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第十一話

 見渡す限りの芝生を裂いて、一直線に伸びた道路を歩く。

 正面にはどっしりと構えたアモルト城が鎮座しており、よく見ると左右対称ではなく、細部が所々違っていることにユウは気がついた。


 その本城の一歩手前。

 視界いっぱいに横たわった城壁。その中央に開いた穴へ、ユウたちが歩くこの道は続いていた。


「アモルト国王はどうされているのです?」


 ユウはアモルト城に視線を向けたまま口を開いた。

 その質問に答えたのは当然、シグルドである。


「アモルト国王は二日前より、外交のため、他国へ外出されており不在です。第一王子であるマイル王子も、それに同行されているそうです」

「この事件には関わっていないわけですね。——ソフィア嬢以外の方々は?」

「今は各自、自分の部屋で待機してもらっています。ですが、そろそろ解放しなければ各部屋から苦情が出てきそうですね」


 そう困り顔で話すシグルドを、ユウは愉快そうに笑った。


「ははっ、相手は貴族の方ばかりですからね、さぞ扱いづらいことでしょう」

「そう言った方々を相手どるのは苦手ではないんですが、容疑者ともなると話が変わってきます。行動を制限しなければなりませんし、素直に従ってくだされば良いのですが、そうもいかないのが現状です」

「容疑者を絞る方法は何かなかったんですか?」


 ライラが訊ねた。


「そうですね……」


 シグルドは腕を組み、しばし考え込んだ。——がしかし、


「んんー、私には思いつきません。ユウさんならば、何か見つけられるんでしょうか」


 ユウは口元に笑みを讃えると、


「さあ、どうでしょうね」


 と肩をすくめた。


 歩くこと数分。三人は城壁中央に開いた門の前までやってきていた。


 昼間だというのに中は薄暗く、前方に見える出口がやけに遠くに感じられた。

 両サイドの壁には扉が一つずつ設置されており、その脇にはわずかに照らす蝋燭がかけられている。


 城壁をくぐり抜けると、入り口はもう目と鼻の先だった。


 先ほどの城壁がぐるりと周囲を囲んでおり、正面には天高く伸びたアモルト城が居座っている。

 その玄関を抜けてまず一番に目を引いたのが、ホール中央に設けられた螺旋階段である。


 玄関ホールは大きな十字の形をなしており、そのちょうど真ん中に螺旋は描かれていた。

 壁と同じ白い石で形成された階段は同じく白い柱に囲まれており、その柱の一本一本にまで細やかな彫り細工が施されていた。


「オスカー侯爵の部屋は二階の西館にあります」


 そうシグルドに連れられるまま、ユウたちはその大きな螺旋階段に足をかけた。

 二回転ほどぐるりと回り、上の階に到着する。


「西館はあちらです」


 シグルドは左側を指しながら再び歩き始める。

 二人はただ黙って彼の後を追った。


「こちらがオスカー侯爵のおられる部屋です」


 数分歩き、シグルドは廊下に面した一室に立ち止まった。

 扉の横には騎士団員が二名配置されており、出入り口を見張っている様子だった。


 シグルドは扉を叩くと、声を張った。


「保安騎士団副団長のシグルドです。ユウ・ハドリーとライラ・ランバートをお連れしました」


 ユウはこの時シグルドの話し方がどことなく執事に似ているなと感じ、思わずふふっと笑ってしまった。

 幸い誰にも見咎められはしなかったが、この人は保安騎士団よりも、実はこういった仕事の方が向いているんじゃなかろうかと、密かにそう思ったのである。


 人を導くよりも、人の補佐をする方が、彼の性には合っているのだろう。


「入れ」


 室内から許可が下りると、シグルドはノブに手をかけた。


「度々失礼致します」


 シグルドは一歩室内に足を踏み入れると、一度お辞儀をした。そしてユウたちを中へ招き入れた。——とその時、部屋の中央あたりに置かれていたソファに腰掛けていた男性がいきなり、


