒。


 地面いっぱいに描かれた幾何学模様はますますその光を強めていき、十秒後にはそのまま、眩い光で二人の姿を包み込んでいった。


 ユウたちの視界は真っ白になった。



 目的地であるアモルト城から幾許か離れた転移局に飛ばされたユウたちは、再び馬車に揺られていた。


 馬車の外装、内装は前とさして変わらないものの、窓から見える景色は全くの別物と化していた。


 塗り壁と柱で囲まれた街並みから、今は緑の芝に青空、遠くに聳える銀色の山だけが視界に映る。聞こえてくる音も人の賑わいではなくなり、馬が土を蹴る音と車輪がたまに弾く大粒の石だけとなった。


 悪くいえば殺風景、よくいえば自然豊かな雰囲気の中、ユウたちを乗せた馬車は駆け抜けていく。


「それでですね、私が思うにです。空間転移と言うものはもしかすると、この世界全体の時間を一度停めているのではないかと考えたんです。ですがそれだと説明がつかないことがいくつかありまして、今回転移した私自身……」

「……」


 そんな中、目の前に座る少女はまた別の感情に浸っていた。


 転移局から出発してからすでに十五分近くが経過していると言うのに、彼女の熱は未だ冷めやらぬままとなっていた。


「一歩も動いた感じはしなかったので、おそらくまた別の理由でこの魔法は成り立っているのではないかと思うんです。とある学者さんが出された論文には、転移魔法とは神自身が何かしらの手を加えて実現している魔法ではないかと書かれていまして。そしてその際に必要となる膨大な魔法は神を動かす供物のようなものなんじゃないかと考察されていました。ですが私としてはその説明だと少しおかしいなと思う部分もありまして、それが何かと言いますと……」

「…………」


 窓辺に肩肘をつきながら、ユウはこの暴走気味の彼女を、どう止めるべきかを密かに考えていた。


 黙らせるのは簡単だ。しかしそれでは彼女との関係に禍根を残しかねない。

 うまく彼女を傷つけないままに自然に話題を切り替える方法はないものか——と。


 するとすぐに、ユウの頭に一つの妙案が浮かんだ。


「ライラ」

「ですから私は——なんですか?」

「ちょっとごめんね」


 右手を掲げて彼女に謝りつつ、ユウは客車の天井を激しく二度叩いた。


「何でさあ旦那。アモルト城へは、もう少しの辛抱ですぜえ」


 応答したのは今この馬車を操っている御者の男性だった。

 彼はユウが急き立てていると勘違いしたらしく、声を張り上げてそう言った。


 ユウは彼の勘違いを訂正しようとはせず訊ねた。


「今朝、アモルト城で何か騒ぎがあったなんて話は聞いてないかな」


 しばしの沈黙の後、御者は答えた。


「いや、特には聞いてねえですね。巷では今もルイス王子とソフィアお嬢様の婚約破棄の話で持ちきりでさ。そのことで何か進展があったのかも知れねえですがね」


 ——ちっ、ダメか。

 ユウは悔しそうに頬を引き攣らせた。すると、御者がたった今思い出したかのように、さらに話を続けた。


「そう言えば、昨日じゃなかったかな……」

「昨日?」


 その言葉にライラが反応した。


「俺の記憶が曖昧で申し訳ねえんですが、確か昨日アモルト城で、ルイス王子とアンナお嬢様の婚約パーティがやり直されたって話を聞いた気がするんでさ」

「本当ですか?」

「ええ。あっしがボケてなければ、確かでさ」


 その情報にユウとライラはお互い顔を見合わせた。


「なるほど、それかあ……」


 得心いったようにユウは小さく呟くと、御者にお礼を言った。


「いや、礼を言われるようなことはしてねえでさあ。それより旦那、もうすぐ着きますぜえ。あの奥に見えますのがアモルト城でさあ」


 そう言われユウとライラは揃って顔を外に向けた。


 二人の視線の先、緑の地平線にはあからさまに異質なものがちょこんと顔を出していた。


 時間が流れるにつれそれはだんだん大きくなっていき、白色の壁面と黒ずんだ尖塔がはっきりと輪郭を形成していく。

 小さいながらも周囲には街も見え始めていた。


「悪いがもう少し飛ばしてくれないか」

「せっかちだな旦那。少し飛ばしますぜえ」


 御者はそう愚痴をこぼしながらも、手綱を握る手に力を込めるとラストスパートをかけた。

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