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第十二話

 オスカーの部屋を後にしたユウたちは、まず初めに事件現場へ向かうことにした。


 再びシグルドを先頭に、オスカーの部屋がある西館から中央ホールへと舞い戻ると、螺旋階段を通り、三階へと上がった。

 そして今度はそこから左側——西館ではなく、右へと曲がった。


「アンナ嬢の部屋は三階の東館にあるんですよ」


 そう言いながら歩くシグルドは一瞬足を止めると、


「ちなみにここがソフィア嬢のお部屋です」


 シグルドは東館の廊下、そのおよそ中間あたりにある扉を指差して言った。


「ふむ。アンナ嬢の部屋とは随分と近いんですか?」

「ええ、そうですね。彼女の部屋はもう少し先です」


 ユウの問いにシグルドはそう答えると、再度歩き出した。


 先ほどの場所から四つ部屋を隔てた先。そこがアンナ嬢の部屋——今回殺人が行われた事件現場だった。


「ここです、事件現場は。——ああ、ちょっと待ってください。遺体はもう少し置いておいてもらえますか」


 開けっぱなしの扉。シグルドは先んじて一歩室内に入ると、ちょうどアンナ嬢の遺体を運び出そうとしていた騎士団員を制止させた。


 ユウは廊下から室内をぐるりと見回すと、シグルドに確認を取った。


「もう入っても大丈夫なんですか?」

「ええ、調べるべきものはあらかた調べましたので。一応、この部屋中を隈なく調べましたが、魔力の痕跡は一切確認されませんでした。被害者からも、凶器からも」


 ユウは頷きながら、臆することなく室内に足を踏み入れた。


 中は先ほどのオスカーの部屋と比べると、また違った雰囲気を纏っていた。

 床と天井は同じ木製だが、壁紙には赤いバラに緑のツルがびっしりと描き込まれた壁紙が貼られている。

 その一角、扉がある壁面にはオスカーの部屋で見た、例の金属製の管が天井から吊るさられていた。管の先には蓋が被せられており、その先端は円錐型に広がった形状をしていた。


 部屋の中央にはローテーブルにソファが二つ、柄は壁紙の模様と同じものが使用され、入ってきたユウたちに対して片方は背を向ける形で置かれていた。

 左サイドには天蓋つきのベッドがあり、その真横にはナイトテーブルも添えられている。

 窓は扉正面にある一つだけで、およそ百センチ四方の大きさ。窓扉(そうひ)は今、外へ大きく開け放たれており、外から吹く風にカーテンが揺らいでいた。


 そのすぐ隣には壁に沿うように置かれたデスクがあり、さらに横には巨大なクローゼットが据えられていた。


 一通り室内を見回したユウはまず被害者の元へ歩み寄った。


 ローテーブルを横切り、唯一の窓——正方形に切り抜かれた窓の真下で、壁に背中を預けるように亡くなったアンナ。

 生気の抜け落ちた冷たい肌を晒す彼女の前まで来ると、ユウは膝を曲げた。


 青く薄れた唇に、濁りすら見せる薄い金髪。オレンジ色のドレスは血に濡れており、元を辿るとそれは胸に空いた傷口から溢れていた。


「胸を一突き、ですか……」


 被害者に対して手を合わせ瞑目するユウ。

 果たしてこの行為が、異世界であるここでも通用するものなのかは甚だ疑問ではあったが、しかしユウはどうしてもやらずにはいられなかった。


 目を開けると、斜め後ろに立つシグルドが捕捉を入れた。


「致命傷は胸の傷でまず間違いありません。ですが、傷口はもう一つ、背中にもありました。向かって右寄りの腰のあたりです」

「すると犯人は一番に背中を刺し、それから胸を刺した、と」

「そう言うことになるでしょうね」


 ユウは立ち上がると、被害者やその周辺に気を配りながら、窓の外に身を乗り出した。


 上空は来た時と同じ晴天で、遠方には山脈が、眼下にはこの城名物であるところの裏庭園が広がっていた。

 左右対称になるよう整備された庭。緑溢れる庭にはさまざまな模様が施されたトピアリーが点々と連なっており、中央には一際大きな噴水も見えた。

 しかしこれほどまでに巨大な庭園があるにもかかわらず、今は誰一人として人影が見られない。


 ユウは満足し身を起こすと、あたりをキョロキョロ見回しながら、シグルドに訊ねた。


「凶器は見つかっているんですよね?」

「ええ。凶器ならすぐそこに捨てられていました。お見せしましょうか」


 ユウの「お願いします」を待たずして、シグルドは早々に布に包んだ凶器を持ってきた。


 真っ赤な血に染まった刃渡り十五センチはある銀色の短剣。黒いグリップに、何やら怪しげな紋様が掘られたポンメル。それから不自然なほど綺麗で、そして鮮やかな金色に装飾されたガードには赤く光る石が嵌め込まれていた。


