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龍の目玉  作者: 馬之群
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今生の別れ

走馬燈の妖力が桁違いに跳ね上がっていることに、黒彼岸は瞬時に気付く。並外れた反射神経で避けながら走馬燈目掛けて毒液を掛ける。走馬燈は皮膚に付いた毒など影響がないかのように無頓着だ。

薄氷は自分の近くにしか氷を生み出せない。このことにはかなり初期の段階で時忘が気付いていた。時忘はタイマンの勝負を二対二のペア戦に持ち込もうと機を窺いながら戦っている。烏兎の焔は時忘の風で消せたり、進路を逸らせたりするので、案外容易だった。

黄泉は決定的に薄氷を攻撃出来る隙が訪れても、その度に白露を攻撃した時の記憶や、薄氷の親切さが頭をよぎり、なかなか決着をつけられずにいる。そんな折に烏兎と時忘に乱入され、いよいよ勝負は混戦を極める。

薄氷の作り出す無数の氷弾を、時忘の旋風に乗せて飛ばされると、二人は防戦一方になってしまう。烏兎は常に焔の壁で身を護らなければならず、そうなると視界も音も分からなくなり、至近距離から時忘と薄氷の凶刃を受けるまで気付かないこともしばしばだ。

「右に三歩進んで五秒後に攻撃、外したら体勢の崩れを狙って暗器を。」烏兎は早口で黄泉に指示を出し始める。攻撃パターンの分析が終わったらしい。

「おい、負傷したか?」時忘は薄氷に言う。

「ええ、少し毒が塗ってあったようで、血抜きと止血をします。」薄氷は黄泉のナイフで刺された。

読まれ始めている?あの二人には面識がないと思っていたが、即席のパートナーとここまで連携が取れるのか、私の読みが外れたか。なんにせよ戦法を変えるべきか。持久戦に持ち込むには、相手の智略が私を上回りすぎていて危険だ。短期決戦で行こう。

勝てる。大したことない。俺様の方が一枚上手だし、時忘は怪我が重すぎたようだな。こちらには切り札もある。そろそろ向こうも戦法を変える頃合いだろう。

「大がかりな結界を張るには、どのくらいかかる?四半時を一本として、指で示せ。」

黄泉は指を一本立てる。

「一刻ではないだろうな?四半時だな。」烏兎は眉間にしわを寄せながら問い返す。呪術については書をかじった程度の知識だが、半時が相場なのだ。

黄泉は頷くと、結界を張る準備に移る。烏兎はそれを押し止め、戦いながら説明を継ぐ。

「それほど短いなら、まだ構わない。俺様がこれを爆破したら開始しろ。二人分で、強度は最大。その間は守ってやる。」烏兎は閃光弾を見せ、翼を広げる。

時忘は薄氷に命じて細かい氷で霧を発生させる。一面乳白色に包まれる。

普通なら視界封じのためと思う所だが、相手も切れ者だからな。焼き払うか、空中戦に切り替えるか。揮発性の毒でも仕込んであったらことだ、空中戦にするか。多少不利だが、小娘一人抱えても飛べる。

黒彼岸と走馬燈は消耗戦に突入していた。お互いに決定打は打てないものの、幾分傷が目立っている。二人とも妖力は無尽蔵と言っていいので、疲れは見られない。

黒彼岸はようやく走馬燈が無事に避けているときは毒が無臭の物ではなかった時だと気付き、無臭の毒に切り替えた。走馬燈は無計画に逃げ回るふりをしてバラまいたかんしゃく玉のお陰で動くことなく黒彼岸の位置を把握出来るようになった。

電撃を一つ避けても追撃が光速で迫るので、黒彼岸も攻撃を避け切れない。脚の傷口が開く。一方の走馬燈も無臭の毒に気付かないばかりか、なまじ耐性があるため、処置も遅れている。人間なら致死量を軽く超えているはずだ。神経毒の類なのか、痺れが出始める。

試しに焼き払うこともなく宙に来た。かなり頭が回るな。俺より切れる。恐らくこの他にも手がある。しかし、どうやって俺たちの位置を正確に把握した?ここに既に仕掛けがあるのか、黄泉が式神でも使役しているのか?二対二だと思い込まないに越したことはない。

