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第二十四話

 明るめの茶色にウェーブのかかったロングのヘア。薄い紫色のドレスを纏い、同じ紫のポーチを持った女性は、ユウたちの存在に気がつくと「あら」と少し驚いた声を上げた。


「お客さまがいらしていたのね。ごめんなさい」


 綺麗な肌に、切長の目がよく目立つ顔。目と口元に小皺がうっすらと浮き出て入るものの、全体的に見れば美人の部類に入る容姿をしていた。


 入室を止めドアを閉じようとした女性をオスカーが引き止めた。


「待て。お前もこちらに来て座りなさい」

「あら、いいのかしら」


 女性は困惑気味に、部屋へ入ってくると、オスカーの元へそそくさと駆け寄った。

 そして促されるままオスカーの隣へ腰を下ろした。


「お前、呼んでから随分と時間がかかったじゃないか」


 彼女が座るのと同時に、オスカーは少し強めな口調で女性を責め立てた。

 女性は眉を顰めると、不貞腐れたように答える。


「仕方がないじゃありませんか。ちょうど仕事が立て込んでいましたのよ」

「だが、娘の一大事なんだぞ。仕事仕事と言っている場合ではなかろう」

「そうですけど……」


 そう言って目線を下げた女性はそのまま流れるように目の前に座っているユウたちに話題を切り替えた。


「そんなことよりも、こちらの方々はどなたなのかしら? 随分とお若いようだけれど……」

「この二人は私が雇った探偵だ。ユウ君に、ライラさん。ビレッダグレイン帝国のダンミリオンから来てもらったんだ」


 オスカーはそれぞれ手で差しながら女性にそう紹介した。

 彼女は一言「あらそう」とだけ答えると、姿勢を正しお辞儀をした。


「これはどうも、遠いところからすみません。(わたくし)、ここにいるオスカーの妻、イザベラと申します。今回は娘のためということで、どうぞよろしくお願いいたします」

「ああいえいえ、こちらこそ……」


 いまいち何がこちらこそのなのか、自分でも意味はわからなかったが、ここまで丁寧にお礼を言われたのでは何か返さねければと、ユウの方も頭を下げた。


 顔を上げた女性は単刀直入に本題へと入った。


「それで、どうなのでしょうか。娘は本当に人を殺めてしまったのでしょうか?」


 どちらに訊ねたものかと、ユウとライラを交互に見やるイザベラ。隣でそんなわけないだろと、顔で訴えているオスカーを尻目にユウが答えた。


「まだ、何とも言えません」


 あらそう、と困り顔で呟いたイザベラに、今度はユウの方から質問を投げた。


「先ほど夫人はお仕事をされていたとおっしゃいましたが、昨夜のパーティには参加されなかったのでしょうか?」


 イザベラは左手を頬に当て、首を左右に振った。


「いいえ。パーティへは参加いたしました。ですが、その日のうちに屋敷へ戻ったんです。仕事が立て込んでいましたので。まさかこんなことになるだなんて、夢にも思っておりませんでしたから」

「何時ごろお帰りになられたんですか?」


 ライラが訊ねた。


「パーティが終了したころだから、十一時くらいかしら」

「お屋敷はどの辺りに?」


 再びユウが訊ねた。だが、この質問にはオスカーが葉巻を手に答えた。


「屋敷ならここから北、大体三十キロメートルほど行った先にある。茶色い外装でな、周囲の景色がすごく綺麗なところなんだ。君も機会があれば是非来るといい、快く歓迎しよう」

