エピローグ
「薄氷、庭の椿が虫に食われているんだけど?」走馬燈が朝から大声を出す。
「はいはい、ただいま。」薄氷は面倒そうに言いながら庭に向かう。まだ使用人としての暮らしに慣れていないのだ。
「薄氷、若様にそのような物言いは…。」百目鬼がたしなめるが、時忘が止める。
「構わん。こいつは使用人である前に走馬燈の友達だからな。」
「時忘様、奥方がおよびです。奥の間にいらっしゃって下さい。」時忘に告げるのは則明だ。こちらは使用人としての評判も上々だ。
「どうせ家具の配置への文句だろう。気に食わないなら勝手に動かして欲しいよな。」ブツブツ言いながらも走って向かう。
「いえ、今回は箪笥の下から女物の螺鈿細工の櫛が見つかったとか…。」則明の声が追い駆ける。
『何だかんだ言って愛妻家だよな、走馬?』返事はない。
そうだ。走馬はもういないのか。結局あの戦いから全く声もしないし、入れ替わりも起きなかった。恐らくもういないのだろう。それでも暫くは黒彼岸から貰った薬を飲まなかったが、前に進むために飲むことにした。お陰で左目ははっきり見える。
失ったものも大きかったが、家族三人で平和に暮らせていることが、本当に幸せだ。
「走馬燈。」奥の間から声がする。
「今行くよ。」走馬燈は駆けていった。