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第十九話

 ルシールの部屋へ向かっている最中、シグルドが彼女の詳細なデータを説明した。


「彼女の名前はルシール・アシュベリー。アシュベリー伯爵家の御令嬢で、年齢はアンナ嬢と同じ十六歳。彼女の家もフロックハート家と同様、アモルト王国の経済面を支えている一柱です。ですので、昔から両家は親しい間柄で、同い年であるルシール嬢とアンナ嬢、そして第三王子であるスビン王子も含めた三人で、幼い頃はよく遊んでいたそうです」

「幼馴染ということですね」


 歩きながらライラが呟いた。


「そうなりますね。まあそんなこともあり、アンナ嬢が亡くなったことを知って最もショックを受けられたのは、おそらくこのお二人なのではないでしょうか。我々が事情聴取を行なっている最中も、ひどく取り乱しているご様子でしたから」


 彼女の部屋へと到着したのはそれからすぐのことだった。


 アモルト城二階の東館。螺旋階段からすぐのところに彼女の部屋はあった。

 内装はアンナの部屋とほぼ同じで、唯一違うところと言えば、殺害現場になっていない点だけだった。


 足を止めて早々、シグルドは扉を叩いた。


「どうぞ」


 少し遅れて中から返事が返ってきた。

 やけに沈んだ声。表情はわからないものの、その声からは彼女の悲痛さが十分すぎるほどに感じ取れた。


 これは少し手間がかかりそうだなと、ユウは予想し覚悟を固めた。


 扉を開けて挨拶をするシグルド。彼に続いてユウとライラが入室した。


 アンナの部屋とほぼ同じ位置に設置されたローテーブルとソファ。彼女はそこへ、こちらに体を向けて腰かけていた。


 茶色い髪を肩にかからないくらいで内側に丸めたボブヘアー。左右に七三で分けられた前髪。オレンジ色のドレスを着た彼女は健康的で、そしてそれは快活そうな目鼻立ちにとてもよく似合っていた。

 だが、その目は真っ赤に充血しており、泣き腫らした形跡がまだ残っていた。


 彼女の正面まで足を進めたシグルドがソファに腰を下ろす。

 その後に続いたライラは、彼の隣をユウへ譲ろうと、咄嗟に一歩下がった。が、ユウには断られてしまい、仕方なく腰を下ろした。


 別にシグルドの隣が嫌なわけではなかったのだが、特に役に立てそうもない自分よりも、ソファに座るべきなのは彼の方だと思ったからである。


 そんな彼女の気も知らず、ユウはそのまま二人が座るソファの後ろに陣取った。


 開口一番に口を開いたのはルシールだった。

 刺々しい眼差しを彼女は三人へと向ける。


「それで、どう言った御用件なのでしょうか? 犯人は既に捕まったというのに、他に何をお聞きになりたいのかしら」


 彼女は弱々しいながらも、少し棘のある言い方で三人を順に睨めつけた。

 そこへやはり、先ほどと同様、シグルドが先陣を切る。


「改めてルシール嬢の元へお伺いしたのは他でもありません。もう一度事件の状況を整理させていただこうとの思いからです。確かに現時点で最も疑わしいのはソフィア嬢ではありますが、まだ確定したわけではありません、彼女が——」


 とシグルドが続きを言いかけたその時、突然ルシールは激しい怒気をあらわにした。


「何を仰っているんですか。あの子を殺す動機があるのなんて、あの女以外いないじゃありませんか。ルイス王子から婚約破棄を言い渡され、自分の将来をアンナに奪われた復讐。あの女が恨みを持つには十分すぎる理由です」


