第五話
洗面所で顔を洗い、服を着替えリビングに戻ると、朝食はすでに出来上がっていた。
香ばしい匂いの先にはベーコンに目玉焼き、野菜にスープが台所近くの丸テーブルには並べられていた。
ライラが片付けを終えてやってくる。
ユウもそれを見届け、二人はほぼ同時に席へ着いた。
「「いただきます」」
両手を合わせ二人は声を揃える。
これは元々ユウが一人行っていたことをライラが真似をするようになったのがきっかけだった。
ユウはまず一番にコップに入った水を一口飲んだ。
そしてフォークを手に取ると、ツヤツヤとした目玉焼きの白身の部分だけを切り取った。
「ライラは今日も勉強?」
そう訊ねながら、ユウは白身を口に運んだ。
ライラはベーコンを嚥下してから答える。
「はい。魔法師の試験まで、もう一週間ですからね。最後の追い込みです」
「そっか、もうそんな時期なんだね」
ユウは野菜を掬い、口に含みながら、ふと彼女と話した試験についての内容を思い起こす。
彼女が目指している魔法師には資格が必要だった。
魔法は確かに便利なものであるが、それと同時に常に危険が伴う。それを未然に防ぐためにはある一定の知識と教養が必要なのである。
ゆえに国は魔法師に資格取得を義務づけた。
年に二回だけ行われる試験。書き問題に実技テスト。
これらをパスした者にのみ、魔法師の称号が与えられるのである。
ライラはその試験に向けて最後の追い込みをかけていた。期日まではもうそれほどの猶予は残されていない。
「ユウさんはこの後どうされますか?」
ナイフとフォークで器用にベーコンを切り分けていたライラが訊ねた。
「そうだなあ、今日は特に何もないし、ライラの勉強に付き合わせてもらおうかな」
ユウは再び水を飲み込むと、ライラを見た。
「ライラが良ければ、だけど」
「私は全然構いませんよ。むしろ誰かに教えている方が効率的に頭に入って、とても助かります」
ライラは嬉しそうにベーコンを頬張った。
「それなら是非、お供させてもらおうかな」
それから二人は他愛のない会話を繰り広げ、食事を続けた。
そして先に食べ終わったユウは皿を重ねると、席を立ち、それを持って台所へと向かった。
料理のできないユウの代わりに、食事はいつもライラが用意してくれている。その見返りに——というわけでは無いのだが、食器の後片づけはユウが担っていた。
最初のうちは「それも私がやりますよ」とライラは言っていたのだが、しかしそこはユウが意志を押し通して決着がついた。
食器を洗い終えライラの方へ振り返ると、彼女の食事も、後もう少しというところだった。
なのでユウは先にティーポットへ手を伸ばした。
「食後の紅茶はどうする?」
ユウが彼女の後ろ姿に訊ねた。
ライラは最後の一口を飲み込むと、ユウの方へ首を回し答える。
「はい、お願いします」
その言葉を聞き届けると、ユウは早速二人分のお湯を沸かし始めた。水の量を変えた二つの鍋を火にかけ、棚からティーバッグを取り出す。そしてお湯が沸くまでの時間に、ユウは彼女の食器も片づけ始めた。
少なめに入れていた方の鍋が先に沸騰した。
ユウはそのお湯をポットとカップへ注ぐと、さらに片づけを続ける。
そしてちょうど片づけが終わるころ、見計らったかのようにもう一方の鍋も沸騰し出した。
ユウはあらかじめ入れておいたポットとカップのお湯を捨てると、再びポットの方にお湯を注ぎ、そしてティーバッグを入れ蓋をする。
それを盆に乗せ、同時にカップとソーサー、スプーンを二つずつ、それから砂糖瓶とミルクをライラのいるテーブルへと運んだ。
待つこと二、三分。
ユウはカップに紅茶を注ぐと、座っている彼女の前に差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ライラはお礼を言うと、紅茶に砂糖少々とミルクを適量入れ、左手で押さえながらかき混ぜ始めた。