実際、薄氷の能力の先入観からダイヤモンドダストのように見えていたのは、金属の粉末も混じったものだった。粉塵爆発が起きる条件に十分な質量があったかは不明だが。

薄氷は二人の手元を確認するが、連絡を取れそうなものはない。薄氷は分析を諦め、攻撃を再開する。

風上に回り込んだ烏兎だったが、案の定、直ぐにそこは風下になっている。分が悪いが、どうせこいつらは地上に降り立つまい。それなら同じ土俵に立った方がマシだ。重力加速度を利用されては敵わない。

正確に言えば、時忘と薄氷は烏兎と黄泉より少し上にいる。二人は自由落下も利用した攻撃を目標としており、烏兎は人を抱えたまま彼らの高度には並べないと判断し、熱の上昇による攻撃を取ったからだ。

「そろそろだ。目を瞑っていろ。」烏兎は黄泉に言う。

一方その頃、黎明姫は両親の元に駆け付け、騒ぎを収拾しようとしていた。

「何の説明もなくこんな所に集めやがって、俺たちも仕事があるんだ。そうだろう。お偉いさんだからって好き勝手して許されるわけじゃねえ。思い知らせてやろうぜ。」

先導者は数人だが、賛同する者も多く、事態は混乱を極め、弱い妖怪やお仕えする妖怪の中には負傷者も出ている。黎明姫は驟雨を降らせて注意を惹く。

「鎮まりなさい。」黎明姫は珍しく大声を上げる。その場の喧騒が止む。

「この場に貴方方を集めたのは、非純血の妖怪を喰らう妖怪から貴方方を護るためです。私の夫や息子がその妖怪と戦っています。賢明な方ならば今すぐに外に出ようなどとは思わないことです。」威厳たっぷりに話す黎明姫は皆の心を打った。

これでいい。私も直ぐに皆と合流しなければ。黎明姫が飛び立とうとすると、後ろから悲鳴が聞こえる。見てみると、目が血走った妖怪が数名、手当たり次第に周囲の妖怪を噛んでいる。厄介なことには噛まれた妖怪もおかしくなってしまっている。黎明姫は歯軋りする。

烏兎と黄泉は旗色が悪い。動きの重い二人は攻撃を防ぐので精一杯だからだ。薄氷は嫌な予感がしているが、時忘は焦って畳み掛けようと大技を仕掛ける。薄氷が止めたのも束の間、その隙に放った烏兎の閃光弾で時忘と薄氷は無防備になってしまう。

その一瞬で時忘の懐に飛び込んできたのは金烏だった。時忘の胸板を貫く。

『やっと儂の出番か。相変わらずまどろっこしい奴め。だが、四百年かかったのだ、このくらい待つのは造作ない。』

時忘は胸を押さえて苦しむが、まだ辛うじて意識を保っている。

「姿は見えないが、神族の類だな。」時忘は呻く。

薄氷は咄嗟に盾を作るが、時忘と薄氷は墜落していく。薄氷は時忘を揺り起こす。時忘は風を起こして薄氷を地上に届け、自分は崖下に堕ちていく。

薄氷が崖を覗き込んだ時には時忘の姿はなく、波しぶきが岩肌を打っているだけだった。烏兎と黄泉は薄氷の背後に悠々と降り立つ。

「驚いたな。時忘は合理的な奴だとは思っていたが、自分の命よりも味方の安全を取ったか。だが、貴様一人で我々に立ち向かえまい。降参しろ。俺様は龍族さえ滅ぼせれば構わん。無駄な流血は避けたい。」

「それならば生憎だったな。俺の身体にも龍族の血が流れている。それもかなり高位の龍だ。来い。一矢報いるまでは死なないぞ。」薄氷は静かに答える。

成る程。言われてみればこいつは非純血なわけだし、確かに特徴ある瞳の色だ。哀れな者だ。走馬燈を覚醒させるために目の前で殺そうかとも思ったが、気が進まないな。

烏兎は後ろに黄泉を庇いながら薄氷の攻撃を全て焔で跳ね除けている。その余裕の態度を見て薄氷は烏兎に話しかける。

「何のつもりだ?わざと止めを刺さないのか。」

烏兎は近くに寄って囁く。薄氷と戦うなら距離を取った方が有利なので話をするためだけに近寄ったのだ。

「静かにしろ。今は近くにあいつがいないから貴様の正体は知られていない。生き延びて時忘を弔った方が良いだろう。悪いが敵討ちは諦めろ。」

烏兎は薄氷が怪我を負わないように加減して攻撃する。烏兎は自分の妹と薄氷のことを重ねてしまっていた。薄氷も冷静になって手加減に気付く。

このままでは確かに犬死だ。時忘が死ぬ間際に言ったことと併せて考えると、この人も神族の命令でやむなく戦っているに過ぎないのだろう。ならばこの人を殺しても時忘の仇を討ったことにはならない。もしかしたらただの演技かもしれないが、賭けてみようか。

