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第十七話

「念の為もう一度確認させていただきますよ、アデラさん」


 シグルドは目の前に座る女性に向けてゆっくりとそう言った。


 使用人の部屋へとやってきたユウたち三人は、挨拶もそこそこに早速本題へと入った。


 この部屋はアンナのおよそ半分ほど、彼女たち使用人が休憩がてら使用している小部屋である。


 木造剥き出しの長方形の部屋。縦に伸びた四角の奥には窓が一つあるだけで、締め切られたカーテンの隙間からはほんのりと光が滲んでいる。

 天井には小ぶりな照明が吊り下げられており、それがぼんやりと室内を照らしてくれていた。


 周辺には必要最低限の家具しかなく、小さな丸テーブルが一つと、椅子が十脚、隅には大きな棚が二台あるだけ。その丸テーブルを挟んで向かい合う形で、アデラとシグルドが今座っている。

 ユウとライラは少し離れた位置から二人の様子を眺めている形だ。


「午前七時ごろ、貴方は一度アンナ嬢の部屋を訪れた。だがノックをしても返事はなく、その時はそのまま引き返した。そしてまた一時間後に貴方は再度部屋を訪れた。しかし同じく返事はなく、不審に思った貴方は部屋の扉を開け、亡くなっている彼女を発見した。それで間違いありませんね?」

「——はい」


 シグルドと対面する女性は、彼の言葉にそっと頷いた。とても薄い、消え入りそうな声である。


 長い前髪で目を隠すように俯いている彼女の名前はアデラ。アモルト城に仕えている使用人の一人であり、今回の事件——アンナ嬢殺害の第一発見者でもあった。


 明るめの赤髪を後ろで三つ編みにし、肩から前方へ垂れ下げている彼女。体を硬直させ、小さな肩をふるふると震わせている姿は、今にもヒステリーを起こしてしまいそうなほどに危うかった。


 彼女に向かい合っているシグルドが、ユウの方へ顔を向けアイコンタクトを取った。

 ——どうやら何か質問はありますか? ということらしい。


 ユウはその場に座したまま、彼女へ訊ねた。


「今までにも七時ごろに、彼女を起こしに行ったことはあるんですか?」


 アデラは皆に赤い後頭部を見せたまま、弱々いい声で答えていく。


「はい、一度だけ。一週間前にも、同じ時間に……」

「その時、アンナ嬢は起きていらっしゃった?」

「はい」

「今朝、部屋に入る際、鍵はかかっていましたか?」

「いいえ。開いておりました」

「一回目、七時ごろに起こしに行かれた際もですか?」

「それは分かりません」


 彼女は首を振った。


「その時はノックをしただけで、ノブには触れませんでしたので……」

「先週も、鍵はかけていらっしゃらなかったのでしょうか?」

「いいえ。しっかりと鍵をかけていらっしゃいました。ですので部屋へ入る際、鍵を開けようとしたのですが、開いていたので、そのまま中に……」

「なるほど」


 ユウは一つ息をつくと、再度シグルドに目を向けた。

 彼は頷くと、会話を受け継いだ。


「貴方が遺体を発見された後、部屋へルイス王子がやってこられたんでしたね」

「はい」

「ルイスさんがですか?」


 ライラが食いついた。アデラは頷く。


「はい。私が部屋の中で立ち尽くしているところへ——。ルイス様はアンナお嬢様の……お姿をご確認された後、私へすぐに保安騎士団へ連絡するよう命じられました」

「そして貴方はすぐにその場を離れ、連絡室へ向かった?」

「はい」


 シグルドの言葉に頷いたアデラは薄い唇を固く結んだ。


 連絡室とはアモルト城一階にある、外部との連絡を行う場所のことである。主に手紙やペレストレーを送る場所とされている。


「連絡を受けた我々が八時半過ぎにここへ到着した時、貴方は部屋へは戻らず、他の客人のお世話をされていたんでしたね」


 シグルドがとそう言うとアデラは頷いた。


「起床される方々が増え、朝食のご用意もありましたので……」

「連絡へ向かった際、ルイス王子はあの部屋に残られたんですか?」


 ユウが訊ねた。アデラはやや首を傾げながらも答えた。


「おそらく……少なくとも、私が離れるまでは確実にいらっしゃいました」


 彼女の答えを頭の中で反芻しながら、ユウは腕組みをして天井を見上げた。

 そして再度アデラを見た時、こちらを向くシグルドの視線に気がついた。


 その視線には、他に何かお訊きしたいことはありませんか? という意志が込められていた。


 ユウはせっかちだなあと内心思いながら、素早く身を起こすと、再びアデラへ向いた。


「では、昨夜のお話をお聞かせ願えますか。昨夜貴方はアンナ嬢からティーセットを持ってくるよう頼まれたそうですね。具体的には何時ごろのことだったのでしょうか。そのあたりからお聞かせください」


