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第三十三話

 その言葉を聞きユウは安堵する息を吐くと、くるっと向きを変えソファへ戻った。


「ルイス王子とクロエさんはいつからそう言うご関係に?」

「少し違う。厳密に言うと、私と彼女はそう言う関係では、まだない。一方的に私の方が彼女へ迫っているだけなのだ」


 ユウの問いに、ルイスはもう何もかもを諦めたかのように素直に答えていく。


「クロエさんの方は何と?」

「最初は戸惑っていた。当然だろう。仕えている主人の婚約者から求婚を受けたのだ。無理もない。だが、俺は諦めなかった。何度もブルクハルト家に通っては何度も彼女に求婚を申し出た」

「なるほど。ソフィア嬢と仲がよろしくなかったにも関わらず、貴方が足げく屋敷へ通っていた理由はやはりそうだったのですね」


 呆れたようにユウが言った。ルイスは徐に自身のポケットを弄ると、ジャラジャラとペンダントを取り出した。


「俺は彼女の誕生日にこれと同じペンダントをプレゼントした。当然だが、彼女には受け取れないと断られた。だが結局、俺は半ば押しつける形で渡したんだ。——だがまさか、彼女が身につけてくれているとは思わなかったがな……」


 彼は自らの手に収まったペンダントを眺めながら、ふっと頬を緩ませた。


「アンナ嬢にはバレてしまったのですね?」


 ユウの言葉にルイスは黙って頷いた。


「脅されていた。社交パーティの後で俺がクロエに迫っているところを見た、とな」

「沈黙の代わりに婚約を?」

「ああ。あいつは黙っている代わりに自分を婚約者にしろと言ってきた。でなければこの話を、俺の父上やオスカー侯爵に言いつけると言われた」

「それであの婚約破棄宣言に……。昨夜の晩、貴方とクロエさんは本当に西館裏手で密会していたのですか?」

「ああ、危険だとわかってはいたが、諦めきれなかった。俺は昼の間に、隙を見計らって彼女に接近した。彼女は……多分、断る口実を考えていたんだろうと思う。だが俺は彼女の返答を聞くよりも先に、その場を離れた。去り際にいつまでも待っている、と告げてな」

「それで、来たのですね。クロエさんは」

「彼女はソフィアとの婚約を破棄した理由を聞くために来たと言っていた。だが、そんなこと言えるわけがない。だから俺はその辺りのことは適当に誤魔化すことにした」

「そう言うことですか……」


 なんて身勝手な人なのだろうか——ライラは心底呆れていた。ルイスの話を聞く限りだと、彼は何一つ、クロエ本人の気持ちを汲む気がないのである。


 突然告白された彼女はひどく困ったはずなのだ。主人の婚約者から言い寄られ、断るのは簡単だろう。だがもしその行為次第で、主人の方へどのような迷惑がかかるのかわかったものではないからだ。

 それに彼女も……彼の気持ちが本気だと理解しているからこそ、言いづらい節もあるのではないだろうか。


 項垂れるルイスの後頭部へ、ユウがそっと訊ねた。


「ちなみにですが、ルイス王子。貴方はなぜソフィア嬢が何も言わず、素直に保安騎士団の指示に従ったのかわかりますか?」


 彼は力なく、首を左右に振った。


「さあ、見当もつかないな」

「おそらくですが……」


 ユウはしっとりとした口調で諭すように、ルイスへ言う。先ほどのハキハキとした様子は今の彼にはない。

 ユウも彼の気持ちが本気だとわかっているからこその対応なのだろうと、ライラには思えた。


「ソフィア嬢は貴方とクロエさん、お二人の関係に気づいていたのではないかと思います」

「はあ、そんな馬鹿な。——仮にそうだとして、どこの世界に婚約者と自分の使用人の関係に目を瞑る奴がいるんだ」


 激しく否定するルイスに、ユウはゆっくりと首を左右へ振った。


「もちろん、ここから先は僕の憶測が過分に入ります。ですがおそらく、ソフィア嬢自身も、貴方とのご結婚にあまり積極的ではなかったのだと思います。そんなことよりも彼女はクロエさんの幸せを、ただ願っていたのではないでしょうか。

