表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/34

第二十九話

「そんな奴の言葉が信じられるかッ——」


 ルイスの行った偽装。その経緯を説明したユウに、オスカーは肘掛けを強く叩いて激昂した。


「ユウ君。君はそんな男の言葉を素直に信じたと言うのかッ。あの男は君から問い詰められるまでの間、ずっーと指輪を後生大事に隠していたのだぞ。それだけではない。あの男は何の罪もないソフィアに殺人容疑を被せようとしたのだ。そんな奴の言葉の一体どこに真実があると言えるのだッ——」


 そう荒々しく吐き捨てたオスカーに、ユウは冷静に言葉を返す。


「オスカー侯爵の仰ることもわかります。ですが、スビン王子の証言がある限り、ルイス王子にはどうしてもアンナ嬢の殺害は不可能なのですよ」

「しかしだな、それではあの娘が持っていたという指輪の説明がつかないではないか。彼女はあの男から貰った指輪を持っていたのだろう。それがあの男のことを指しているのでないとしたら、彼女は勘違いから間違ったメッセージを残したことになってしまう。彼女は犯人と茶を飲んでいたのだ。そんな人間を別の誰かと誤認したりするものか?」

「それですね。それは私も同感です」


 オスカーの必死な問いかけに、ユウは素直に頷いた。


「アンナ嬢は短剣で胸を刺されて亡くなっていました。それはつまり刺された瞬間、彼女は犯人と向き合っていたと言うことの証明です。しかしそれならば、あんな勘違いはまず起こり得ないはず——まあ、犯人が布か何かで顔を隠すか、彼女の顔を隠すかしていれば話は変わりますがね」

「そんなことが……」


 そんな可能性などまったく頭になかったのか、オスカーは多少驚きの顔を見せた。しかし、自分が言い出したにも関わらず、ユウは即座に自分自身の意見を否定した。


「いいえ、それはまずないでしょう。彼女が亡くなってしまえば、犯人にとっては顔を見られようがどうしようが関係ないのです。——死人に口なし、ですね。ですから、わざわざ勘違いさせるためだけにそんなことはしないでしょう」


 我が意を得たりとオスカーは少し口調を高めた。


「そら見たことか。やはりあれはルイスが犯人であることを知らせるためにやった、彼女の最後のメッセージに違いないのだ」


 オスカーは自信満々にそう言うと、最後に膝をパチンと叩いた。何ものにも揺るがない自信が、その瞳には輝いていた。


「果たしてそうでしょうか?」

「何?」


 相も変わらず落ち着き払った口調で言ったユウの言葉に、オスカーの瞳が瞬時に翳りを見せた。彼の額から一筋の汗が滑り落ちる。


「ルイス王子は彼女が持っていた指輪を抜き取り、代わりにイヤリングを持たせたと仰っていましたね。イヤリングには血痕がありませんでしたが、彼が隠し持っていた指輪にはしっかりとついていました。それに、ルイス王子はこうも仰っていました。左手が不自然だったから、代わりにイヤリングを持たせた、と……。

 このことから、彼の言った言葉に嘘はないと言えるでしょう」


 ユウは突然左手を上げると、オスカーに手の甲が見えるような位置まで持ち上げた。


「これは以前ルシール嬢からお聞きしたことですが、アンナ嬢はその指輪を左手の薬指にされていたそうです。外すことも滅多になかったとも仰っていました」

「それがなんだと言うのだ?」


 オスカーは苛立たしげにユウを睨め付ける。


「指輪を外し、手に持った。それだけだろう」


 ユウはおかしそうに笑うと、小首を傾げた。


「おかしくありませんか? 彼女は左手にはめていた指輪を、左手に持っていたのです。指輪というものは普通、よほどスカスカでもない限りは片手では抜き差しできないものなのです。左手にはめている場合は本来、右手を使わなければ外せません。ですが彼女は左手にはめていた指輪を、最終左手に持っていた。

 つまり彼女は左手の指輪を右手で取り外した後、また左手に持ち替えたことになるのです。右手で外したのだから、そのまま右手で持っていればいいだけのはず。なぜ彼女は死の間際でそんな無駄な力を使ったのでしょうか。不自然極まりない」