 見るからに普通ではないその短剣を認めると、ユウは顔を上げた。


「この短剣は元々、このお城にあったものですか?」

「そうらしいです。この短剣はルイス王子が所有していたもので——」

「ルイスさんのものなんですか?」


 ライラが横合いから驚いた声を上げた。


「ルイスさんの短剣がどうして……」


 首を捻る彼女同様、不思議に思っていたユウもシグルドを見上げた。


「どうやら聞くところによると、この短剣はルイス王子のコレクションの一つだったそうです。彼は前々から少し変わった形状や珍しい短剣を集めては部屋に飾る趣味があったらしく、二日前にその中の一つが亡くなっていることに気がつかれたそうです」

「ではそれが、今回の事件に使用されたと言うことですか」


 ユウの言葉にシグルドは頷いた。


「そうです。これに関してはルイス王子にも、その周辺の方々にも確認を取って確かめました。五日前にはあったものが二日前にはなくなっており、凶器に使用された短剣でまず間違いないとも」


 ユウは顎に手をやりふんふんと頷くと、再びアンナに向き直った。

 そして目線を頭から下にゆっくりと下げていくと、ふとあるものが目に入った。


「もしかしてここに、例のイヤリングが?」


 ユウはアンナ嬢の左手、指の先まで真っ赤に染まった手を指差しながら訊ねた。


 だらりと床に下ろされた両手。右手はどの指も軽く曲げられた程度で硬直しているも、左の方は親指と人差し指、それに中指までもが、つい先ほどまで何かを摘んでいたかのように、不自然な形で固まっていた。


「そうです。ソフィア嬢のイヤリングはその左手にありました」


 シグルドはそう言うと、後ろへ振り返り部下の一人に声をかけた。


「例のイヤリングを持ってきてください」


 そう命じられた部下はすぐに持っていた箱を開けると、その中から折り畳まれた布を取り出し、シグルドに手渡した。

 シグルドは受け取ると、ユウの前で布を広げて見せた。


「これがそのイヤリングです」


 彼の持つ布切れの上には直径十ミリはあろうかというピンク色の球体が包まれていた。

 おそらく宝石であろうそれには紐状の金具が取り付けられており、その先には耳へ着けるピンが嵌められていた。


「ちょっと触ってもいいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 シグルドはあっさり許可を出した。


 ユウがいた世界では証拠品を素手で触るなど絶対にあり得ない行為であった。しかしここではそもそも、指紋を鑑定するという概念自体が存在しないのである。

 仮に指紋を採取できたとしても、それを判断するのは人の目であり、曖昧なものになってしまう。

 ゆえに指紋などは気にしても仕方がなく、見るべきものはそれ以外の付着物——魔法の残滓やごみ、毛髪などなど——。


 しかしそれもすでに調べ終わったからこそ、彼は許可を出したのである。布に包んでいるのは紛失を防ぐためと、破損防止のためなのだ。


 ユウは頭上で光る照明に、イヤリングをかざしてみた。

 宝石のピンクが光に反射し、なんとも鮮やかな色を生み出している。その汚れ一つない宝石をユウは片目を閉じて注視した。


 しばらくしてユウは満足すると、それをシグルドの持つ布の上に返した。


「ありがとうございました」


 シグルドは布を丁寧に折り畳むと、


「遺体はどうしますか? 出来ればそろそろ動かしたいのですが」

「ああ。ええ、構いませんよ。もう見たいものは全て見たと思うので」


 ユウの言葉を聞き留めたシグルドは数人の部下を呼び、遺体を引き上げるように命を下した。

 彼らは直ちに遺体周辺に集まると、早速作業に取り掛かった。


 邪魔になっては申し訳ないと、ユウとライラはその場から少し退く。

 しかしその時、床に目を向けたユウがあるものを認めた。

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