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第十四話

「ソフィア嬢は左利きでしたか?」


 ユウの発言に、ライラもシグルドもしばし呆然として彼の顔を見つめていた。

 あまりにも唐突だったために、シグルドは十分な答えを用意できずにいたのだ。


 そんな中、ライラが躊躇い気味に口を開いた。


「どうして、そう思われたんですか?」


 ユウは一度ライラの方へ視線を移すと、右手に持ったパイプでテーブルを差した。


「カップとスプーンだよ」


 ライラも彼の見ている先を同じように見た。


 ローテーブルに置かれたカップとスプーン。カップは両方ともソーサの上に乗っており、使用された形跡を残すスプーンも、それぞれカップの位置から中央寄りに置かれている。

 他にあるものと言えば、ティーポットと砂糖壺、ミルク瓶だけ——。


 ライラは左手に立つユウに顔を向けた。が、彼の表情はその向こうに広がる窓からの光のせいで、暗くよく見えなかった。


 再びライラはテーブルへと目を落とす。

 ——がしかし、ユウの考えつく結論にはどうしても辿り着けなかった。


 そんな彼女に、見かねたユウが助け舟を出した。


「持ち手はどっちを向いてる?」

「持ち手……カップもスプーンも奥に向いています」

「と言うことはつまり、この二つはどっちの手で持ったことになる?」


 ライラは必死に頭の中で想像力を膨らませ、カップを持ち、飲む仕草をしてみせた。


「ああそうか。右側の人は右手で、左側の人は左手で持つことになります。だからソフィア嬢は左利きだと——」


 納得するライラに、シグルドは意義ありと間に割って入ってきた。


「ちょっと待ってください。もしかしたら、アンナ嬢の方が左利きだったかもしれないじゃないですか。もしそうならソフィア嬢が必然、右利きだと言うことになります」

「確かに……」


 納得しかけたライラだったが、彼女はシグルドの指摘でまた飲み込みかけていた結論を、すんでのところで思いとどまった。


 しかしユウはそれをあらかじめ予想していたかのように、平然とした態度で首を横に振った。


「残念ながらそうではありません。それについてはこのソファの位置から断定できます」


 ユウはローテーブルを挟む左右のソファを交互に見やった。


「右のソファはあの正方形の窓際に、左側はこの部屋の扉側に置いてあります。通常部屋に人を招いた際、部屋の主は奥側に、招かれた側は扉側に座るのがマナーとなっています。つまりこの部屋がアンナ嬢の部屋である以上、右側のソファに座っていたのは彼女と言うことになり、アンナ嬢は右利きとわかります」

「なるほど」


 口を半開きにしたままゆっくりと頷いたライラは、先ほどオスカーの部屋を訪れた際のことを思い出した。

 シグルドはともかく、あの時もオスカーは奥へ、自分たちは手前側に座っていたのだ。


 しかし、それでも今ひとつ納得のいっていない様子のシグルドは、さらに腕組みをし唸った。


「ですがユウさん。私も右利きの人間ですが、左で飲む場合もありますよ? 一概には言い切れないのではないでしょうか」


 シグルドはそう言いながら、仕切りに虚空のカップを左右交互に持ち上げてみせた。

 そんな彼にユウは目を半開きにさせ、挑発的な笑みを返す。


「そうですか? ちなみにそれは具体的にどんな時なのでしょうか?」

「ええと、例えば——仕事をしながらや、読書をしている時などでしょうか」


 頭の中でその時の状況を思い起こしながらシグルドは列挙していく。

 まだ他にもないかと、記憶を探り出していた彼に対して、ユウに変わり、ライラがスッキリとした笑顔を向けた。

 彼女の中ではもう、これらは全て解決しているのである。


「それはきっと、何かを右手に持っているからではないでしょうか。右手が塞がっている時は左手でカップを持つことがあると思います」


 饒舌に解説していく彼女の頭の中には今朝方、ユウと話した内容もよぎっていた。


「それに、ここにあるローテーブル。今朝ユウさんに教えてもらったばかりなんですが、こんな風にカップが用意されている場合、テーブルが自分よりも遠ければソーサーは持つのが基本なんだそうですよ。つまり紅茶を飲む際、二人共ソーサーは一緒に持って飲んだはずなんです」

「ああなるほど、ソーサーも一緒に持つのなら、カップは利き手で持つのが普通ですね。ソーサーの方を利き手で持つ人はそういないはずだ」


 シグルドは目を見開き、感嘆の声を漏らした。

 話し終えたライラは大きな息を吐き出す。少し興奮した心を落ち着けるためだろう。


 二人を繁々と眺めていたユウはさらに付け加えた。


「さらに言えば、カップの持ち手だけでなく、スプーンも同じ方向を向いています。カップの場合——彼女に限ってそんなことはないとは思いますが、万が一シグルドさんのように、そのマナーを知らなかった可能性は捨てきれません。しかし、スプーンは違う。カップの取っ手を持ち上げるという簡単な作業ならば、利き手でなくても行えることですが、スプーンでかき混ぜるという行為は、よっぽどのことがない限りは逆の手で行いません」


 円を描くにしろ、線を描くにしろ——。と、ユウはパイプを握る手に力を込める。


「このスプーンには明らかに使用された形跡が残っています。スプーンは使い終われば、カップの奥に置くのが良いと言われています。これらも同じように置かれていますが、わざわざその際に持ち手を左右入れ替えて置く人間はまずいないでしょう。

 ですのでこれらのことから、僕はソフィア嬢が左利きかどうかを訊ねたんです。もし彼女が右利きだったならば、このカップを使用した人間が彼女ではないことになる」

「偽装工作をした可能性はありませんか? 右利きの人間が左利きのように置き換えたとか」


 と、シグルドが訊ねた。

 どうしても彼女を犯人にしてしまいたいのかと思ってしまうほどに、彼は慎重であった。


「ないとは言い切れません。ですが、仮にソフィア嬢が右利きだったとして、たとえこの場に右利きのカップが残されていたとしても、それだけでその人物が疑われることはまずありえません。右利きなんてごまんといますからね。偽装工作をするメリットが少ないように思います」


 むしろ、その行為によって足がつく可能性の方が大いにありそうです——と、最後に言い添え、ユウは持っていたパイプをポケットに押し込んだ。


「やはりあなたは只者ではありませんね——あっ、ちょっと君」


 シグルドは近くで作業していた部下を捕まえると、ソフィア嬢が左利きかどうかを確認するように言った。


「まだソフィア嬢が右利きだと判明したわけではありませんが、もしそうだった場合、オスカー侯爵の話を立証する足がかりにはなりそうですね」


 ポケットに手を入れたままテーブルを見下ろしているユウの後ろ姿に、シグルドはそう言った。


 しかしユウは彼の方へ振り向こうとはせず、そして誰に聞いてもらうでもなく、ボソリと呟いた。


「これだけ、ではありませんがね……」

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