 自分の過去の過ちにより、幸せを奪ってしまったこと。彼女は本気でそのことを後悔していらっしゃった。だから彼女はクロエさんとルイス王子との関係に否定的ではなかった。むしろ貴方が本気であると確信していたからこそ、クロエさんが望むのならば、応援するつもりでさえいた。

 しかしそんな折、事件は起こってしまった。アンナ嬢が殺害され、現場は明らかに自分を指し示していた。しかし、自分ではないことを一番よくわかっているのは彼女自身のはずです。しかし、彼女は何も言わなかった。いえ、言えなかったのですよ」


 とそこで、ルイスが話を遮った。


「待て待て、それではあいつは自分に罪を着せた人間が最初から俺だとわかっていたみたいじゃないか」

「みたいでなく、わかっていた——ああいえ、より正確に言うのなら、選択肢に貴方は確実に入っていたのだろうと思います。

 彼女は現場を見ていません。なので、全ての情報は保安騎士団から聞かされたはずです。被害者は自分のイヤリングを持って亡くなっていた。彼女はこの事実を聞かされ、すぐにピンと来たはずです。そのイヤリングのことを知っている人物は屋敷の者か、螺旋階段を登っている最中で偶然鉢合わせした、ルイス王子だけだと。そしてその中で自身に恨みを持っていそうな人物は誰か。まず一番に貴方が挙げられたことでしょう。現婚約者であるアンナ嬢を葬り、元婚約者で、クロエさんの主人でもある自分も追放してしまえば、貴方は大手を振って彼女を迎えられるだろうと。

 そしておそらく、クロエさん本人も候補には挙がっていたのではないかと思います。内心、彼女に限ってそんなことないとは思いつつも、恨まれてしかるべきことをした自覚も、彼女には十分にあった」


 ユウは休憩のためか、深い呼吸を一度挟むと、「ですが」と続けた。


「正直なところ、彼女にとってはどちらが犯人でも構わないのですよ。理由は言うまでもないでしょう。自分が罪を被ってしまえば、結果はどちらも同じになるわけですからね。クロエさんの幸せは守ることができる」

「そんな馬鹿な……」


 頭を抱え、悲しげに嘆くルイス。


 その時だった。部屋の扉が、突然大きく開かれたのである。


 一同の視線がそちらへ自然と向けられる。

 そこへ立っていたのは長い黒髪を後ろで束ねた女性——クロエだった。


「クロエ……さん」

「勝手に入室したこと、それからお話を勝手に盗み聞きしましたこと、心よりお詫び申し上げます。ですが、どうしても確認せずにはいられませんでした」


 そう言った彼女はユウの方へ視線を移す。


「ユウ様、先ほどのお話は本当のことでございますか?」


 真剣な眼差しで問う彼女の目をユウは真っ直ぐに見返した。


「ええ、真実でしょう。でなければ、説明がつきません」

「そうですか……」


 彼女は悲しげに目を伏せた。彼女の惚れ惚れするようなキリッとした佇まいは今は小さく震えていた。


 しばし経ち、彼女は顔を上げると、決意の眼差しでルイスの元へ歩み寄った。


「ルイス様……本音を申し上げますと、貴方様からのご厚意は大変嬉しゅうございました。長らく感じていなかった、幼い少女のような感情を私に抱かせてくれるものにございました」


 彼女は微笑を湛え、胸に手を当てしみじみとそう語る。

 しかし彼女はつい先ほどの柔らかい口調を消すと、決意を固めた(まなこ)で彼を見据えた。


「ですが私はブルクハルト家に仕える者。そして、ソフィアお嬢様専属の使用人にございます。ですので私は貴方のお気持ちにお応えることはできません」


 キッパリとそう告げた彼女は、ルイスの方へ一歩踏み出すと、


「これはお返しいたします」


 ローテーブルの上へ——以前、ユウが見たものと同じ——ペンダントを置いた。

 そして一歩下がった彼女は綺麗な佇まいのまま、


「失礼致します」


 一礼した彼女は早々に踵を返し、部屋を出ていった。


 何も言う隙を与えてもらえないまま、呆然と彼女を見送ったルイスはクロエが出ていってしばらくののちに、ようやくため息をこぼした。

 そして視線を落とし、彼女の置いていったペンダントを眺めた。


「はっ、上手くいかねえな……」

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