ユウも自分のカップに紅茶を注ぐと、砂糖だけを入れた。
そして立った状態のまま、カップを持ち上げかき混ぜる。
「そういえば、こうして砂糖をかき混ぜる時は、スプーンは円ではなく縦に動かす方がいいらしいよ」
「えっ、そうなんですか?」
「この方が効率よく混ぜられる上、上品に見えていいらしい」
ユウは縦に揺れる右手の先、赤く染まった液体の渦を見つめながらそう言った。
「私、ずっと回しながら混ぜていました」
ライラも感嘆の声を漏らしながら、円を描いていた手を同じように縦へと変えた。
ユウは満足したのか、スプーンを持ち上げると、それをテーブルへと置く。ライラも同じように取り出した。
「本当はリーフティーでやってみたいんだけどね」
ユウは窓際に歩み寄ると、ライラに振り返りそう言った。彼は右手にカップを、左手にはソーサーを抱えている。
「リーフティーって、茶葉からってことですか?」
「そう。それでティーバッグと飲み比べをしてみたい」
「やはり違うものなんでしょうか?」
ライラは小首を傾げた。
「どうかな。基本的に茶葉は同じものなんだから、そこまでの違いはないと思うよ。ただ、リーフティーの方が分量を自由に調節できる分、自分好みに紅茶を作れるっていうのが強みだよね」
そう言ってユウはカップに口をつけた。
紅茶が喉を通る瞬間、口内とカップ両方から甘い香りが鼻腔を刺激する。ユウはこの一瞬がたまらなく好きだった。
「やっぱりユウさんの紅茶は絶品ですね」
同じように至福に浸っているライラ。彼女はカップをソーサーの上に戻すと、肩から大きく息を吐き出した。
「これがないと、私はもう生きてはいけないかもしれません」
「それはさすがに大袈裟だと思うけど——」
口ではそう言いながらも、ユウの顔には満更でもないという表情が滲んでいた。
彼はライラから顔を逸らすと、「ありがとう」と小さく呟く。
「紅茶は昔から好きだったからね。これだけが異世界に来てからも変わらない僕の楽しみだよ」
そう言って彼は二口目を口つけた。
すると、その所作を見ていたライラがふと自身のカップに視線を落として、また首を傾げた。
「私あまりマナーには詳しくないんですが、こういう場合ソーサーは持った方がいいんでしょうか?」
「え?」
紅茶から顔を上げたユウ。
ライラは先ほどとは異なり、左手でソーサーを持ち上げながら飲んでみた。しかしイマイチピンと来ていないのか首を捻っている。
その仕草にユウはふふっと笑うと、
「てっきりライラは知っているんだと思っていたけれど、まさか偶然の所作だったとは……」
そう言って彼女に説明した。
「僕が聞いた話ではソーサーを持つ持たないは場所によるみたいだね。たとえば、テーブルの位置が自分よりも遠いところにある場合にはソーサーを持ち、今君が座っているような、近い位置にテーブルがある場合には持たなくてもいいって言うのが、マナーになっているそうだよ」
「それなら、今は持たなくてもよかったんですね」
ライラは納得すると、ソーサーをテーブルの上に戻した。
「まあ、今は家にいるんだから、そんなに気にしなくてもいいと思うよ。作った僕本人から言わせて貰えば、ガチガチにマナーに従うよりも、気持ちよく落ち着いて飲んでもらう方が嬉しいからね」
「わかりました。家ではそうすることにします」
ユウはライラにそっと頷くと、三口目を口へ運んだ。
——とその時、ユウの背後、窓の方を向いていたライラが突如大声を上げた。
「あっ、ユウさん後ろ——」
「ん? ブフッ」
カップに口をつけた状態のまま振り返ったユウは、あまりの驚きに思わず紅茶を吹き出してしまった。
彼の目の前には今、窓枠に鋭い爪を食い込ませて佇む、大鳥の姿があったからだ。




