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第十八話

 アデラの部屋を後にしたユウたち三人は続いて、アモルト王国第二王子であるところの、ルイスの元へとやってきていた。


 城の三階西側に位置する、この城で三番目に豪華な一室である。


 今この城にはアモルト王国国王、それから第一王子であるマイルがいないため、現段階の最高権力者は彼と言うことになる。


 真っ白な天井にぶら下がった巨大なシャンデリア。床一面には花や植物の模様があしらわれた真紅の絨毯が敷かれており、その高級さはこれまでの内装とは明らかに一線を画していた。

 天井と同じ真っ白な壁面には金の装飾がなされており、照明の灯りがそれらを反射して、眩しさすら感じられた。


 入って右の壁際には白いマントルピースが設置されており、その上には鮮やかな色をした花瓶と、歪な形をした置き時計が飾られていた。

 そしてよくよく見ると、その左端にはオスカーやアンナの部屋にもあった、例の金属製の管が上から降りていた。

 どうやらそれはこの城全部屋に取り付けられている模様である。


 ユウたちは室内から現れた使用人に促されるまま、部屋のやや左寄りに置かれているソファに腰を下ろした。

 周囲に目を向けると、部屋にあるソファはどうやらそれ一つだけだったが、三人が並んで座っても余裕が生まれるほどに、それは大きいものだった。


 ルイスは部屋の奥にある、ゆったりとしたリクライニングチェアに体を預けている。

 レモンイエローの髪色を耳が隠れるほど伸ばした美男子。年齢は十九歳。年相応の健康的な体つきの上に青色の貴族服を見に纏いながら、彼は威厳たっぷりに座していた。


 ルイスは先ほどの使用人に退室を命じてから口を開いた。


「それで、シグルド卿は一体どういった理由からまたここへ来られたんです? 私たちの拘束も、未だ解かれていない。あの事件はソフィアが犯人ということで片がついたはずなんですが」

「ええ、私も——」


 と話し出したシグルドに、ユウはすかさず肘で彼を小突いた。

 その意味に気がついたシグルドはすぐさま首を振り意見を変えた。


「——ああいえ。まだソフィア嬢が犯人だと確定したわけではありません」


 今一瞬、シグルドの本音が見え隠れしたのだが、幸いもそれをルイスに見咎められることはなかった。


 もしも先ほどのように犯人を決定づけて話を進めてしまうと、これからの調査がやりづらくなるので、ここではそう言うことにしておくのが吉なのである。


 シグルドは何食わぬ顔で続けた。


「ただ、そのためにはもう少し事件の状況を詳しく知る必要がありまして、こうしてまた皆様の元へ伺っている次第です。そして……」


 あくまで丁寧さを欠くことなく一から説明していくシグルド。ルイスは椅子に肩肘をつき三人とは別の方角を見つめながら、彼の話に耳を傾けている。

 (はた)から見ればとても耳を傾けているようには見えないが、彼は合間合間で相槌を打っていた。


「……ですので、ルイス王子にも是非ご協力お願いしたく思います」


 説明し終えたシグルド。そんな彼に「そうですか」とだけ返したルイスはガバッと体勢を起こすと、


「——で、そちらのお二人はどこの誰なんです?」


 と、シグルドの隣に座るユウとライラを順番に見やった。


「確か探偵をされているとか。——ふむ、変わった組み合わせですね」


 ルイスはライラの顔に目を止めるとそう呟いた。

 そこへユウが率先して自己紹介を行った。


「初めましてルイス王子。私はユウ・ハドリーと申します。帝都の方で私立探偵をしております」


 次にユウは横にいるライラを指す。


「彼女はライラ・ランバート。私の友人です」

「お二人にはたびたび、我が第二騎士団の操作協力をお願いしているんです」

「へえ、そうですか」


 ルイスは興味なさげにそう言うと、


「それじゃあまあ、どうぞ勝手にやってください」


 と、再びリクライニングチェアに体を倒した。


「では、今朝の状況から」


 シグルドは彼の態度に対して若干不服そうな顔をしながら、事件について話し始めた。


「今朝の八時ごろ、たまたま廊下を歩いていた貴方は扉の前で硬直している使用人を発見した。不審に思いすぐさま駆け寄ると、そこで初めてアンナ嬢の遺体を発見された。貴方はすぐに使用人へ我々第二騎士団を呼ぶように命じ、貴方自身はそのまま部屋に留まり見送った。——これらに間違いはございませんか?」

