第二十八話
「ああ、確かに俺だよ。俺がイヤリングを彼女の手に乗せた。そしてカップの向きも変え、左利きの人間が使ったように見える細工をした。間違いない」
再びルイスの部屋。
庭園を後にしたユウたちはそれからすぐに彼の部屋へと向かった。
ユウは初め、ルイスに話を伺うことすら渋られるだろうなと考えていたのだが、予想外にも彼はことのほかあっさりとユウたちの入室を許可したのである。
今一度一際大きなソファに並んで腰を落としている三人。しかし、ルイスの方は前とは違い、今は向かい合うように席についている。(つい今しがた使用人に持ってこさせたソファである)
膝に肘をつき、彼は拝むように組んだ手の上に頭を乗せて項垂れている。
すっかり口調からも丁寧さは抜け落ち、本来の彼の性格がしっかりと浮き彫りになっていた。
周囲からは目に見えない、暗い負のオーラが立ち込めており、気力を根こそぎ剥ぎ取られたかのような、そんな有様だった。
彼との間にあるローテーブルの上には主人をなくしたペンダントが、物悲しい様子で置かれていた。
「偽装したのは遺体発見時、アデラさんを保安騎士団の連絡へ向かわせた時ですね?」
ユウが確認を取ると、ルイスは言い訳もなく肯定した。
「ああ、そうだ。使用人の姿が見えなくなったのを確認してからやった」
「どうしてそんなことを……」
ライラが信じられないと言いたげに呟く。
「確かにそうですね」
それにシグルドが同意を示した。
「ルイス王子。いくら邪魔だったからと言って、殺す以外の方法はきっとあったはずです」
「……う——」
「え?」
あまりにも細々としたルイスの声に、シグルドが訊き返した。
「今なんと?」
「違う——」
「違う?」
焦ったそうに耳をそばだてるシグルドに、ルイスはガバッと面を上げると、
「それは俺じゃない。殺したのは俺じゃないんだ——」
懇願しすがるように叫んだ。
思わず反動でのけぞったシグルドは状態を立て直すと、咳払いを挟んだのち、瞳を厳しいものへと変化させた。
犯罪者とわかった今、彼の中ではすでに目の前の男は王族でも貴族でもなくなっているのだ。
「貴方は今、認めたでありませんか。アデラさんがいなくなった隙をついて、アンナ嬢の手にイヤリングを持たせ、カップの向きも変えたと——。いまさら一体何を否定なさる——」
「だから違うんだッ」
シグルドの言葉を遮りルイスは懸命にそう叫んだ。自分の無実を、彼は必死に訴えかけていた。
まるで、悪戯をしたと疑われている幼い子供のように——。
そこへユウが言葉を差し込んだ。
「シグルドさん」
「何です?」
やや興奮気味に伺える副団長を、ユウは諭すように宥めた。
「忘れてしまったんですか。ルイス王子にはスビン王子の証言がある限り、どうしたって犯行は不可能なんですよ?」
「いやですが、もしかするとそこにも何かしらのトリックが——」
「いいえ、彼には無理です。それに、彼のアリバイを承認できる方はもう一人いるのです。彼には犯行は不可能なんですよ」
「ですが、それなら……」
一体誰が犯人だと言うのです——シグルドは心の中だけでそれを言葉にし、改めて眼前の男を見下ろした。
「俺ではないんだ、本当に……」
最後にはまた力なくそう呟いた彼は周りが静かになったのをきっかけに、一人でに訥々と語り始めた。
「朝、アンナの部屋へ向かった時、使用人が真っ青な顔で佇んでいたを見つけたんだ。そこは本当なんだ。それから俺はそこで初めて彼女の遺体を確認した。正直驚いたよ。死体なんて初めて見たからな……」
そう告白した彼は自分で言っていておかしかったのか、ははっと口端を吊り上げて笑った。