「ありがとうございます」


 ユウは愛想笑みを作りそう返した。

 ——と、その時、部屋の扉がまたノックされた。オスカーの声に二人目のゲストが登場した。


 黒のストレートを後ろで縛り、白と黒の給仕服を着た女性。手洗いを探している最中に出会った彼女。

 ユウは一目でその人物がクロエであることがわかった。


「紅茶をお持ちいたしました」


 クロエは入ってすぐにお辞儀をすると、茶色に近い装飾をなされたティーカートを押しながら、ユウたちの元へと歩み寄ってきた。

 ゆっくりとした足取り、それでいて遅すぎないスピード。

 彼女はローテーブル横まで来ると再び礼をし、その場でティーポットを傾け、一つずつカップへと紅茶を注いでいった。


 あまりにも洗練された動き。無駄のない所作に、ユウもライラもつい彼女に見惚れてしまった。


 各々の手元へ紅茶の入ったカップが置かれていくと、最後に彼女は砂糖瓶とミルクをテーブルへと置いた。

 そしてそこへ真っ先に手を伸ばした夫人は砂糖一杯を紅茶に注ぐと、左手でスプーンをかき回した。

 一方、隣にいるオスカーはミルクだけを注ぐと、彼は逆の手でそれをかき回した。


 役目を終えたクロエは無言で三度目のお辞儀をすると、持ってきたティーカートに手を伸ばした。


「ああ待ちたまえクロエ。君はまだここにいなさい」

「はい。いかがされましたか?」


 咄嗟に呼び止められたにも関わらず、彼女は面食らった様子もなく、平然とした態度で振り返った。


 オスカーは彼女を手招きしながら自身の方へ誘導すると、ユウたちへ改めて紹介した。


「彼女がうちに仕えているクロエだ」


 突然そう主人に紹介されたクロエだが、しかし彼女は怯むことなく落ち着き払った物腰で何度目かのお辞儀をした。


 それを横目で見ながらオスカーが彼女へ言う。


「クロエ。この二人はソフィアの無実を調べてくれているユウ君とライラさんだ。お前も彼らに協力しなさい」

「かしこまりました」


 顔を上げ、たった今紹介された二人の顔を彼女は順繰りに目を移す。


「あら、貴方様は……」

「えっーと……その節はどうも、お世話になりました」


 気恥ずかしそうに挨拶をしたユウ。どうやら彼女の方もユウを覚えていたらしく、少し顔を赤らめた。


「いえ、無事辿り着けられたようで何よりです」


 隣にいたライラが耳打ちした。


「ユウさん。クロエさんとお知り合いだったんですか?」

「んー、手洗いへ行った時に、ちょっとね……」


 詳細を話すわけにもいかず、曖昧に誤魔化したユウ。ライラは腑に落ちない様子だったが、とりあえず顔は引っ込めた。


「あれ?」


 彼女からの追究を免れほっとしたユウは、ちょうど目の前で紅茶に口つけていたイザベラに目が行った。


「夫人。左利きではなかったのですね」


 上品に紅茶を飲むイザベラ。彼女は左手にソーサーを持ち、右手でカップを傾けていた。

 しかしユウは彼女のことを左利きだと判断していたのだ。


 彼女は先ほど砂糖をかき混ぜる際、スプーンを左手で持っていたのである。にも関わらず彼女は今、カップを右手に持っている。


 首を傾げるユウに、イザベラは自身の手元に視線を落とすと、納得のいった面持ちで説明した。


「これのことですわね。これは私の曽祖母から受け継いでいる飲み方なんです。私たちの家系はなぜだか左利きが生まれることが多く、曽祖母以前の女性も皆左利きだったそうなんです。必然、皆カップは左手に持っていたのですけれど、曽祖母はカップをわざわざ左手に持ち替えるのは品が欠けているのではと、右手で飲むようになられたんだそうです。

 それ以降、私たちの家系の女性は皆カップを右手で持つよう矯正されるようになり、私もお母様に同じように教育されましたの」

「では、夫人は飲み物以外ではいつも左を使われると?」

「ええ、そうです」


 彼女は目を閉じながらゆっくりと頷く。躊躇わずユウはさらに問うた。


「それは、ソフィア嬢も?」

「ええ、当然です。あの子には私が矯正いたしましたから」


 口を半開きにさせ呆然とするユウ。そんな彼に隣に座るライラが囁いた。


「ユウさん、これって……」


 彼女にもことの重要性が理解できたらしく、ユウは彼女に強く頷いて見せた。

 そして再度顔を正面に向け、ユウはオスカーとイザベラ、それにクロエを順に見やると、真剣な顔つきで口を開いた。


「皆さんにお聞きしたいことがあります。ソフィア嬢のイヤリング、ピンク色の丸い宝石がついたあのイヤリングはパーティが始まる前に無くされたとのことでしたが、具体的にはどういった経緯だったのでしょうか?」