「貴様がユウ・ハドリーか——」


 と大声を上げ、ユウたちに詰め寄ってきた。

 激しい剣幕とその勢いにユウのみならず、隣にいたライラまでもが思わずたじろいだ。


「遅い。遅すぎるぞ。——貴様今まで一体何をしておった。貴様がのんびりしている間に、私の娘がこやつらなんぞに連れて行かれてしまったではないか」


 どうしてくれる——と男性は大口を開けて、眉間に濃いシワを作って叫んだ。

 突然の出来事に驚いているユウ。ライラは完全に萎縮してしまい、下を向き縮こまってしまっていた。


「お主の評判を信じて手紙を出したと言うのに、なんだその呑気さは。貴様は亀か何かか。そもそも……」


 その怒号はしばらく続いた。

 溜まっていた鬱憤を一気に捲し立てたオスカーは肩を上下に揺らす。

 シグルドは今がチャンスとばかりに、横合いから間に入った。


「ま、まあまあ落ち着いてくださいオスカー侯爵。彼は数分前にはもうここへ到着しておられました。ここへ来るまでの間は私から事件の詳細を聞いていたのですよ」


 あくまで紳士的に接するシグルド。

 ユウは内心、どの道ここへ来た時には娘さんは連行された後でしたけどね——と、そう思ったが、口にするとまた一波乱来そうなので、声に出すのはやめた。


 徐々に乱れた呼吸が整い出し、冷静さを取り戻し始めたオスカーは改めてユウとライラを見やると、一度目を閉じた。

 ——そして開けると、申し訳なさそうな顔をユウに向けた。


「すまない。取り乱してしまった。お二人がここへ来るまで、気が気でなかったのだ」


 すっかり落ち着きを取り戻したオスカーは自信が座っていたソファに三人を案内した。


 寄せ木のフローリングに白い木で組まれた天井。壁には青色の壁紙が使用されており、細やかな模様があしらわれている。

 その壁にはどこかの風景を切り取ったかのような絵が二、三枚飾られており、他には金属製の管のようなものが天井から沿って、中間あたりにまで降りていた。


 その部屋の中央にソファはある。

 藍色の布地に、艶のある木材を骨組みに造られた長椅子。楕円形のローテーブルを挟んで置かれたそれらに、彼らは向かい合うように席に着いた。

 この世界には部屋の主が奥、招かれた側が扉側に座るというマナーが存在するため、奥にオスカーとシグルド。扉側にユウとライラが並んだ。


「先ほどは申し訳ない」


 茶色い髪に丸っころい顔。恰幅のよい体には髪色と同じ色をしたスーツを着込んでおり、いかにも裕福そうな格好をしていた。


 四人ソファへ落ち着くと、オスカーは改めてユウたちに先ほどの非礼を詫びた。

 それから小さく細長い目を和らげると自己紹介をした。


「私はオスカー・ブルクハルト。ブルクハルト家の当主をしている。君たちのことは弟から聞いていてね。咄嗟に思い立ち、連絡をした次第だ」

「ではやはり、依頼内容は娘さんであるソフィア嬢のことですね」


 ユウの言葉にオスカーは頷く。


「そうだ。君には私の娘、ソフィアの無実を証明してもらいたい」


 オスカーはユウの目をまっすぐに見つめてそう言った。その表情には一切の邪念は感じられず、真剣そのものだった。


「事件のあらましはシグルドさんからすでに聞き及んでいます。そこで、オスカー侯爵に一つ、お訊ねしたいことがあるのですが」

「なんだね?」

「あなたがソフィア嬢が犯人ではないと思う根拠はなんですか?」

「父親が娘の無実を信じることに、何の根拠が必要なのかね」


 オスカーは先ほどの興奮をやや取り戻してそう言い放った。

 その解答を聞いたユウは静かに目を瞑ると、


「そうですか——ああいえ、お気持ちは十分わかります。父親として当然の感情だと思いますよ」


 それ以降ユウは黙ってしまい、部屋には張り詰めた静寂が下りた。


 ユウの判断を待つオスカーに、ユウの決断を待つライラ。シグルドは第三者として、口を固く閉ざしていた。


 冷たい時が流れる。しかし、しんとした空間はさして時間はかからず砕かれた。


「わかりました。依頼を引き受けましょう」

「本当か」


 ようやく口を開いたユウに、オスカーは顔を近づける。


「ありがとうユウ君。この礼は高く払わせてもらおう」


 大喜びのオスカーにユウは内心——依頼を引き受けただけで、別に娘の無実が証明されたわけではないのだが、と半分呆れていた。

 事件を解決するのはこれからであり、それすらどう転ぶか分かったものではないのだ。


 もし依頼が達成されなければ、一体この人はどうするのだろうか。


 そんなことなど微塵も考えていないのか、オスカーはいまだに喜びを顔いっぱいに表現している。

 そんな彼にユウはピシャリと言った。


「ですがオスカー侯爵。これだけは言っておかなければなりません」

「な、何だね……」


 ガラリと雰囲気を変えたユウを、不穏に感じたオスカー。

 彼は一つ深呼吸をすると、


「この事件、仮に結果が変わったとしても、あなたが思った通りにはならないかもしれませんよ」


 ——と、そう言い放った。

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