 ユウの提示した疑問に、珍しくオスカーは何も言わなかった。

 ユウはお得意の不敵な笑みを浮かべながら先を継いだ。


「もうお分かりだと思いますが、つまりあの指輪は彼女が自ら外し、持ったものではないのです。あれは犯人がアンナ嬢を殺害した後に、彼女の左手から外し、持たせたものなのですよ。何者か、はもう言わなくてもお分かりですよね」

「……」

「アンナ嬢はルイス王子の短剣で殺され、その上ルイス王子が彼女へ送ったとされる指輪を持って亡くなっていた。これだけを見れば、大多数の方がまずルイス王子を疑うでしょうね。なくなったとされる短剣も、彼自身の自作自演だったと言われてしまえば、それまでなのですから。

 犯人の狙いはアンナ嬢を殺害することだけではなかった。犯人の真の狙いはその先、その罪をルイス王子に着せるところまでが計画だったのです」

「……」


 何一つ声を発さなくなったオスカーの様子を、ユウはちらちらと確認しながら続けていく。


「ではそれは誰でしょうか。——では動機の面から考えてみましょうか。

 まず疑わしいのはパーティの最中で婚約破棄されたというソフィア嬢です。アンナ嬢から婚約者の立場を奪われた彼女ならば、二人を憎んでいてもおかしくはありません。——他の皆さんはどうでしょうか。アンナ嬢とは古くから付き合いのあるルシール嬢。彼女が密かにアンナ嬢を憎んでいたという可能性はなくはありません。ですが、あまり面識のなかったルイス王子までも憎んでいたとはちょっと考えられません。——ではスビン王子はどうか。彼は兄であるルイスにひどく嫉妬しており、その恨みが限界を迎え、今回の強行に及んだ。そういう筋書きも十分に考えられるでしょう。しかし、アンナ嬢に対しても殺意を抱くほどの気が彼にあったかどうかまでは不明ですね。では、他には……」


 ユウは左斜め上に視線を向けながら、深く考え込んでみせる。

 彼のその仕草はあまりにもわざとらしく、どこか小馬鹿にしたようなものがあるなと、隣に座っているライラには思えた。

 

 ユウはしばし間を開けると、徐に視線を落とし、ようやく目の前に座っている人を見据えた。

 おやっ——と、彼はたった今思いついたかのようなリアクションをとった。


「どうやらここにも一人、いらっしゃるようですね、オスカー侯爵。——貴方もルイス王子にひどく憤りを感じていた一人。娘の婚約を破棄した男。将来を約束されていたはずの愛娘を裏切った男を貴方は心の底から憎んでいた。そしてその娘の地位を奪い取ったのは他ならぬアンナ嬢です。貴方は間違いなく二人を憎んでいらっしゃったことでしょう」

「……何が言いたいのだ、君は」


 オスカーは何かを強く噛み殺すかのように、言葉を喉から絞り出した。彼の細長い瞳は両方ともユウの顔へと突き刺されている。


「初めてお会いした時、僕は不思議でした。ソフィア嬢の無実を証明してほしいと頼まれた時、私は貴方にその根拠となるものを訊ねた。しかし貴方はそれを示さなかった。にも関わらず、貴方は彼女が犯人でないと自信満々だった」

「それならば答えたであろう。私はソフィアの父親だ。父親が娘の無実を信じなくて、何が父親だ」

「ええ確かに。ですが、不審な点はそれだけではありません」


 ユウはオスカーの後ろ、窓際に置かれている丸テーブルを見つめながら続ける。


「貴方は事件の翌朝。アデラさんが遺体を発見し、保安騎士団へ連絡に向かったその後、ルイス王子、ルシール嬢、そしてスビン王子に続いて貴方は部屋を訪れた。そしてそれから数十分後に保安騎士団が駆けつけ、ソフィア嬢が容疑者となってしまった。