 一気に言葉を捲し立てた彼女は一度深呼吸をすると、気持ちを落ち着かせて「それに」と続けた。


「私、見たんです」

「見たって、何をですか?」


 そう訊ねるシグルドに、彼女は一瞬だけ目をやると、視線を斜め下に伏せ話し始めた。


「昨日の夜のことです。パーティが終わって少し経ったころ、裏庭でアンナとソフィアが言い争いをしているのを見たんです」

「本当ですか——」


 驚くシグルド。彼は初耳だと言わんだかりに、両の目を見開いていた。


「しかし、先ほど事情聴取をした際、そんなことは一言も……」

「つい先ほど思い出したんです。あの時はまだ、あの子が亡くなったことに頭が追いついていなくて、ここで少し気持ちを整理していましたら、思い出したんです」

「具体的には何時ごろのことだったのでしょうか?」


 ユウがソファの後ろから、やや身を乗り出して訊ねた。


「十二時ごろ……だったと思います。その時スビンも一緒だったので、彼にも確認していただけると助かります」

「そうですか。では後ほど確認させていただきます」


 と、ユウは身を引いた。

 そんな折、彼女は小さくも確かな憎悪を孕んだ言葉を口にした。


「だから……アンナを殺したのは、間違いなくあの女よ」


 声は細やかなものの、その言葉に秘められた感情は烈火の如く、彼女の心の中で燃え続けている様子だった。


 そして彼女はソファの後ろに立つユウを改めて捉えた。

 その瞳は明らかに友好的なものなどではなく、ユウはいやな予感がして、自分の片頬がピクリと痙攣したのがわかった。


「貴方、探偵さんだそうですね」


 そう言った彼女の声は先ほどの弱々しさなど微塵もなく、ただ怒りの矛先を、とりあえず自分に向けられたようにしかユウには感じられなかった。


 嫌な予感は見事に的中したのである。

 これまで積み重ねられていた文句を、彼女は吐き捨てるように繰り出し始めた。


「どうせオスカー侯爵に大金を積まれて雇われたのでしょうけど——。我が娘可愛さで犯罪を隠蔽し、捻じ曲げようとする男に協力して、貴方、恥ずかしくないんですか。それに、アンナを選んだのはルイス王子の方でしょう。あの方を恨むのならともかく、あの子に復讐だなんて、お門違いもいいところだわ。そうは思わなくて?」


 激しく憎悪を燃やす彼女。

 唐突な彼女の豹変ぶりに、向かう三人は咄嗟に言葉が出てこなかった。


 彼女の言葉は一見ただ感情任せに列挙されているだけのようにも聞こえるが、しかしことのほか、的を大きく外しているわけでもないと、ユウには思えた。


 彼女の言う通り、アンナとの婚約を決めたのは他ならぬルイス王子なのである。

 ルイス王子を恨み、彼に復讐するのならばともかく、選ばれただけの彼女に腹いせをしたところで、結果が変わることはまずないだろう。

 

 しかし今回の事件、多少不可解さは残すものの、動機面だけを見ても最も怪しいのは、ソフィアなのである。


 恵まれた家柄に生まれ、周囲から甘やかされて育った彼女。幼い頃、父親同士が交わしたにすぎない約束。

 そんな権力という名の後ろ盾を、彼女は今まで矛にすることによって、これまでの悪逆と呼ばれる数々が許されてきたのだろう。

 いつの日か自分は本当の王女になるのだと——虎の威を借る狐も、いつかは自分自身が虎になる日が来るのだと、そう信じて……。


 しかしその思いは、無惨にもあっけなく砕け散った。


 あの日、婚約破棄を宣言された彼女は一体何を思っていたのだろうか。

 ショックだったのだろうか。裏切られたと思っただろうか。自身の行動を省みて、当然の報いだと嘲笑っただろうか。


 それとも——ひどく憎んだのだろうか。


 どちらにしろ彼女に一度すら会ったことのないユウでは、それは想像することしか叶わない。

 彼女が何を思い、どう行動に移す人間なのか、それがわかるのは彼女の周りにいた人物——いや、それでも不可能だろう。


 ゆえにそれがわかるのは、きっと神だけなのである。


 静まり返った空間。いつの間にやら彼女の罵声は止んでいた。

 先ほどまで興奮から肩を揺らしていた彼女も、今は正常な呼吸を繰り返している。


 下を向いて黙りこくっている彼女に、これからどう話を切り出したら良いものかと、様子を伺っているシグルド。

 どうしていいものやらと、仕切りに皆の顔色を伺っているライラ。


 そんな中、二人の後ろで静かにしていたユウが、その重苦しい沈黙を破った。


「確かに私は、オスカー侯爵に雇われた探偵です」


 突然の彼の言葉に、俯いていたルシールは顔をあげユウを見やった。

 ユウは彼女の目をまっすぐに見つめ返している。


「そして探偵とは、依頼された内容をこなすことが仕事です。ですがそれは、時として依頼人すらも予想だにしていない結末が訪れることもあります。依頼人すらも把握していなかった情報が開示されることもあるでしょう。ですがそれは——いえ、それこそが探偵という職業なのです。すべての謎を解き明かし、すべての事柄に理由を見出す。だから私はいつも、前もって依頼人にこう説明しています。『仮に事件が解決を迎えたとしても、貴方が想像する結末には至らないかもしれませんよ』と——」


