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The magician

親父は言った、魔法使いはいない。

母さんは言った、魔法使いはいない。

八百屋のジジイも、肉屋のジジイも、薬屋のおばさんも言った、魔法使いはいない。

でも俺は諦めないのだ。俺の好きな『勇者の冒険』の言うことには、勇者とは、決して諦めないもののことだと。


「勇者ロマノ、いざ出陣!」


剣を空に掲げ、太陽に誓う。我が魂と正義にかけて–––––。


「夕飯までには帰ってくるのよー。」


・・・。

勇者である俺は颯爽と駆け始めた。






さて、駆け出したはいいが、魔法使いは一体どこにいるのか。町中走り回って、その痕跡一つ見つけられなかった俺は、道端で野良猫と一緒に寝転がっていた。

雲ひとつない晴天を眺めながら思う。何故俺は魔法使いを探しているのか。そいつになにか用があるわけでもない。会ってもあまり面白そうじゃないし。

そう考えた俺は、急に魔法使いに対する情熱をなくしてしまった。ただ、一度やると決めたことは諦めるわけにはいかない。つまり、明日から探したくもない魔法使いを俺は探すハメになる。


「はぁ。」


憂鬱に溜め息をつくと、隣で転がっていた黒猫が俺の腹に乗り、そのままペロペロと毛繕いを始めた。

なんだこいつは。俺は今虫の居所が悪いんだぞ。ただ何をする気力も起きなかった俺がもう一度溜め息をつくと、猫は俺の上でにゃあ。と鳴いた。


次の日、信念と苦痛の間で苦悩しながら魔法使いを探し見つけられなかった俺は、昨日と同じ場所で寝転がっていた。猫はいない。変わりに見知らぬ少女がいつのまにか隣で寝転がっている。


「なあ。魔法使いがどこにいるか、知らないか。」


「・・・。」


期待してはいなかったが、無視されるとは思わなかった。なんなんだこいつは。ここは俺が先にいたんだぞ。

先住民への礼儀を知らないやつめと横目で睨んでも少女は動じない。チラリとこちらを見て、空に視線を戻した。

物を売る大人や走り回る子供の喧騒のなか、俺とこの少女だけが別世界のように静かだった。俺はここで何をしているんだと、昨日と同じように考えていると、走り回っていた子供達がこちらに来て俺たちを覗き込んだ。


「ロマノじゃん。なにしてんの。」


「知らん。」


「楽しい?」


「知らん。」


「あ」


「知らん。」


知らんマシーンと化した俺に変な顔をしながらあっちへいった子供達から視線を外し隣を見ると、いつのまにか少女はいなくなっていた。


次の日。今日は猫だ。俺が捕まえようとすると、するりと腕をぬける。そっぽを向くと、揶揄うように甘えた鳴き声で擦り寄ってくる。頭にくる猫だ。

俺が寝たふりをすると、猫は腹の上に来て丸くなった。すかさず両手で捕まえる!


「ふしゃー!」




「くそ、思い出したらムカついてきた!このロマノさまの美しい顔をひっかきやがって・・・君、今日黒い猫を見なかったかね。」


「・・・。」


相変わらずのだんまりちゃんだ。それに今日はなぜか俺を警戒するように半目で睨んでいる。猫といいこの少女といい、なんなんだ。しかしこの場所に最初にいたのは俺だ。譲ることは出来ない。


「・・・。」


「・・・。」


目を離したらやられる!とでも言うように睨みあう。艶やかな黒髪が風に吹かれ目に入りそうになり、黄金の瞳を細めてなお俺を睨む少女。仕立てのいい服を着ており、地べたに座り込んで崩した足にはいかにも高価そうな靴を履いている。

どこかの令嬢なのか。よく見るととても可愛い女の子だ。

しかし、いまそんなことは関係ない。この縄張り争いにおいて容姿などというものはなんの役にも立たない。使えるのは己が拳と心のみ!

膠着状態は、二人のお腹から音が鳴るまで続いた。




今日も魔法使いなんてものは見つからない。しかし俺は笑みを浮かべていた。


「そこな猫よ。もっとちこうよれい。」


王様気分の俺を忌々しげに睨みながら、猫はチラチラと視線を俺の右手に向ける。正確には、そこに握られた魚の煮干しに。


「ん〜、どうしたのかね。ほら、大人しく撫でられるなら、これをくれてやらんでもないぞ?」


「・・・・・・・・・にゃ!」


「おっと!」

右手を動かして飛びかかってきた猫を避ける。悔しそうに唸った後、猫は何処かへと走り去った!