「まあ、大体あってます」


 椅子の肘掛けに頬杖をついてそう答えたルイス。そんな彼にユウが訊ねる。


「部屋の中を見られたのはルイス王子、それからアデラという使用人、お二人だけなのでしょうか?」


 相変わらず頬杖をついたままだが、目線だけはユウへ向けルイスは素直に答えた。


「いいえ。私の後にも部屋にこられた方はいましたよ」

「それが誰か、覚えていらっしゃいますか?」


 ルイスは眉を顰めると、こめかみあたりをこずきながら記憶を絞り出した。


「あの場には、まずルシールがやってきましたね。それからスビン。最後にオスカー侯爵が慌てた様子で駆け込んできました。——それぐらいですね」


 ユウは頷くと、


「ではルイス王子が遺体を発見された際、イアリングの存在には気がつかれましたか?」


 先ほどアデラの時と同じ質問を口にした。するとルイスは怪しげに口端を吊り上げると、


「ああ、ソフィアのイヤリングをアンナが持っていたって話ですね。そのことなら聞きましたよ。ですが残念ながら、私はまったく気がつきませんでしたね」

「そうですか」


 頷くユウを尻目に、シグルドが昨夜のことを訊ねた。


「昨夜一時ごろ、アンナ嬢の部屋から出ていく貴方を見たとの証言がありますが、どう言った理由から部屋へいらしたのでしょうか?」

「私とアンナが部屋で何をしていようが、貴方たちには一切関係ないと思いますがね」


 突然難色を示したルイスに、シグルドは思わず言葉を詰まらせてしまった。メガネの位置づれを直している彼の姿がユウの隣にはいた。


 見かねたユウが助け舟を出す。


「ではその時、部屋を飛び出した理由だけでもお聞かせ願えませんか?」


 ルイスはため息をこぼすと、少し気だるそうに答えた。


「別に何かあったわけじゃありませんよ。私もそれなりに忙しい身なので、部屋へ戻って仕事をしようとしたんです。それを彼女はしつこく引き止めるんで、それを振り払って部屋を出ただけです。多分それが、慌てて出ていったように見えただけだと思いますよ」


 うんうんと二、三度首を縦に振るユウはさらに次の質問を投げる。


「アンナ嬢殺害に使用された短剣はルイス王子のものだったそうですね。三日前に部屋から盗まれたとのことでしたが、それに気がつかれたのは貴方ご自身だったのでしょうか?」

「そうですよ。二日前の晩になくなっていることに気がつきました」

「短剣は日ごろ、どこに置かれているんです?」

「一階の東館にある、私のコレクションルームです。私は昔から一風変わった剣を収集する趣味がありまして、あれもその一つでした」

「部屋に鍵はかけていらっしゃらなかったんですか?」

「いつもはかけているんですが、あの週はたまたま私のコレクションを見たいという方々が何人かいましてね、部屋を開放していたんですよ」


 賊がこの城に侵入できるとは思えませんからね——ルイスは首を横に振り、そう残念そうに語った。


「もしかすると犯人は、その時を狙っていたのかもしれないな」


 少し気落ちした風に語るルイス。

 だがそれはどことなくわざとらしく、ライラには彼が心の底からそう言っているようには、どうしても思えなかった。


「最後に一ついいですか?」

「何です?」


 ユウは瞑目し、一度大きく深呼吸をすると決意の眼差しで口を開いた。


「どうしてソフィア嬢との婚約を破棄してまで、アンナ嬢を選ばれたんですか?」

「は?」

「——ちょっとユウさん」


 あまりにも唐突な、予想だにしていなかった質問にルイスは面食らい硬直してしまった。

 隣にいる二人も驚き隠せず、シグルドに至ってはユウを嗜めようとさえしていた。

 だがしかし、ユウはお構いなしに続ける。


「ここへくる前から気になっていたんです。どうしてルイス王子はソフィア嬢ではなく、アンナ嬢をお選びになったのかと。聞くところによれば、ルイス王子はアンナ嬢とあまり面識はなかったとのことですが、そこのところどうなのでしょう」