「イヤリングについては私からご説明いたします」


 質問にはクロエが答えた。


「あのイヤリングはパーティが催される二日前に、オスカー様がお嬢様にプレゼントされたものにございます。元々はお嬢様は別のイヤリングを身につけて行かれるおつもりでしたが、パーティ前日に急遽、そのイヤリングに変えれらたのです。

 ですがアモルト城へ到着早々、片方なくなっていることに気がつき、慌てて私どもで探したのですが、見つけることができませんでした」


 そう残念そうに語るクロエ。


 オスカーは事件前夜、イヤリングをなくしたクロエが心配で部屋を訪れたと言っていた。ライラが特別なものだったのかと問うたが、彼は即座に否定していた。

 しかし、そうだったのだ。あれはオスカー自身が彼女へプレゼントしたものだった。


 オスカーにとっては大したものでなくても、彼女にとっては違った。

 ソフィアはもらったばかりのプレゼントをなくしてしまったがために、落ち込んでいたのだろう。

 それを使用人にでも聞きつけたオスカーは彼女を心配して部屋へ向かったのだ。


「なくされたことに気がついたのは具体的に、どのあたりだったのでしょうか?」

「お嬢様のお部屋へ到着された時でございます」

「屋敷を出発した時、あるいは馬車の中で落とした、と言うことはないんですか?」

「いいえ。馬車を降りられた際は両方とも確かに身につけていらっしゃるのを、この目で確認しております」

「では城へ到着してから、自室までの間で落としたと言うことですね。——部屋へ向かわれる最中に、誰かお会いした人物などはいらっしゃいませんか?」

「玄関ホールの螺旋階段で、ルイス様とお会いいたしました」

「他にはどなたが、アンナ嬢とは?」

「いえ、他の方はいらっしゃいません。すれ違うぐらいでしたら、表の警備兵などがおりますが」

「面と向かって言葉を交わしたのはルイス王子だけだと?」


 こくりと頷くクロエ。ユウは一度皆の様子を見定めると、


「これは御三方にお訊ねしたいことなのですが、どなたかソフィア嬢のイヤリングについて、誰かに訊ねられたことなどはありませんでしたか? 例のイヤリングについて誰かと話題にした、などでも構わないのですが」


 三人はお互いの顔を見交わすと、そろって首を横へ振った。


「いや私は誰にも話してはおらよ」と、オスカー。


「私もよ。ソフィアは結局イヤリングをつけられなかったんだもの。話題に出しても仕方がないわ」これはイザベラ。


「私も、誰にもお話はしておりません」


 最後にクロエがそう話し、ユウは満足そうに頷いた。


「それではソフィア嬢はルイス王子やスビン王子、それからルシール嬢にアンナ嬢、この方々の中で、どなたかお茶をご一緒された方はいらっしゃいますか?」


 オスカーにイザベラ、クロエの三人はまたもお互い顔を見合わせると、代表してクロエが答えた。


「いいえ。どなたもありません」

「絶対ですか? 学校やプライベート、社交パーティなどでも?」


 珍しく細かい確認をしているユウに、ライラは隣にいながら首を傾げた。

 そんな彼女の考えなど誰一人気にする素振りなどなく、オスカーはクロエに同意する言葉を口にした。


「皆とは学年が違うからな。交流がそもそもないだろうな」


 そしてクロエがまたしっかりとした口調で答えた。


「ルイス様はたまにお屋敷へ足を運ばれておりましたが、お嬢様とお茶をご一緒されたことは一度もございません。御三方に関しましても、プライベートや社交パーティには常に私がおそばにおりましたので断言できます」


 力強いクロエの言葉にユウは満足そうに目を閉じた。

 そして数秒の後、瞼を開いた。


「そうですか。わかりました」


 そう言った彼の表情は冷静そのものだったが、その瞳にかかっていた曇りは若干薄れてきたかのように、ライラには見えた。

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