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第十五話

 現場を一通り確認し終えたユウは廊下へ退散すると、部屋正面の壁に背中を預けた。

 壁に凭れかかった状態のまま、開け放たれた扉越しに部屋の中を見つめる。


 すると、自分の後を追ってきたシグルドが声をかけてきた。


「現場はもう大丈夫ですか?」

「ええ。もう見るものべきものは見終えましたから」


 そう答えたユウは改めてシグルドに訊ねた。


「ところで、例のパーティの関係者の中で、目撃者や何か物音を聞いた人はいらっしゃらなかったんですか?」

「それが、誰もいらっしゃらなかったんですよ」


 シグルドは左右に伸びる廊下を見やりながら答える。


「事件があったのは一時から二時の間です。どうやらほとんどの方がその時間帯にはすでに就寝していたようで、一切名乗り出る方はいませんでした。もちろん、使用人の方にも伺いましたよ。結果は同じです」

「そうですか」


 息を吐きながら目を閉じたユウ。少し頭の中を整理しようと考えたのだ。が、そんな彼にシグルドは詰め寄ってきた。


「そんなことよりも、ユウさんはこれからどうなさるおつもりです? 我々もそろそろお暇を考えているのですが」


 その言葉にユウは驚いたように声を上げた。


「えっ、一緒に事件の調査をしてくれるんじゃないんですか?」


 ユウの反応に、驚くのはこちら側だと言わんばかりにシグルドは負けじと声を張り上げた。


「何を言っているんですか。我々は一応、ソフィア嬢が一番の容疑者と考え拘束したんですよ。定石通りならば、これから至急街へ戻り、彼女の尋問を行わなければならないんです。ユウさんはユウさんで、自分の仕事を全うしてください」


 ピシャリと言い切った彼にユウは唇を窄め、あからさまに不満をあらわにした。


「後もう少し協力してくれてもいいじゃありませんか」

「そういうわけにはいきません。そろそろ十二時が来ます。さすがにこれ以上関係者を拘束していると私の立場が危うくなりかねないんです」


 それでも納得のいかないユウは「そうだ、思い出した」と、わざとらしく声を出した。

 シグルドは嫌な気配を感じ取ったのか、顔を大きく顰めている。


「そういえばシグルドさん。例の館で起こった事件、僕が解決した時行っていましたよね。一つ“借り”だと。あれ、今返してくださいよ」

「ええー」


 シグルドは声を大にして嫌そうな表情を作った。


「今ですか? うーん……」


 腕を組み、しばし唸りながら頭を悩ませるシグルド。だったが、彼は最終的に、


「わかりました。いいでしょう、ご協力します」


 と結論を出した。

 ユウは満面の笑みを彼に向けると、壁からさっと体を起こした。


「ありがとうございます。それでこそみんなが頼れるシグルドさんだ」

「何のお話ですか?」


 ようやく部屋から出てきたライラが話に割り込んできた。

 しかしシグルドはそちらには目もくれず「ですが」と釘を刺した。


「協力するのは私と、ごく限られた人数だけにしてください。他は帝都へ帰らせ、ソフィア嬢の尋問を行なってもらいます。それから昨夜のパーティの関係者は拘束を解かせていただきます。それが条件です」


 今度はユウの方が唸る番だった。


 借りを返してくれとは言ったものの、自分自身無茶を言っていることは承知していた。彼の立場を考えるなら、当然の判断だろう。


 ユウはしばらく眉間にシワを寄せると、


「いいでしょう。ただ、これはお願いなのですが、その前に一度関係者の方にお話を聞いておきたいですが、いいですか?」

「関係者って、何十人といますが、それら全てからお聞きするつもりですか?」


 驚くシグルドにユウは首を振った。


「ああいえ、聞きに行くのは——そうですね。六日から八日の間に、一度でもこの城を訪れた方限定にしましょう」


 ユウのその不可解な絞りにシグルドは首を傾げた。


「どういうことです?」

「ああ、例の短剣の盗難ですね」


 ようやく話が飲み込めてきたライラが明るい口調で言った。

 ずっと置いてけぼりだった彼女にしては、思いのほか早い理解である。


 ユウは彼女の言葉に頷くと、


「アンナ嬢はルイス王子の短剣で殺害されました。そしてその短剣は五日前には間違いなく部屋にあったが、二日前にはなくなっていた。つまり、その間この城へやってきた人物が、彼の部屋から持ち去ったということになります。そう考えると、この事件の関係者はグッと縮まるはずです」


 神妙な顔つきで語るユウはさらに顔を顰める。


「それに妙なんですよね。犯人はどうしてわざわざルイス王子の短剣で殺害したのでしょうか」

「それなら私も気になっていました」


 シグルドがユウの意見に激しく同意した。


「犯人は前もって短剣を盗み出していたことから、これは間違いなく計画的な犯行です。ですが被害者を見るに、別に普通の凶器でも良かったように思うんです」

「あの短剣は何か特別なものなんですか?」


 ライラがシグルドに訊ねた。


「いえ。そういったことは言っていませんでした。形は少し特徴的ですが、魔剣でもなければ聖剣でもない。魔力が宿っているということもないそうです」


 ユウは顎に手をやり、一層その表情を険しくした。


「僕にはどうも、そのあたりにこの事件を解く鍵があるように感じます」



 それからユウたち三人はアンナ嬢の遺体がある部屋を後にすると、アモルト城一階のホール横にある応接間へと一時撤退した。

 そしてシグルドは早速部下たちに連絡し、六日から八日の間にアモルト城へやって来た人物を割り出すよう調べさせた。


 その間ユウたちはシグルドと共に朝食を取ることにした。

 騎士団の一人が街へ行って買って来てくれていた簡易的な食べ物、サンドイッチである。

 どうやらここへユウたちがやって来たことを知った部下の一人が、余分に買っておいてくれていたようだった。

 二人はそんな彼の行為に感謝しつつ、サンドイッチを食した。



 約一時間後、部下の一人が報告にやってきた。


 結果だけを伝えるならば、該当する人物はこの城の関係者を除くと、三名であることがわかった。その中には容疑者であるソフィア嬢も含まれていた。


 するとシグルドはそれとは別にもう一つの報告も受けた。

 内容はソフィア嬢の利き手の話である。


 それを部下から聞いたシグルドは顔の険しさを一層濃くすることとなった。

 

 一通りの報告を受け取った彼はそれをユウたちにも伝えた。


 二人の反応はそれぞれ違うものであった。

 ユウは真剣な眼差しを空中へと投げると、ポケットに手を突っ込んだまま呆然としていた。ライラの方はあからさまに肩を落としている。

 

 ソフィア嬢の利き手は“左”だったのである。


 そして、残念なお知らせはそれだけに止まらなかった。

 騎士団員は念のためということで、一部を除いた全ての関係者の利き手を調査したのだ。


 結果、彼女を除いた全ての関係者の利き手が、“右”だったことが判明したのである。

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