 ユウの発言から、ライラはオスカーとの会話を思い出していた。


『この事件、仮に結果が変わったとしても、あなたが思った通りにはならないかもしれませんよ』


 オスカーから依頼を引き受けたユウは、確かにそのような言葉を口にしていた。

 よくよく思い返してみると、今までやってきた依頼人との会話で、この言葉は何度も出てきていたように思う。


 今更ながらにライラはその言葉の真意を知ったのである。


「事件を解決する上で最も大切なことは、事件と真正面から向き合うことにあります。たとえ依頼人が貴族であろうと国王であろうと、はたまた神であろうとも、僕は誰か一人に肩入れするわけにはいかないのです。その行為は真実を捻じ曲げることに等しく、真相を霧の中に溶かしてしまいます。ですので、僕がオスカー侯爵に肩入れすることは絶対にありません」


 話が長くなって申し訳ありません——と、ユウは謝ると、最後に一言言い添えた。


「ですがあえて言うのならば、私は被害者という存在自体に、肩入れをしているのかもしれませんね」


 長々と語ったユウは満足そうに鼻から息を噴き出した。

 呆気に取られた様子のルシールははたと意識を取り戻すと、そっと目を伏せた。


「ユウさん。貴方の志は十分に理解しました。ですが、私はどうしてもまだ貴方たちを信頼することができません」

「いえ、それで構いません」

「え?」


 ユウの予想外の言葉に、ルシールは咄嗟に訊き返す。

 彼は穏やかな笑みを浮かべながら、


「貴女が我々に真実を語り、そして貴女は我々の行動を監視する。そうして事件の真相が見出された時、もし、そこに何らかの不正が行われた形跡が見られたのなら、いつでも仰っていただいて結構です。私は全力を持って貴女から、ご理解を引き出すことにしましょう」


 キッパリとそう言い切った。


 ルシールは半分諦めも混じっていたが、ひとまず納得しましたと、とりあえず頷いてみせた。


 それを確認したユウはようやく部屋へ来た目的、本題へと移った。


「ではお聞かせください。まず貴女が今朝、アンナ嬢の部屋を訪れた際の状況から」


 ルシールは膝の上に重ねた手に力を込めると、訥々と話し始めた。


「朝目を覚ました私は身支度を整えると、一番にアンナの部屋へと向かいました。彼女はいつも朝が弱くて……、使用人の方は苦労しているだろうと思い、私も手伝いに向かったんです。すると部屋の扉が開いていることに気がつき、中を除くと部屋の中央にルイス王子がいらっしゃいました」

「ルイス王子は具体的に、どのあたりにいらっしゃいましたか?」


 ユウの問いにルシールは右手を添えて答えた。


「ちょうど、このあたりに」


 彼女の手の先はローテーブルの横、扉の正面のあたりを指していた。

 この部屋の家具はアンナの部屋とほぼ同じ配置なので、解答はそれだけで十分だった。


「そうですか。すみません続けてください」


 彼女は「はい」と答えると、さらに先を語った。


「それで、その……ルイス王子の奥にあの子が……、アンナを見つけてしまって、私その……あまりに衝撃的だったので、力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしました。するとちょうど、スビンがやってきました。彼もアンナの遺体を見てショックを受けた様子で、すごく青ざめた顔をしていました」

「スビン王子はどうして、そこへいらっしゃったのでしょうか?」


 シグルドが質問した。

 ルシールは視線をシグルドへ移すと、


「慌てて廊下を駆けていく使用人が気になって来たんだと、言っていました」


 と答えた。


「その後は?」


 と、ユウがさらに先を促す。


「その後は、少し間を開けてオスカー侯爵が来られました。アンナを見るとすごく驚いた顔をしていたのを覚えています。——それ以降は使用人が数人集まりだし、私、スビン、オスカー侯爵はそれぞれ自室に戻りました」

「つまり貴女を含めた三人は、部屋の中へは一歩も入ってはいないわけですね?」


 ユウの念押しに、ルシールは慎重に頷いた。

 来た時とは違い、明らかに冷静さを取り戻したルシール。そんな彼女の様子を見つつ、ユウは訊ねた。


「貴女はパーティ以前に、あの部屋へ出入りしたことはありますか?」

「もちろんありますけど、それが何か?」


 首を傾げるルシールに、ユウはさらに続けた。

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