「フハハ!フハハハハハハハ!!笑いが止まらぬわ!!!」


通りがかる人が可哀想なものを見るような目をするが、関係ない。俺は、勝利したのだ!

 



「いやーしかし、少し大人気なかったかな!ははは、虐めようとしたわけじゃないぞ!まあ、やつもこれで思い知っただろう、誰がここのボスなのかをな!ハハハハハ!!」


俺は少女に昨日あった激戦の武勇伝を話していた。この子もこれで俺に逆らうことの愚かさを理解するだろう。


「・・でもロマノは引っ掻かれてるから引き分け。」


「・・・なに?」


俺は初めて声を聞き、名前を呼ばれたことよりも、その言葉に衝撃を受けた。引き分け?それは違う。この傷はやつが俺から逃げる時につけられたのだ。つまりあの日は俺が勝ったのである。どう計算しても俺の勝ちだろう。


「・・何か情報の伝達に齟齬があったようだな。いいだろう、また初めから話そう。きちんと聞き、公平な判断をしよう。まず初めに、お「引き分け。」・・・。」


「お「引き分け。」・・。」


「引き分け。」


・・引き分けモンスターになられてはどうしようもない。まずは猫党から俺党に少女を鞍替えさせなければならない。そのためには、仲良くする必要がある。


「君の名前は?」


「・・・。」


さっきまで喋ってただろ!




体感にして数十分、ようやく少女は名乗った。


「・・・・マーリン。」


マーリン。悪くない名前である。俺は少女改めマーリンに笑いかけた。


「マーリンよ。ここで寝転がるのも悪くないが、他にも面白いことはある。俺についてこい。」


「やだ。」




俺は嫌がるマーリンをひきずりながら進む。


「ロマノは最低。」


「俺は最高だ。」


「馬鹿。」


「天才。」


「いじわる。」


「聖人。」


「自分のことを勇者だと思い込んでいるアホ。」


「ホントに勇者な賢者。」


「じゃまもの。」


「のり。」


「りんご。」


「ゴーストバスターズ。」


二人でしりとりしているうちに目的地にたどり着いた。俺が立ち止まり、隣の樹に寄りかかると、後ろでひきずられながら歩いていたマーリンも並んで同じ景色を見た。


「・・川?」


「そう。そしてここは俺の秘密の拠点だ。」


俺は隣の樹にかけてあった布を取り去る。樹には何人かは入れる大きさのうろがあり、その中は俺の基地兼倉庫となっている。俺はその中に入り、長い棒と丈夫な糸をそれぞれ二本ずつ取って出た。




「フィーッシュ!」


魚を釣り上げた俺が叫ぶと、マーリンは少し目を細めて糸に繋いだ針と餌を落とした場所を見つめる。現在2-0で俺の圧勝だ。


「お嬢様には難しかったでちゅかねー。フハハハ!」


俺は仲良くなって懐柔作戦をすっかり忘れて高笑いする。マーリンは川の流れを見つめ続けた。そして水流が僅かに揺らいだ瞬間、素早く竿を上げる。


「ふぃーっしゅ。」


僅かに口角を上げ俺を見るマーリン。俺は睨み返しながら針に餌をつけ川に放る。


「ふぃーっしゅ。」


隣を見るとさらに口角を上げた憎たらしい顔の横で、魚がぴちぴちと跳ねていた。俺はすぐに視線を前に向ける。考えるべきは自分のことだけだ。


「ふぃーーっしゅ。」


マーリンは白い歯を見せ笑っていた。






「ロマノ、ほら、おいしいよ?」


「いらない。」


大量の魚を釣った俺とマーリンはそれを屋台のジジイに調理してもらい、二匹分だけ串に刺してもらった。どっちが多く釣ったか?そんなことはどうでもいいことだ。なんの意味もない。

片方を食べながらもう片方の串魚を差し出すマーリンの後ろで、屋台のジジイが苦笑いしてこちらを見ていた。


「ボウズ、おめぇこんなべっぴん捕まえてむくれんなよ。お嬢ちゃんが困ってるじゃねえか。」


「むくれてない!」


「ふ。お前は見てくれは似てねえが、負けず嫌いなところは親父そっくりだぜ。」


感慨深そうにするジジイを尻目に、マーリンは魚を突き出してくる。


「・・今日は、楽しかった。・・・ありがとう。」


照れ臭そうな笑顔に懐柔された俺は、仏頂面になりながら魚に噛み付いた。


「ひゅー!お熱いねえ!」


「うるへー!」


「食べながら喋らないで。」


「・・・。」

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