第七話
ユウの仕事は私立探偵だった。
主な活動は依頼人の内容次第で異なるが、そのことごとくが不自然なほど、怪事件の解決依頼ばかりだった。
この異世界へ飛ばされてから、ユウは度々不可解な事件に遭遇した。
持ち出し不可能な場所からの盗難事件や、密室で発見された他殺したいなどなど——。
ユウは成り行き上ではあるものの、その全てを真相へと導いてきた。
その縁あって、ユウは他者からの助言もあり、今住んでいるアパルトメントの二階を使用し、私立探偵として生計を立てることに決めた。
ライラとはユウが私立探偵になる以前に知り合い、その際一緒に行動を共にしたいという彼女からの意見を尊重し、こうして今二人馬車に揺られているのであった。
ペレストレーの手紙を受け取ってから、二人は取るものもとりあえず出発した。
玄関口で馬車を停め、なだれ込むように乗り込むと、御者に転移局までだと告げた。
黒塗りの客車を、同じく黒い馬体が牽引していく四輪馬車。客車の上前方に取り付けられた椅子に御者は腰掛け、手綱を握っている。
馬車は交差点を何度か右左折しながら進んでいき、道中ユウは店の前で停車を促すと、新聞を携えて戻った。
そして馬車は再び、転移局を目指して動き出した。
街の路面はあちこちガタガタしており、終始車内は揺れっぱなしだった。が、それでもユウは新聞を読み続けていた。
「——ないな」
読み始めてからおよそ十五分ほどが経ち、ようやくユウは新聞から顔を起こした。
それを確認したライラが訊ねる。
「何がないんですか?」
「アモルト王国の記事だよ」
ユウは新聞を丁寧に折り畳みながら答えた。
「この手紙が届いたのがおよそ九時半ごろ。となると、手紙を送ったのは大体一時間前だろう。もしかすると朝刊に何か載っているんじゃないかと期待したんだけれど、ダメだね。未だに先週の婚約破棄宣言に対するネタばかりだった」
ユウはやれやれと首を振った。それに対してライラが憶測を述べる。
「それでは、まだ民衆すら知らされていない事件がお城で発生したということなんでしょうか? もしかするとまだ、起こっている最中なのかもしれませんが」
「それかもしくは、あえて民衆には伝えていないだけかもしれない。極秘案件というやつだね」
人差し指を口元に当て、ユウは言った。その顔には悪戯っぽい表情を孕んでいる。
「まっ、どちらにしても現段階では憶測すら立てられないな」
ユウは車窓に肘をつき、視線を街の景色へと向けた。
アパルトメントの周辺は白と黒の外観ばかりだが、このあたり一帯はオレンジ色や黄色といった温暖色の土壁が多く使用されており、流れていく景色は色鮮やかだった。
「ところで——」
ライラが思い出したかのように口を開いた。
「ルイス王子が新たに連れてこられた女性は、一体どんな方だったのでしょうか」
「えっ、ああ……」
ユウはしばし逡巡し、そして答える。
「僕も過去の新聞記事なんかで得た情報でしかないんだけれど、名前は確かアンナ・フロックハート。フロックハート家の三姉妹、末のご令嬢だよ。フロックハート家は主にアモルト王国の、特に経済面に尽力していてね。軍事関係のブルクハルトとは正反対のお家なんだ」
「それじゃあルイス王子とは古くから、それなりのお付き合いはあったわけなんですね」
納得するライラだったが、しかしユウは神妙な顔つきで唸った。
「それがね、どうにもルイス王子とアンナ嬢はそこまでの面識はなかったって話だよ。二人一緒にいるどころか、会話すらしているところを見たことがないという人がほとんどで、変な噂が多々あったよ」
「変な噂、ですか」
「うん。たとえば、フロックハート家は王家を味方につけ、土地の拡大を狙っているとか。アモルト王家は軍部を切り捨て、外国への経済進出を目論んでいるとか。あとは……アンナ嬢がルイス王子を誘惑して、高い地位を獲得したとか。まあ、考え出せばキリがないけれど、どれも噂の域は出ていないみたいだ」
「はあ、なるほど」
そのあたりの情報に疎いライラはいまいちピンと来ていないものの、とりあえず頷いてみせると、
「元婚約者のソフィア・ブルクハルトさんはどういう方だったのでしょうか」
「ああ、彼女か……」
ライラの問いにユウは一瞬躊躇いを見せたものの、やがて言葉を選ぶかのように話し始めた。
「まあ何ていうのかな、彼女に関しては前々からあまりいい噂は聞かないんだよね。傍若無人とか、悪行雑言、極悪非道なんて表現する人もいたほどだよ。ブルクハルト家に仕えている使用人の幾人かは、彼女の行動に耐えられなくてやめていったんだとか何とか——。それに彼女が学園に通っていた時なんて、そのせいで何人もの退学志願者が続出したって話も聞いたことがある」
さらに次々と羅列していくソフィアの記録に、ライラは勝手に想像を膨らませ、思わず身震いした。
「そんなに……なんですか。そのソフィアという方は」
「軍事関係を取り仕切っている家系の娘だからね。かなり我儘、やりたい放題の令嬢に育ってしまったらしいよ。一人っ子ってこともあってなのかな。両親からも甘やかされて育てられたって話も聞いたことがあるし。——はあ、これから会わなくちゃならないと考えると、少し気が重いよ……」
面倒くさそうにさらにもう一度ため息をこぼしたユウは、そこでころっと表情を変えると眉を顰めた。
「そういえばここ最近の記事には彼女の話、とんと載らなくなったんだよなあ。前は何が面白いのか、物好きな記者が彼女のことをよく取り上げていたんだけれど」
宙空に視線を向け、過去の記事を思い出そうとしているユウとは反対に、ライラは俯き沈んだ声でポツリと呟いた。
「家族の影響、ですか……」
「どうしたのライラ?」
彼女の表情を不審に思ったユウが訊ねた。が、ライラは「何でもありません」とだけ答えると、すぐに元の調子を取り戻した。
ユウもそれ以上は踏み込むことはせず、車窓から見える景色に視線を移した。