 アデラはこくりと頷くと、ゆっくりとその重たい口を動かし始めた。


「昨夜の十二時ごろのことでございます。アンナお嬢様から部屋に来客があるのでお茶を、それからカップは二つお願い、とのご命令を承りました。私は急いで準備を整え、一時前にお部屋へと向かいました」

「来客というのは誰のことだったんでしょうか?」

「おそらくですが、ルイス様のことだと思います。私が部屋へ向かいますと、ちょうどアンナお嬢様のお部屋から出てこられたルイス様とすれ違いましたので」

「その時のルイス王子はどういったご様子でしたか? 怒っていたとか、動揺していたとか——」


 アデラは首を傾げ、しばし考え込むと、


「怒ってはおりませんでしたが、すごく、何かを急いでいるご様子に感じました。引き止めるお嬢様にルイス様は目もくれず、早足で廊下を駆け抜けていかれました」

「アンナ嬢の方はどうでしたか?」

「怒るというほどではありませんでしたが、落ち込んでいらっしゃるご様子でした」


 ユウは「そうですか」とだけ反応すると、アデラに先を促した。


「それからお嬢様に持ってきた紅茶をどうするべきかを訊ねました。するとお嬢様はもらうわ、とだけ仰られ、トレイごと受け取られました。私は中までお運びしますと申したのですが、断られてしまいました」


 申し訳なさそうに語るアデラ。そんな彼女にユウの隣に座っているライラが訊ねた。


「トレイの回収は昨夜のうちになされなかったんですか?」

「二時ごろに、一度伺いました。ですが——」


 そう話し始めた彼女はそこで一旦言葉を切ると、鼻を啜った。

 そして再開した彼女の声は、また一段と震え出していた。


「その……ノックをしても返事がなく、もう寝てしまわれたのだろうと……。明日の朝回収すれば良いだろうと、思って……。すみません——私があの時、お嬢様の部屋を確認していれば……」


 彼女は懸命に言葉を繋ぎながら、溢れだす涙をポケットから取り出したハンカチで拭った。

 過ぎ去ってしまったことに後悔し、自分を責めるアデラ。そんな彼女をシグルドが優しく慰める。


「貴方が気に病むことではありません。これは犯人以外には予測できなかったことなのですから、ご自身を責めても仕方がありません。今貴方にできることは、我々に事の詳細をお話しすることだけです。それが亡くなった彼女のために、貴方ができる唯一のことなのです。いいですか?」


 アデラは彼の言葉に頷くと、ハンカチを目元に当てながら「すみません」と言って、一度大きく息を吸い込んだ。


 落ち着きを取り戻した様子の彼女に、ライラが再度訊ねた。


「その時鍵はどうでしたか? 施錠されていたんでしょうか」


 アデラは長い前髪の向こう側にある目線をわずかにライラへ向けると、首を左右に振った。


「わかりません。その時も施錠の確認はしませんでしたので」

「そうですか」


 申し訳なさそうに答えたアデラに、ライラも同様の反応をして引き下がった。

 それを横目で見守っていたユウは、シグルドに向かって静かに首を横に振った。


 それを合図に彼はアデラに向き直ると、声の調子を上げて口を開いた。


「では、とりあえずこのぐらいにして、我々はそろそろ失礼させていただきます。アデラさん、ご協力ありがとうございました」


 彼は丁寧にお礼を述べると、アデラも恐縮そうに頭をこくんと下げた。


「また何か思い出したことがあれば、いつでも仰ってください——では、失礼します」


 シグルドは立ち上がると、彼女に向かって軽く頭を下げた。そして振り向き扉の方へ歩みを進めた。

 その後ろをユウとライラも続いていく。——がその時、突然振り返ったユウがアデラに声をかけた。


「そうだ思い出した。最後まですみません。アデラさんはイヤリングには気がつかれましたか? アンナ嬢が亡くなられていた際、左手に持っていたものなのですが」


 アデラは一瞬キョトンとした顔になったが、すぐに首を振った。


「いえ。その……私動揺していたもので、あまりよく見ていないんです」


 アデラの返答に、ユウは特に残念がることなく笑顔を向けた。


「そうですか。——お忙しい中、ありがとうございました」


 そう言って満足げに部屋を出ていくユウ。

 アデラはその後ろ姿を、八の字型に曲げた眉を向けて見送った。

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