15 王子を奪い返す
元の部屋に戻って対策を練る。
「部屋のあちこちに罠が仕掛けてあるのよ」
「ほほう。全く分かりませんでした」
「普通の人にはわからないわ」
王子に近付かなければ、キャロラインを影から追い出すことはできない。
困った。
「王子が家臣一同の前に姿を現すとき、それ以外は難しいでしょうな」
「そんな場面あるかしら」
「婚礼式なら確実ですな」
「こん……れい……しき?」
わたしの顔がゆがんだ。どれほどの顔かわからないが、百戦錬磨のゴワンドが驚くくらいだから相当な顔なのだろう。
「落ち着いてください」
「わたしはいつだって落ち着いているわよ」
「それは……それは良かった……です」
とにかく作戦を考えなければ。
「婚礼式に出席するためには、王子と王女の結婚を認めて祝う必要があります」
わたしはカッと眼を見開いてゴワンドを見たが、彼は知らんぷりして話を進めていった。
強いわね。
「じゃあ、婚約を祝う手紙でも書こうかしら」
「それはいいですな」
「元トグ国王も許すように書いておこうかしら」
「それもあちらの狙いでしょうから、ぜひ書くべきですな」
「恋人ができたのでご心配なくって書いておこうかしら」
「相手は誰って話になるので面倒ですぞ」
「じゃあ、ゴワンドおねがい」
小悪魔風な笑みを浮かべた。悪魔なのでこれくらいはできる。
ゴワンドのことは渋くてちょっといいなと思っていたのでからかってみた。
「まぁ、そのように話を合わせておきましょう」
ゴワンドに少し動揺の色が感じられた。
手紙は3回ほど書き直した。怒りで手が震えてしまって失敗したからだ。
それにしても、ピピはピーピーよく鳴いている。
ターレント王子とアタナシア元王女の婚礼式は3日後と決まった。
急な話で王宮内はてんやわんやだが、この後に戴冠式が控えているので、仕方のない話だということだ。
「キャロラインは急いでいるわね」
ひとりごとをいった。
わたしもキャロラインも悪魔学校の夏休みで人間界に来ているわけで、のんびりとこちらにいるわけにはいかない。
婚礼式には何とか出席できることになった。他の家臣の手前、さすがに救国の英雄をないがしろにはできなかったようだ。
キャロラインの性格からすると、わたしが悔しがる様を存分に見てみたいというのが本当の理由かもしれないが。
いずれにしても、わたしはキャロラインの“影操り”には気づいていない、ただのふられた女を演じる必要がある。
三日後の婚礼式当日。
婚礼式は、王宮に隣接した神殿で執り行われる。
神殿へと通じる広場に家臣は集められた。
新郎新婦が歩く細長いカーペットの両側を家臣たちが埋め尽くしている。
遠くの方から二人はカーペットの上を歩いて近づいてくる。
「ターレント殿下、おめでとうございます」
「王女殿下、お美しい」
そんな言葉が家臣団からとんでくる。
花嫁、化粧が厚いんじゃないの?胸も出しすぎ。
二人がわたしの前を過ぎる。アタナシア元王女がわたしに勝ち誇った笑みを浮かべた気がした。
わたしはわたしがやるべきことをする。
「ほい、どーーん」
王子の影に向けて両手のひらをむけた。
影から黒いワンピース、黒い翼の悪魔が飛び出してきた。
キャロラインだ。
会場の人々から悲鳴が上がる。
逃げる人、転ぶ人、立ち尽くす人、会場は大混乱になった。
「リリア! あと一歩だったのに」
わたしはピピをリリアに向かって投げた。
「ピピ、お願い!」
「ピーピーピー!」
リリアのまわりの時間の経過が遅くなった。
逃げようとしているが、あっさり捕らえることができた。
とりあえずひもで縛った。指につけている指輪、首にかけているネックレス、髪飾り、魔術を発するようなものはすべて取り上げた。
「キャロライン、もう逃がさないわ。わたしがずっと見張るわ」
彼女も何か言いたそうだったが、のろすぎてわからない。
「俺は何をしていたんだ?」
アタナシア王女と結婚するところでしたよ。
「リリア……」
王子がわたしの頬に手を触れ、そのままキスをした。
わたしも王子の背中と頭に手を回した。
会場が静寂に包まれた。
やっと王子が唇を離した。
「皆の者、この女性がわが妻となるリリアだ」
王子がわたしをグイッと引き寄せた。
その場にいる全員が呆然とした顔で見ている。
「もう一度言う。俺はこの女性と結婚する」
元トグ国王がおずおずと語りかけてきた。
「殿下、私共の娘はいかがなりましょうや?」
「婚約は解消させてもらう」
「そんな……」
元トグ国王はその場にへたり込んだ。王女はわたしをにらんでいる。
「悪魔と契約しての悪行、本来なら許すわけにはゆかぬものだ」
アタナシア元王女がターレント王子にすがり付こうとしたが、簡単に振り払われた。
「そのほうらは家臣としてなら存続を許そう。娘は家臣のうちから釣り合いの取れた年齢の者へと嫁がせればよかろう。我が国に早くなじむことだ」
元トグ国王は返事をしたもののうなだれてしまった。ターレント王子の縁戚として特別な地位を占めようとしていたのだろう。
「本気でもう駄目だと思ったんだから」
王子の胸に飛び込んでからだにギュッと抱き着いた。
「俺はずっとリリアのことが大好きなんだ。最初に伝えたじゃないか」
「それはそうだけどぉ……」
「リリアは俺のことをどう思ってるんだ?」
「王子と同じです」
「それじゃわからないよ?もっとちゃんと言わなきゃ」
みんながいる前で言わなきゃいけないの?王子はやっぱりいじめっこだよ!
「好きです」
「ごめん、声が小っちゃくてよく聞こえないや」
「う……大好きです。王子のことで頭がいっぱいになっちゃうの」
恥ずかしすぎて王子の胸に顔をうずめた。
16話は午後9時過ぎに投稿します。