第二十三話
「ふむ、つまり次は私と言うわけか」
スビンの話を聞き終えたユウとライラは、最後にオスカーから話を聞くべく、彼の部屋へと舞い戻っていた。
先ほどまで一緒だったシグルドは今はいない。
オスカーの部屋へと向かっている最中、部下の一人がシグルドの元へとやってきた。
彼は行儀よく敬礼をすると、シグルドに耳打ちをした。
それを黙って聞いていたシグルドは「わかりました。すぐ向かいます」とだけ答えた。
そして改めてユウの方へ顔を向けた彼は「少し席を外します」と一方的に断りを入れ、部下と一緒にスタスタと屋敷の奥へと姿を消してしまったのである。
——あと残されているのはオスカー侯爵だけだから支障はないか。
ユウは特に気にすることなく、ライラと共にオスカーの部屋へと向かうことにした。
それから部屋へと到着した彼らを、オスカーはソファに座した状態のまま迎え入れた。
待っていたと言わんばかりに二人をソファへと座らせたオスカーに、ユウは先ほど話を伺ってきた四人の名を告げ、いかにして再びここへ訪れたかの経緯を説明した。
「それで、どうだったのだ。成果はあったのか?」
神妙な顔つきで訊ねるオスカーに、ユウは前屈みに視線をテーブルへ向けたまま答えた。
「まだ、なんとも言えません。ただ、仮にソフィア嬢が犯人だったとした場合、いくつか不審点があることは間違いありません。なぜそうなっているのか。彼女が犯人でないとしたら、では真犯人は一体誰なのか。正直なところ、もう少し手がかりが欲しいところです」
ユウは真面目は顔つきで、目の前に座るオスカーを見据えた。
「どうでしょう。また何か、新たに思い出したことなどはありませんか?」
オスカーは低く唸った。
「と、言われてもなあ……」
彼は自身のポケットを弄ると、薄い銀色のケースを取り出した。徐に蓋を開き、中にある茶色い筒——葉巻を一本手に取った。
そして葉巻の先端をカットし、それを口に咥えようと持ち上げた。
——すると、彼は葉巻を口元へ近づけた状態のまま、手を止めてしまった。
一体どうしたのかと、ユウとライラが不審げに顔を見ていると、彼はそのまま二人を交互に見やった。
「ふむ。二人共お疲れだろう。そうだな、すぐにお茶を用意させよう」
「あいえ、私は——」
「それはありがたい。是非お願いします」
ライラの遠慮はユウの発言によりかき消されてしまった。
むっとするライラ。彼女は隣に座るユウを睨みつけたが、当の本人はそんなことなど気づきもせず、「ちょうど喉が渇いていたんですよ」と平然と笑ってみせた。
オスカーは席を立つと、扉横の壁に取りつけられている金色の管——伝声管へ歩みを進めた。
彼は管の先端——その広がった部分にかぶせられている蓋を外すと、口を近づけた。
「誰かいるか」
管の中を何重にも反響した声が通り抜けていく。
しばらく待つと、別の声が管を通って帰ってきた。
「はい。いかがいたしましたか?」
女性の声だった。その声にオスカーが答える。
「クロエに三人……いや、四人分の紅茶を持って来させるように言ってくれ」
「——かしこまりました」
また少しの時間を空けて、女性の了解する声が届いた。
オスカーは伝声管の蓋をそっと元に戻すと、ユウたちの元へ戻り、ソファに座り直した。
彼が腰を落ち着かせるのと同時にユウが訊ねた。
「クロエというのは、使用人の方ですよね? どうして彼女に持ってこさせるんですか?」
ユウにはクロエという名前に聞き覚えがあった。
昼過ぎ、手洗いを探している最中に出会った女性。ユウが道を訊ねた際、彼女は自身のことをクロエと名乗っていた。
どうしてオスカーはわざわざ彼女を名指ししたのだろうか。
ユウの質問に再び葉巻を口つけようとしていたオスカーの手が、また止まった。だが、今度はそのまま咥え、反対のポケットから取り出したライター——ユウの知っているものよりもだいぶゴツく、何かの起爆装置に見えた——で、火をつけた。
二、三度、口元でぷかぷかさせると、上空に紫煙を吐き出し、それからやっと彼はユウの問いに答えた。
