第三十二話
十日の午後。庭園を後にし、ルイスの部屋を訪れた時のことである。
ユウたちはイヤリングの件、それからスビンの証言の真偽を確認するべく、再び彼の部屋を訪れていた。
「知りませんよ、そんな話。どうして俺があいつの——失礼……私がソフィアのイヤリングにまで注意を向けていなくちゃならないんです。それに、スビンが何を見たか知りませんが、私はずっとこの部屋で一人でした」
全てを否定して譲らないルイスに、シグルドが負けじと応戦する。
「ですが、確かにスビン王子は見たと仰っているんですよ。それも三度です。一度なら見間違えの可能性も考慮できますが、そう何度も見間違えるものではありません。それに、これは貴方のためにもなるのですよ。この目撃証言が正しいのなら、貴方には犯行が不可能であると証明される訳です。だと言うのに、なぜ否定なさるのですか」
「ふん、知らないものは知らないんです」
全く譲ろうとしない両者。お互いの意見はどこまで行っても平行線が続いていた。
これでは埒が明かないと、ユウが口を挟んだ。
「貴方が事件のあった夜に会っていたと言う人物は他人に知られると、よほど困る人物だと言うことでしょうか」
「ッ——ですから、知りませんし、誰にも会っていないと言ってるでしょ。いい加減にしてください。出なければ、強制的に退城を願いますよ」
「うっ——」
ルイスは最終手段、国家権力を申し出てきた。
刺しものシグルドでも、相手は王族である。国家権力を目の前でちらつかせられては押し通せるものもここまでが限界だった。
ユウはこれは使いたくなかったのだがと、ため息をこぼすと、最後の切り札を取り出すことにした。
「では、私が当ててみましょうか。貴方があの日会っていた人物を」
「何?」
予想だにしていなかった反撃に、我が耳を疑うルイス。彼の顔には明らかなる動揺の色が浮き出していた。
先ほどまで一貫して知らぬ存ぜぬを突き通してきた彼にも、この時初めて確かな焦りが見え始めたのである。
「ま、まあ。貴方たちの勝手です。適当な名前でも出して満足すればいいです。私は何も答えませんがね」
「そうですか……」
ユウは冷ややかな眼差しでそう言うと、ゆっくりと口を動かした。
「貴方が昨晩あっていた人物は——そうですね。ブルクハルト家の使用人、クロエさんではありませんか?」
「なっ……」
ポーカーフェイスに徹するよう努めていたルイスはその瞳は大きく見開くと、驚きと疑問の表情で固まってしまった。
なぜわかったんだ——と、ルイスの顔に現れた感情でさらに確信を得たユウはさらに彼へとどめを刺した。
「貴方はクロエさんと、以前から個人的なお付き合いがありましたね」
ユウはルイスの顔色を探りながらそう言った。
苦虫を噛み潰したような顔をするルイスは何も言わず、ユウから視線を逸らした。
固く結ばれた唇は焦りからか、それとも感情を出さないための懸命な偽りからなのか、小さく、しかし確かに震えていた。
「最初に気がついたのは一度目に僕がここへ訪れた時です。僕らが退席する際、貴方はうっかりペンダントを落としてしまいましたね。貴方はすぐに拾い上げましたが、僕はしっかりと覚えています」
銀色の鎖の先に取り付けられた、十字をかたどるように並んだ小さな宝石たち。
一瞬ではあったがユウはそれをバッチリと記憶していた。おそらくライラもまだ覚えているはずだ。
「実はですね、僕はそのペンダントを別の場所でも見たことがあるのですよ」
「……」
彼は相変わらず何も言わないが、眉間の険しさは依然として増すばかりである。
「まあ偶然ではあったのですがね。そのペンダント、クロエさんもお持ちだったのですよ。貴方の持っているものと全く同じデザインのものを」
「そうなのかッ——あ、いや……」
思わず口をついた言葉で、ルイスは徹底していた沈黙を自ら破ってしまった。
目を泳がすルイスをユウは愉快そうに見据える。
「それからもう一つ。これはクロエさん本人から伺ったことなのですがね。彼女は事件のあった時刻、ずっと部屋にいたと仰られました。これだけではもちろん、なんら不思議はありません。ですがこの時、別の場所でとある出来事があったのですよ」
ルイスはそれが何であるのか気になるのか、泳がせていた目をユウの方へちらりとだけ向けた。だが、すぐに外方へ移してしまった。
「昨夜の一時半ごろの話です。オスカー侯爵はその時間にソフィア嬢のお部屋を訪れたそうです。理由はそのイヤリングのことだったのですが。
部屋を訪れたオスカー侯爵へ、ソフィア嬢が紅茶をお出ししたそうです。しかしその時、彼女は不運にも足を滑らせてしまい、紅茶をこぼしてしまったのです。怪我などはなかったそうですが、彼女の入れた紅茶がオスカー侯爵の衣服へかかってしまった——それがどうした? と言うお顔をされていますね」
「……」
ユウの挑発的な眼差しを、ルイスは腹立たしそうに睨み返す。だが、ユウは気にすることなく先を続けた。
「ご心配なく、お話はここからです。衣服が紅茶で濡れてしまったオスカー侯爵は急いで使用人を呼び、替えの服を用意させたそうです。
アデラにその時着ていた服を返してもらわなければなと、僕が部屋を訪れた時、オスカー侯爵は仰っていました。
ですが、ここがおかしいのですよ。オスカー侯爵は元着ていた服を“クロエ”さんではなく、“アデラ”さんに返却を求めていたのです。不思議ですよね。クロエさんはブルクハルト家に仕えている使用人です。主人の災難に真っ先に駆けつけるべきは彼女のはずです。にも関わらず、やってきたのはアデラさんだった。
クロエさんは手が空いていなかった? ——いいえ。先ほども言いましたが、彼女はブルクハルト家の使用人です。ソフィア嬢もその場にいた。彼女にそれ以上の仕事があるはずがない。——だと言うのに、彼女はその場には現れなかった」
ユウは改めてルイスを見据えた。
「その時間、彼女は貴方に会っていたのですよ。彼女もまさか、そんな夜遅くに呼び出されるなど予想もしていなかった。だから彼女は主人の呼び出しに応じることができなかった。違いますか?」
最後は口早に問い詰めたユウ。しかし、ルイスは何も言わなかった。
歯を食いしばり、喉奥で懸命に何を押しとどめているのが側から見てもよくわかった。
ユウは間違いないと確信した。
そして徐に席を立ち上がると、ルイスに諦めを認めた。
「さすがですね。ここまで行っても認めてくださらないとは……。仕方がありません、諦めることにしましょう」
「えっ、ちょっとユウさん」
そんな勝手に——シグルドは隣で立ち上がったユウを責め立てた。
「どうしてです。後もう少しですよユウさん」
しかしユウは彼の言葉など一切耳に入っていないかのように、くるっと体の向きを変えた。
そして、
「仕方がないので、この話をクロエさん本人に伺って来ることにしましょう。彼女は認めてくださると良いのですが……」
「は?」
ユウはそう言い残すと、彼はスタスタと扉の方へと歩き出してしまった。
突然の展開についていけていないライラとシグルド。
彼ら二人をその場へ残し、ユウはそのまま扉のノブに手をかけた。
その時——。
「待ってくれっ——」
幾分大きな声で呼び止められたユウ。彼は声の主を振り返った。
「何でしょう?」
ルイスは片腕を上げたまま、苦悶の声を絞り出した。
「わかった、認めよう……。確かにあの晩、私は彼女と会っていた」