薄氷の攻撃も本気ではなくなった。わざと逸らしている。烏兎は瞬時に薄氷の意図を汲み、見た目だけは派手な攻撃をする。薄氷はそれに合わせて気絶したふりをする。

「英断感謝する。」烏兎が薄氷の生死を確認しているふりをして囁く。

「走馬燈は?龍族だから殺すのか?」薄氷も囁く。

「両目を失えば、ただの人間になるはずだ。そうすれば戦う必要もない。」烏兎は一応そう言うが、本当のところ、保証はしかねる問題だった。

「おい、急で悪いが、結界を三人分にすることは可能か?無理なら俺様は一人で逃げるが。」烏兎は薄氷を抱えて黄泉に言う。

黄泉は少し考え込んで頷いた。烏兎は表情を緩める。

「あとは結界を張り終えた後で走馬燈を挑発すればいい。」烏兎は文字通り羽を伸ばす。

「何故龍族を滅ぼそうとしているんだ?脅されているのか?」

「八咫烏に俺様と妹の命を握られているからだ。貴様くらいの年だった。あいつのせいで顔も名前も思い出せないが。何かきっかけさえあれば、全て思い出せたら二人とも人間に戻れるのに。四六時中監視されているせいで今まで何も出来なかった。」

烏兎は苦々しそうに呟く。薄氷の怒りは完全に収まってしまった。家族に会えない辛さはよく分かる。

「起きろ。」時忘に話しかける人物がいた。灯馬だ。

「…灯馬殿?」時忘は微かに目を開ける。焦点が定まらない。

「残念だったな、オレぁ白露だ。今はな。」白露は時忘の傷口を調べ、低く呻く。息があるのが不自然なほどだ。

「最期に…皆がどうなったか…教え…。」時忘は肩で息をしている。

「てめぇで確かめな。これ、灯馬からおめぇに手紙だ。後で読め。黒彼岸を救えるのはおめぇしかいねぇ。頼むぜ。」白露は時忘の懐に手紙を捻じ込む。

黄泉が禁術と言っていた術を遣う時が来た。オレぁああいった、ちまちましたモンは嫌いだが、緊急事態だ。仕方ねぇ。

白露は自分の指を噛み、血で時忘の額に印を描く。右目に結集していた妖力が時忘になだれ込んでいく感覚を味わいながら白露はゆっくりと目を瞑る。時忘の頬に赤みがさすのに反比例して白露の生気は失われ、遂には倒れて再び起き上がらなかった。その顔は安らかだ。

「黒彼岸、こちらは片付いた。今から加勢するぞ。」烏兎は黒彼岸に呼ばわる。本当は走馬燈に伝えるのが目的だったが。

黒彼岸はすぐさま走馬燈の異変に気付く。しかし真っ先に気付いたのは走馬だ。走馬燈を正気に戻そうと話し掛ける。

『見え透いた挑発に乗るな。その目で確かめたわけでもないだろう。ここで理性を失ったら本当に誰も助からなくなる。聞いてるのか?走馬燈!』

走馬燈の目隠しは独りでに解ける。紺色の左目は虚ろで何も見えていないようだ。

「俺のせいだ。また俺のせいで人が死んだ。」妖力が膨れ上がっていく。烏兎でさえゾッとして身震いする。

何てこと。こんな攻撃が直撃したら三人とも助からないでしょう。黄泉は迷わずある決断をする。

走馬燈は烏兎の方に手を伸ばす。辺りは目が潰れんばかりの閃光に包まれる。その刹那、黄泉が結界の外に出て、烏兎に向き直り、両腕を広げる。直後に周囲の地面が焦土と化すほどの電撃が黄泉と結界を包み込む。黄泉は唇を動かす。黒焦げになって倒れる。