「クロエは私、ブルクハルト家に仕えている使用人だ。今は主にソフィアの身の回りの世話をさせている」
「ああ、そうだったんですか」
てっきり彼女はアモルト城に仕えている人だとばかりユウは思っていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。
一体誰のことを話しているのかさっぱりわかっていないライラを他所に、ユウは一人納得すると、
「使用人は彼女以外にも連れてこられているのですか?」
ユウの問いにオスカーは即座に否定した。
「いいや。連れてきているのはクロエだけだ。他の連中はそのまま屋敷の置いてきておる」
「そうですか——それならば、彼女にも後ほどお話を伺っても構いませんか?」
と、ユウは許可を乞うた。
オスカーはまた煙を吐き出すと一言、「構わんよ」とだけ答えた。
それからユウはクロエを待っている間を使い、オスカーに二、三質問を行うことにした。
「オスカー侯爵はアンナ嬢との面識はおありだったのですか?」
「——いいや。向こうは知っていたかもしれないが、私は知らん。もちろん、フロックハート家は存じている。だが、娘が三人いることまでは知っていても、一人ひとりの名前までは覚えてはおらん。例のルイス王子の愚行の際に初めて名前を知ったほどだ」
「そうですか。では、遺体発見時の状況について教えてください」
「それは——」
オスカーは事件現場に関する、自身が知る限りの全てを語った。
自分が事件現場へ訪れるに至った経緯。アンナ嬢の遺体を見た時の驚き。そして部屋の状況。しかしそれは他四人から話とさして変化はなかった。
それから部屋へ戻って数十分後に保安騎士団が到着し、それからまた数分後にソフィアが容疑者として連れて行かれてしまったこと。
オスカーはその後慌てて二人を呼んだのだと、最後にやや興奮気味に語った。
「つまり、ルイス王子以外。侯爵含めた三人は彼女の部屋へは一歩も入っていないわけですね?」
「ああそうだ。アンナという娘の部屋になど、私は一度たりとも入ったことはない」
そう断じたオスカーに、今度は昨夜の行動について訊ねた。
「特に変わったことはしておらん。強いて言えば、一時半過ぎにソフィアの部屋を訪れたことぐらいだ」
「ソフィア嬢の部屋を、ですか……それはまたなぜ?」
「例のイヤリングを、ソフィアがなくしてしまったと聞いてな。少し心配になって様子を見に行ったのだ」
「あのイヤリングはそんなに大事なものだったんですか?」
ライラが訊ねた。オスカーは大袈裟に首を横へ振った。
「いや、大したものではないよ」
「自室へ戻られたのはいつですか?」
再度ユウが訊ねた。
「うーむ……四十分以上は居たかもしれんな」
「その時、廊下やアンナ嬢の部屋から何か不審な物音などは聞いていませんか?」
「いや、特に変わった物音などは聞いておらん」
「そうですか」
さて次に何を訊ねようかとユウが思案していると、突然オスカーが葉巻を片手にふふっと何かを思い出し、笑った。
不審に思ったユウとライラが揃って視線を向けると、彼は恥ずかしそうに葉巻を顔の前で振った。
「いやすまん。少し、その時のことを思い出してな」
「何か面白いことでも起きたんですか?」
「いや、他愛もないことではあるのだがな。——部屋を訪ねた時、久しぶりにソフィアが私のために紅茶を入れてくれたのだ。……実に三年ぶりくらいか。——だがな、カップを私の前に置く時、ソフィアはうっかり足を滑らせてしまってな、そのまま紅茶が私の服にかかってしまったのだ。あの時は慌てた慌てた。紅茶はまだ熱かったからなあ」
至極楽しそうにオスカーはその時の場面を語る。
「それで、急いで使用人を呼んで、代わりの服を持ってこさせた。新しい服に袖を通している最中、ソフィアはすごく申し訳なさそうな顔をしていたのを覚えている。私は別に構わんと言ったのだがな、あいつはそれでも眉を八の字に曲げて、小さく誤り続けていたよ」
オスカーは楽しそうにそう語ると、「そういえば」と何かを思い出したかのように独りごちた。