「とりあえず騎士団を呼ばねばと思って、すぐに使用人に連絡へ向かわせた。そして彼女が行ったのを確認して、部屋で一人で待っていた時、俺はアンナの左手に目が止まったんだ。——あいつは、アンナは俺がやった指輪を持ってたんだ……」
「指輪?」
シグルドが訝しげに訊ねた。
「それはあなた方が代々受け継いでいるという、あの?」
ルイスは無言で頷いた。
「婚約が決まった段階で俺がやった指輪だ。アンナはその指輪を持って死んでたんだ。——それだけじゃない。床には俺の盗まれた短剣まで落ちてた。
俺はすぐにピンときた。これは何者かが、俺に罪を着せるためにやったことなんだってな。——俺は王族だ。仮に後から冤罪だったと発覚したところで、一度染みついた疑念はそう簡単に拭い去ることはできない。今は父上もいない上、兄貴もいない。この城の中で今最も権力を持っているのはこの俺なんだ。そんな俺が、殺人で捕まるわけには絶対にいかない。それに、あの人のこともあったから……」
「だから貴方は指輪を持ち去ると、代わりに左手にイヤリングを握らせた」
ユウが彼の代わりにこの先の展開するを述べた。
ルイスは頷き、
「ああ。指輪を取っただけじゃあ、手が明らかに不自然だったんで、何か代わりのものを握らせる必要があった。そしてその時、ちょうどポケットに入っていたあのイヤリングを思い出したんだ。
イヤリングに関してはあんたが言った通り、今朝ソフィアと別れた時、床に落ちているのを拾ったんだ。すぐに返そうかとも思ったんだが、そんな義理もなかったからやめた」
「その時にソフィア嬢へ罪を被せることを思いついたんですか?」
「イヤリングを取り出した時にふと頭をよぎったんだ。アンナが殺されて、もしソフィアまでいなくなれば、俺は……てな。あいつなら動機も十分。後一つくらい、何か後押しするようなものがあればと思って探した時に、あのティーセットに目が行ったんだ」
「貴方は扉側のソファ前にあったカップだけを動かし、あたかもソフィア嬢が訪れたかのように偽装した」
ユウの言葉にルイスはまた無言で頷いた。
彼はもう何一つ隠し事をするつもりがないのか、訊ねずとも何もかもを詳らかに話していく。
「こんなことなら一度でも、我慢してあいつと紅茶を飲んでおくべきだった……」
そう呟いて面を上げるルイス。彼は背中を背もたれに預けると、口をポカンとさせて天井を、ただ呆然と見上げた。
そんな彼にユウが訊ねた。
「取り替えた指輪はどうされたんですか?」
ルイスは重そうな頭を動かすと、それなら——と膝を押さえて勢いよく立ち上がった。
そしてその足で後ろにあるデスクへと向かい、引き出しを開けた。
そしてすぐに戻ってきた彼はたった今取り出してきた布をテーブルの上へと置いた。
真っ青な布の上にはルシールから伝え聞いていた通りのデザインをした、例の指輪があった。
銀色をした分厚い輪っか。その外側には青い宝石が一つ取り付けられている。だがその宝石からは輝きの一切が失われており、輪っかの光沢もいささか鈍く光っていた。
そして指輪の所々にはすでにどす黒く変色してしまった血液が付着していた。
「本当は回収した時点ですぐに外へ捨ててもよかったんだがな。なんとなく不安だったんで、捨てきれずにいたんだ。俺に罪を着せた犯人が誰なのか、まだわかっていなかったしな」
ルイスは何が面白いのか、薄く笑いながらそう言った。
その言葉に誰一人答えようとする者はおらず、徐にシグルドがその指輪に手を伸ばした。
「これは我々保安騎士団が証拠品として回収いたします。宜しいですね?」
「ああ、持っていってくれ」
もう二度と見たくない、と顔を逸らすルイス。
シグルドは直ちにその指輪をハンカチごと回収した。