『白露!迎えに来てくれたのですか?見て下さい。やっと話せるし、笑えます。一緒に行きましょう。』黄泉の髪も黒く戻り、表情は生き生きとしている。白露は黄泉の手を取り、二人は高く昇っていく。

『何をしている?この隙にあやつに攻撃せねば、水の泡であろう。儂には出来んのだから早くせんか。』金烏は喚くが、烏兎は聞こえていないかのように無視する。

「嗚呼、嘘だ。何でこんなに近くにいたのに気付かなかったのだろう。違う。そんなはず…。」烏兎は頭を抱える。翼は無数の羽になって風に飛ばされていく。目は普通の黒い瞳に戻る。

『烏兎!なんと、あと一歩という所で…。小癪な小娘が。余計なことを。』

金烏は烏兎を強引に取り戻そうとする。そこに走馬燈は第二投を金烏目掛けて放つ。金烏の赤い羽が宙に舞う。流石に神使なので致命傷とはならなかったが、走馬燈は執拗に攻撃する構えを見せる。金烏は紺の瞳と目が合った時、負けを悟る。

走馬燈は金烏に追撃しようとするが、黒彼岸の呻き声に気付いて手を止める。その隙に金烏は太陽の方に飛び去っていく。飛び方はフラフラとしており、今にも堕ちそうだ。

「ボクの負けだよ。殺せ。」黒彼岸は脚を押さえながら走馬燈を睨む。

「…出来ない。」黒彼岸は走馬燈を嘲ろうとするが、走馬燈の表情を見て口を閉ざす。泣いている。

本気で言っているのか。自分の実の父親の仇であり、他にも何人も殺した相手を赦していると。本当に、もっと前にこの子に会えていたら、ボクも救われていたかもしれない。

「黒彼岸様、人間界でお会いした時、私が誓ったことを覚えておいででしょうか。」そう言いながら現れたのは、黒い着物に銀髪、淡褐色の瞳の男だ。

「少し待ってくれ。走馬燈。」黒彼岸は懐から小瓶を出して投げつける。

「それを飲めば視力が戻る。副作用はない。妖力も失わずに済む。使うかはキミ次第だが。」

走馬燈は口を開くが、言葉が出てこない。これから黒彼岸がどうなるかも分かっているのに、何も出来なかった。

「黎明姫が来てからでも構いませんよ。」

「いや、姉上には見られたくない。」黒彼岸は目を閉じる。

「最期に言いたいことは御座いますか?」時忘は穏やかな口調で黒彼岸に問う。

「言わなくても、キミならボクの気持ちを悟ってくれているだろう?何も言うことはない。」

白露でさえ気付いていたのだから、無論時忘も気付いていた。時忘は無言で黒彼岸の心臓を正確に破壊し、その身体を抱き留める。既に息はなかった。

時忘は走馬燈の手を引いて薄氷と烏兎の方に向かう。時忘は烏兎が生きているのを見て、攻撃しようとするが、薄氷が阻む。

「違うんです。もうただの人間です。止めて下さい。」

確かに妖力は感じられない。操られていたということだろうか。念のため戦闘力を奪いたい時忘だったが、薄氷の瞳を見て断念する。

「あなたは誰?」走馬燈は烏兎に問いかける。

「我が名は則明と申します。」烏兎は答える。

黎明姫が帰ってくる。全てが終わった。走馬燈は安心して膝の力が抜ける。後日、時忘は灯馬からの手紙を読む。

時忘さん、貴方がこの手紙を読んでいるということは、自分と白露君は既に死んでいるのでしょう。氷の棺から抜け出したときから自分は白露君と一つの身体を共有する、不安定な状態でした。息子たちの場合と異なり、自分たちは入れ替わりの間隔もまちまちで、何より互いに目的が全く正反対でしたから、何時ぞやは貴方を襲ってしまいました。

白露君は好青年です。初めは黒彼岸さんを助けようと、レイたちと徹底抗戦するつもりだったそうですが、説得を続けるうちに、けじめをつけるべきだと納得してくれました。聞けば天涯孤独の身だとか。懇ろに弔って下さい。

何故この手紙を貴方に託そうと思ったのかというと、これだけは言いたかったからです。時忘さん、貴方は随分と御自分を卑下されるが、貴方のお陰でレイも息子たちも少なからず救われています。今までありがとうございました。そして本当に身勝手な願いではありますが、これからは自分の代わりに彼等を支えて下さい。

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