そしてこちらを見ている二人の視線に気がつき、取り繕うように咳払いをした。
「いや何、まだあの時着ていた服を、まだアデラに返してもらっていなかったことを思い出したのだ。後で言っておくことにしよう。——すまんな。つい話が脱線してしまった。続けてくれ」
「はあ、では……」
それからユウはさらに、ソフィアに関することでさらに突き詰めた質問を何度か試みた——がしかし、それらしい情報が得られることはなかった。
気落ちしてため息をこぼしたユウは仕方なく、クロエという使用人の到着を待つことにした。
きっと、ソフィアの身の回りの世話をしていたという彼女ならば、もう少し何か、彼女に関する情報が得られるのではないかと期待してのことだった。
すると、葉巻に勤しんでいたオスカーが不意に言葉を吐いた。
「事件に関係があるかどうかはわからんのだがね」
突然の発言に、同時に顔を向けるユウとライラ。代表してユウが相槌を打った。
「なんです? 何か気になることでも」
オスカーは上空に霧散する紫煙を眺めながら続けた。
「あれは……先週のパーティの次の日だったように思うんだが、アモルト城の東館を歩いていた時の話だ。突然誰ともわからぬ怒鳴り声が聞こえたんだ。周りには私以外の人影はなくてな、気になった私はそちらの方へ近づいてみたんだ」
「誰、だったんですか?」
「声の主はルイス王子だった。だが、そこには奴だけでなく、アンナという娘の姿もあった」
「アンナさんに対してルイスさんが怒鳴っていた、ということですか?」
驚くライラにオスカーは、
「激昂しながらアンナ嬢を睨むルイス王子に、彼女の方はそっぽを向いて不貞腐れている様子だった。時折聞こえる声では何を話しているかまではさっぱりわからなかったが、あまりいい雰囲気ではないことだけは断言できる」
葉巻を咥えたのを合図に、そこでオスカー侯爵は口を閉ざしてしまった。
「その後は、どうなったんですか?」
ライラの問いにオスカーは紫煙を吐き出した後、首を左右に振った。
「すまんが、その後はすぐに引き返した故、最後どうなったかまでは見ておらんのだ」
「そうですか。——一体ルイスさんとアンナさんの間で何があったんでしょうか」
ユウにそう問いかけるライラは顎に手をやって首を傾げた。
「先週のパーティって例の婚約破棄が行われた時ですよね。どうして次の日に……」
「——大体、私は前々からあの男のことは気に食わなんだのだ」
「えっ……」
唐突にそう荒らげたオスカーは矢庭に立ち上がると、近くのデスクに置いてある灰皿を手に取った。
彼はその灰皿に短くなった葉巻を、恨みのこもった勢いで擦りつけた。
「あの男は身勝手が過ぎる。そもそも私の可愛いソフィアに一体何の不満があると言うのだ。パーティ以前にも我が屋敷にちょくちょく顔を出していたくせに、いきなりこの仕打ちとは——むしろソフィアの婚約相手として選ばれたことに感謝してほしいくらいだ。全くけしからん」
「まあ、そうですね……」
ユウは愛想笑いを浮かべながら彼の話に同意した。
貴方の娘にも問題があるのでは? という言葉はグッと飲み込む。
オスカーは銀のシガーケースから二本目の葉巻を取り出すと、さらに愚痴を続けた。
「確かにおかしいとは思っておったのだ。ソフィアに会いに来たというのに、一度として娘とお茶を一緒にしているところを見たことがなかった。屋敷に来ては、娘に二言三言話をしただけで、すぐに帰ることもあった。そもそも、常識がなっておらんのだ。たとえ王子だろうと関係ない。アモルト国王が帰還された際にはそこのところきっちりと話をつけさせてもらわねば——」
なっ——のタイミングと同時に、オスカーはシガーカッターを勢いよく閉じた。
パチンという音がことのほかよく響き、その音にびっくりしたライラが思わず首を引っ込めた。
その時だった。
オスカーの部屋の扉がノックされ、一人の女性が姿を現した。
ユウとライラは当然、使用人であるクロエが来たものだと思ったのだが、しかし部屋の中へやってきた人物はユウの知っている容姿とは明らかに異なり、全くの別人だったのである。




