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第六話

 たった今駆け込んできたかのように、その大鳥はバサバサと翼のたたみ具合を直していた。


 体長は約五十センチメートルほど。青白い羽毛で覆われた体からは、黒い嘴が鋭く突き出しており、外に出た長い尾は風に揺れて靡いていた。


「ペレストレー、かな……」

「えっ、本当ですか?」


 ユウの呟きにライラが飛び上がるほどの反応を見せた。


 彼女はカップをその場に置くと、大急ぎで窓際に駆け寄った。

 ユウはその余りの俊敏さに一瞬たじろいだが、青白い大鳥は一切微動だにしていない。


「私初めてみました。へえ、すごいですね」


 ライラは物珍しそうに大鳥を観察し始めた。足先から舐めるように視線を上げ、真っ黒な瞳を覗き込む。

 しかし大鳥は依然として身じろぎ一つしないまま、堂々たる姿勢で部屋の奥を凝視していた。


 ペレストレーとは、この世界にある郵便制度の一つである。

 異世界はメールや電話といった機器は発明されておらず、遠くにいる者とのやりとりは手紙が主流だった。

 街のあちこちに郵便局が点在しており、配達員の仕事ももちろん存在する。しかしその手紙を届ける上でも、車やバイクといった移動手段は当然ない。精々馬車が基本で、普通に送れば早くて五日はかかってしまうのである。

 中には竜種やこの大鳥よりもさらに巨大な怪鳥を持ちいた運搬制度もあるのだが、その費用は高額で、国家直属の部隊ならばともかく、彼ら一般平民では一回送るのですら躊躇われるものであった。

 配達速度は通常のペレストレーよりもおよそ六分の一のスピードで、値段の方はおよそ六倍。緊急時ならばともかく、こんなものでいちいち手紙を送っていてはお金がいくらあってもキリがないのである。


 ゆえに重宝されているのが、このペレストレーなのであった。

 大鳥を用いた郵便で、目的の場所まで一直線に届けてくれる。寄り道しない分、それだけ速く届けられるのが利点だった。

 しかし同時に欠点もあった。送れるものに限度があるのだ。


 大鳥の足に取りつけられている細長い筒。その中に入るものだけが一度に送れる限界なのである。

 だが、手紙を送るだけならば、そう重要なことではない。重宝される所以はここら辺にもあった。



 じっと大鳥を見つめたまま、上下左右に視線を動かすライラ。好奇心に満ちた彼女の輝く瞳を見ていると、ユウは笑いを込み上げずにはいられなかった。


「僕も、初めて見たときはライラと同じような行動をしたな」

「前にも来たことがあるんですか?」

「一度だけね」


 振り向いたライラにユウは冷静さを装い答える。


「今のライラを見ていると、まるであの時の自分を見ているかのような気分だよ」


 あの時はちょうど、ライラが出かけていて不在だった時だ。


 一人紅茶を飲んでいたユウは今日と同じように窓の外を眺めていた。

 すると遠くに見えていた影が徐々に大きくなっていることに気がついた。その影はますます大きくなり、こちらに接近しているとわかった時はひどく慌てたものだった。


「一体何を食べればここまで大きくになるのかな」


 何気ない疑問を口にしたユウにライラが即座に答える。


「ミミズとかを食べるって聞いたことがあります」

「——えっ」


 ——この大きさで、ミミズ?


 ユウは改めて窓際にどっしりと足を据えた大鳥を見た。


 この世界にもミミズがいるのかという驚きよりも、この巨体を支えているものがあの小さなミミズなのかと考えると、ユウは呆れる他なかった。


 一体どれほどのミミズがこの生き物の犠牲になっているのだろうか……。


「——っと、早く手紙を取ってあげないとこの子がかわいそうだね。仕事が終わらない」


 ユウは持っていたカップを一旦テーブルへ置くと、大鳥の足元にある筒の蓋を開け、中にある手紙を取り出した。

 丸められた紙を広げ、書いてある文章をライラにも伝わるように読み上げる。


「ユウ・ハドリー殿。至急アモルト城へお越しくださいますようお願い申し上げます。オスカー・ブルクハルト」

「——それだけ、ですか?」


 ライラが不思議そうに首を傾げる。


「すごく短い文章ですね」

「ペレストレーは元々長文の手紙には向いていないんだけれど、さすがにこれは短すぎるね、要件が一切書かれていない。至急と書かれているし、差出人はよほど急いでいたのか……。あるいは用件をこの手紙では伝えきれないのか、それとも……」


 ユウはブツブツと呟きながら顎に手をやり、眉間に皺を寄せた。

 するとライラが、横合いから差出人について言及した。


「オスカー・ブルクハルトとはどなたなのでしょう?」


 ユウはライラの方へちらりと目をくれると、再び手紙に視線を落とした。


「オスカーという人にはお会いしたことはないけれど、ブルクハルトという名前には聞き覚えがあるよ。いつだったか、とあるパーティに呼ばれた際、テレンス・ブルクハルトという方にお会いしたことがあってね。ブルクハルト家は代々、アモルト王国の軍事関係の役職についているんだと言っていたよ。それでその時、僕自身の話をいくつかしてね、テレンス氏は大層興味を示されていたよ。——もしかすると、その縁で僕に手紙を送ったのかもしれない」