 隣でアワアワしている二人をよそに、ユウは満足そうに鼻から息を噴き出した。

 彼の視線の先、椅子に体を預けているルイスは顔を俯かせ、表情が見えない。


 そして——、


「くくっ——くっくっ」


 両肩を痙攣しているかのように小刻みに震わすと、


「くっ、はっはっはっははは——」


 最後には盛大に爆笑を始めた。


 これは面白いと、ルイスは腹を抱えて笑っている。一体何が彼の笑いのツボを刺激しているのか、ライラとシグルドにはまったく理解できなかった。


 ユウの方はと言うと、至って真面目そうな顔でルイスに目を向けたままである。


 ひとしきり笑い転げ、涙に滲んだ目を擦るルイスはようやく言葉を発した。


「いやあ、笑った笑った。まさかそんなことを本人の前で堂々と訊ねてくる者がいるとは思いませんでしたよ」


 彼の屈託のない反応に、とりあえず胸を撫で下ろすライラとシグルド。しかしいまだにユウは真剣そうな眼差しで、彼の答えを待っていた。


 そんな三人にルイスは先ほどまでの豪快な笑みなど夢幻だったかのように無感情に切り捨てた。


「ふん、アンナ女。嫁に取る方がどうかしている。——皆さんも彼女の噂はご存知でしょう。それを一番近くで見てきたのは、この私なんですよ?」


 違いますか? ——ルイスはそう、ユウに目で訴えかけてきた。

 口の端を吊り上げ、どこか嘲笑うかのような表情。しかしその中には、わずかにではあるが、どこか悲しみにも似た感情が見え隠れしているように、ユウには感じられた。


 口を開きかけたユウに、ルイスはピシャリと手を打った。


「話はここまでです。先ほども言いましたが、仕事が山積みなんです。そろそろお引き取り願えますか?」


 そう言って勢いよく立ち上がったルイスは、その勢いを殺すことなくユウの方へ歩みを進めた。

 すると、彼のズボンのポケットから、小さな金属音を鳴らして何かが床へと落ちた。

 高級絨毯の上に鎖がとぐろを巻いた。


 ユウもそこへ自然と目が吸い寄せられた。


 ルイスは慌ててそれを拾い上げると、すぐさまポケットへしまい、念入りに奥へと押し込んだ。

 そして彼は何事もなかったかのように口を開いた。


「まあ、ソフィアが犯人であることはほぼ間違いないでしょう。彼女ならアンナを殺してもまったく不自然じゃあない」


 ルイスは右手で出口を差し、退室を促した。


 ユウたち三人は彼に言われるがまま、促されるまま仕方なく部屋を後にした。



「次はどこへ行きましょうか?」


 部屋の扉が閉められ、半ば追い出される形で廊下へ戻ってきたシグルドがユウへ訊ねた。

 ユウはしばし悩むと、


「ルシールという方はまだこの城にいらっしゃいますか?」

「ええ、いらっしゃいますよ。彼女もオスカー侯爵同様、六日から八日の間にアモルト城へ来城された一人です。——彼女の元へ向かいますか?」


 ユウは頷くと、続いて理由も語った。


「ルイス王子の話では彼女は三番目に現場を訪れた人。ならば、そこら辺の話も是非伺っておきたいですね」


 ユウの意見にシグルドも同意する。


「そうですね、わかりました。ではルシール嬢の部屋へと向かうことにしましょう」


 シグルドはそう言うと、早速目的地へと足を進めた。

 ユウとライラもその後に続く。


「ルイスさん。意外と可愛らしいペンダントをお持ちでしたね」


 前方に目を向けたままライラが口を開いた。


 ルイスのポケットからこぼれ落ちた銀色の何か。円状に繋がった鎖の先には、十字に並べられた小さな宝石が光っていた。

 彼女も先ほどの光景はばっちり捉えていたのである。


 ユウは改めてその形状を思い出しながら、そして小さく呟いた。


「僕はあれとまったく同じペンダントを見たことがあるよ」

「そうなんですか?」


 首を横へ捻り不思議がるライラ。

 しかしユウはそれには答えず、目的地へと到着するその時まで、ついぞ口を開くことはなかった。

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