 貴方はその後、急いで私にペレストレーを送ったと仰いましたね」

「あ、ああ……そうだ……」

「妙ですね……アデラさんが保安騎士団へ連絡した時間は午前八時過ぎ。そして保安騎士団が到着したのは八時半過ぎです。それから捜査の結果ソフィア嬢へ容疑がかけられ連行された時間が十時半ごろです。

 ——ですが、僕たちがアモルト城へ到着した(・・・・)のがその時間なのですよ」


 ユウのこの言葉にオスカーの肩がビクッと震えたのが、ライラにもわかった。

 彼は明らかに動揺している。

 ライラは壁にかけられている振り子時計に目を向けると、午後二時を少し過ぎていた。ゆっくりと進んでいく秒針を見つめながら、ライラはあの日の朝のことを思い浮かべた。


 ユウが何時に起きたのかはわからないが、朝食を始めた時にはもう八時を過ぎていたことだけは覚えている。そして朝食の後のティータイムの途中で、あのペレストレーが届いた。その時間が九時半ごろ。

 ユウの話では、この手紙がアモルト城から送られたのであれば、約一時間はかかると言う。つまり、ペレストレーを送った時間は八時半ごろ。


 この時間はまだアモルト城へ保安騎士団は到着しておらず、それどころか遺体が発見されてから、まだそれほど時間は経っていないのだ。


 オスカーの証言とは完全に食い違うのである。


 額に汗を浮かべているオスカーを見るユウの目が怪しく光った。


「オスカー侯爵。貴方はどうして保安騎士団が到着するよりも前に、ソフィア嬢へ疑いの目がかかることに気づき、僕へ手紙を送ることができたのでしょうか」


 言葉でユウに詰め寄られるオスカーの目は泳いでいた。何をどう弁解しようかを必死に考えている、そんな表情だった。

 ユウは真綿でジリジリと首を絞めるかのように、さらに彼を追いめていく。


「事故現場へその日初めて訪れた貴方はさぞ驚いたことでしょう——。ルイス王子に罪を着せるために持たせたはずの指輪が、いつも間にか自分が娘にあげたイヤリングに代わっていたのですから。しかしそれを保安騎士団に話すわけにはいかない。言ってしまえば、疑惑の目は間違いなく自分へ向けられてしまいますからね。

 だから貴方は僕を呼ぶことにした。保安騎士団とは違う方向から捜査が行え、あわよくば自分でコントロールできると考えたのでしょう。

 僕たちが二度目に侯爵の部屋を訪れた時、貴方はたった今思い出したかのように、ルイス王子とアンナ嬢の諍いを目撃した話をした。今思えばあれも、僕の目をルイス王子に向けさせるために用意したお話だったのでしょう。——ああいえ、もちろん本当の話だったのかもしれませんがね」


 と、肩をすくめたユウに、オスカーはバンと力強くテーブルを叩いて立ち上がった。

 その表情は怒りによって顔中真っ赤になっていた。


「いい加減にしないかッ。そんな……そんな根も葉もない虚言を吐くのが貴様の仕事なのかッ。私が貴様を呼んだからと言って、あの娘を殺したことにはなるまい。そこまで言うのならば、証拠を見せてみろ、証拠を——私が殺害したと言う決定的な証拠をな——」


 はあはあと息を荒らげ、肩で呼吸を繰り返すオスカー。整えていた髪型も今の怒号で激しく乱れ、見窄らしい格好となっていた。


 今の叫び声に反射的に身をひいてしまっているライラ。しかし、一方ユウの方はというと、彼は静かに目を閉じ、平然とした態度で腰を落ち着かせていた。


 そしてゆっくりと目を開くと、鋭い瞳で目の前の男性を見上げた。

 口元にはお得意の不敵な笑みが浮かび上がっている。


 それを見てまたも怒りが沸き起こったのか、息を大きく吸い込んだオスカー。しかし彼を遮ってユウが先に口を開いた。


「いいでしょう、オスカー侯爵——そこまで望むのであれば、貴方が求めるものを今すぐお出ししましょう」


 その時、オスカーの表情が一瞬で凍りついたのをライラは見逃さなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