「アモルトって、ここよりも南にある小さな国ですよね? 私この間の婚約破棄宣言のお話を店の方に聞いたばかりです」


 ライラが少し声を落として言った。


 ビレッダグレイン帝国から南にずっと行った先にある小国、アモルト王国。

 人族の王国としてビレッダグレイン帝国の一つに分類される王国。その首都にあるアモルト城は広大な土地を使用して造られた裏庭園が有名だった。

 丁寧に切り揃えられたトピアリーに季節を感じさせる広鮮やかな花々。

 国外からもそれ目当てで訪れる人も数多くいるという。


 そしてその城では先週の二日、第二王子であるルイスと侯爵家の令嬢ソフィアの婚約パーティが催された。

 王子の結婚ということもあり祝宴は国をあげての盛大なものとなっていた。しかしその真っ最中に、当事者であるルイスは唐突に新たな女性を携え、ソフィアにいきなり婚約破棄を言い渡したのである。

 小さい国というものの一国の王子のその行動には全世界が驚愕した。隣国では一部混乱が見受けられ、つい最近までこのダンミリオンでも新聞で大きく報道されていた。


「ああ、あれね。あれは確かに衝撃的だった」


 半笑いのユウにライラは頷き、


「はい。私この話を聞いた時、耳を疑ってしまいました。まさか婚約パーティの真っ只中で婚約破棄をする人がいるだなんて思いもしませんでしたから」

「うん、確かに——。だとすると、この手紙を送った人はそのソフィア嬢の父、あるいはその関係者ということになるのかな。でももうあれから一週間近くも経っているし、いまさら僕を呼んだところで、力になれることなんて何もないと思うんだけれど」


 ユウは丸い癖の残った手紙に何か情報はないものかと、裏返してみたり、匂いを嗅いでみたり、はたまた太陽の光にすかしてみたりなどしたのだが、特に手がかりと呼べるものは何一つ見つからなかった。


「ダメだね、何にも残って——ん?」

「どうしましたユウさん?」


 急に動きを止めたユウにライラが怪訝そうに訊ねた。


 彼は答えない。——がしかし、その視線の先に未だ大鳥が佇んだままでいることに、彼女も気がついた。


 通常ペレストレーは手紙を渡し終えると、勝手に元いた場所へ帰るように躾けられている。だが、この大鳥は来た時と同じ姿勢のまま、未だ微動だにしていないのである。


「もしかして」


 そう呟いたユウはもう一度筒の中を覗き込むと、奥の方から二枚の紙切れを取り出した。


「ふふっ、これはこれは……」


 たった今取り出した紙切れを見ながら頬を緩ませたユウ。彼はライラにも見えるようにそれを胸元で掲げた。


「見てライラ、転移券だ」

「ああ——本当ですね。すごい」


 緑の紙に金色の装飾が施された長方形——千円札ほどの大きさの紙片の中央には転移券と大きな文字が刻印されていた。


 すると今まで頑として動こうとしなかった大鳥が、突如翼を広げ、風を巻き起こしながら外へと身を投げ出し、そのまま飛び去っていった。


「これを取り出すのを待っていたんですね」


 ライラが大鳥が去っていった方角を見つめながら言った。

 青白い翼を広げた大鳥は早くも遠くへと羽撃いており、影はすでに米粒ほどの大きさになっていた。


 ユウは再び転移券に目を落とす。


 転移券とは文字通り、転移をするために用いる券のことである。

 この世界には魔法という概念はあるものの、使用できる者はごく限られていた。

 生命は生まれた時にはすでに魔法の種類が決められており、炎や風といったものから、治癒や強化といった形のないものまでさまざまだった。

 その中でも転移の魔法はかなり希少で、使用できるものは滅多に現れないのである。


 そんな中誕生したのが転移局。誰が発明したのかは不明なものの、転移魔法を人工的に制御するシステムが考案されたのだ。

 しかしそれには膨大な魔力が必要とされ、おいそれと使用することができなかった。

 ゆえにそれを国が管理することによって、安定した公共の指導手段として用いられたのが転移局だった。


 だが、その代償はかなり大きく、高額な金銭を要求するものだった。

 ユウのような一介の平民ではなかなか使用することはできず、ほとんど貴族間での移動手段を化していた。


 そして今、ユウの手元にはその転移券が握られている。

 料金は前払いなため、この券がある時点ですでに支払われており、後はこれを転移局の者に見せさえすれば、転移が可能なのだ。


「私、転移券を見たのも初めてです。これを見せれば、いつでも転移局で転移が可能なんですよね?」


 ライラはまたも瞳を輝かせて言った。しかし彼女の言葉をユウは訂正する。


「いや、一応日づけは決まっていたはずだよ」


 そう言いながらユウは紙に書かれているはずの日にちを探した。


「ここに書かれている日にちの時にしか使用できなかったはずなんだ」


 表に書かれていないことを確認し、裏返したユウは右下方に書かれている日づけを認めた。


「うん。やっぱりオスカー氏はよっぽど急を要しているようだね」


 どうして——とライラが訊ねるよりも先に、ユウはその文字を彼女へ見せた。


「十月十日——今日の日づけだ」

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