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再興の真祖  作者: 此岸
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プロローグ


神界。神々の住まうそこは、美しい自然がある天国とも、強大な魔獣が闊歩する地獄とも言われる場所だ。天地開闢と同時に存在するそこに、今、決して起こりえなかった事が起こっていた。




「ふんふふーん♪」

上機嫌で神界の森の中を歩いている女がいた。彼女の名前はミラ。神界に住む神の1人である。太陽の光を鋳溶かしたような金髪を腰のあたりまで伸ばし、翡翠色のの瞳をしている。スラリとした肢体と豊満な胸を包んでいる、所々に可愛らしい花の刺繍がされた白ワンピースには森の中を歩いてきたというのに土埃ひとつついていない。彼女は今日の夕飯の食材を森に採りに来ていた(神々は食事をはじめとした様々な事が必要ないが、娯楽として楽しんでいる)。今回は上質なキノコが取れたので、川で魚を獲ってバターで炒めて食べようか、などと考えていた。しかし、そんな一時の安寧は容易く奪われることとなる。

「オギャァァァ!」

神として優れた五感を持つミラの耳に届いたものは泣き声。少し遅れて、生臭い血の臭いも漂ってくる。

(なんでこんなところで泣き声が…?)

不審に思いながらも耳と鼻を頼りにそちらの方角へ急ぐ。

数十秒後、ようやくそこへたどり着いた。そこはちょっとした空き地になっていた。そこでミラは信じられないモノを見た。なんと、赤ん坊が、上質そうな布に包まれ、木の根の間に挟まるようにして地面に置かれているではないか。先ほどの泣き声はこの子のものかと納得する。しかし、この子は怪我をしているように見えない。ならば先ほどの血臭は何処から…。思考の海に沈みかけていると、不意に後ろに気配を感じた。慌てて振り返ると、そこには全身を返り血で染めた熊がいた。恐らく獲物を奪い合っていたのだろう。そこら中に小型の魔物の残骸が転がっている。ただの熊ではない。俗に覇種と呼ばれるものだ。通常個体よりも長く生き、その身に魔力を蓄える。個体差はあるが、殆どが知性を獲得し、人の言葉を介する場合もあるという。しかし、知性の獲得に伴って残忍性も増す。つまり、何が言いたいかというと、今この場で出会うのは非常に不味いということだ。もちろんミラとて神。大型の魔獣が束になって襲ってきたとしても屠るのは造作もない。しかし今は状況が悪い。後ろには生まれて間もないだろう赤ん坊がいる。どうやって神界に。どうして神界に。疑問は尽きないが、ミラには見捨てることができなかった。しかし、ミラは神々の中でも、戦闘向きの神ではない。その為、「護る戦い方」が分からないのだ。これが戦を司る神ならば話は違っただろうが、残念ながらミラは治癒を司る神だ。

しかし、だからと言って全く戦えないという訳ではない。


治癒の力の1つに、細胞分裂を活性化させるものがある。本来の使い方は、植物の成長を促進させたり、怪我の治りを早めるといったものだ。ならば、この力を暴走させて相手に撃ちこんだらどうなるか。身体中の細胞が本来ならばゆっくりと時間をかけて行われるはずの細胞分裂を強制的に、異常な速さで繰り返させられる。あらゆる生物が一生のうちに行える細胞分裂の回数は決まっている。それは覇種と呼ばれる魔獣も例外ではない。寧ろ歳をとっている分、限界に至るまでの時間は短い。

細胞分裂によって増えた細胞は元の細胞の半分ほどの大きさだ。その細胞たちが次にとる行動は、自身の大きさを元の細胞と同じ大きさ—つまり、今の2倍の大きさになろうとすることだ。当然のことだが、それには大量の栄養を消費する。治癒の力はその速度すら促進する。つまり、全身の細胞たちが体内に蓄えられている栄養を異常な速度で消費するのだ。当然、一瞬で今までの蓄えを失い、飢餓状態に陥る。しかし、それでも細胞たちは止まらない。体が飢餓状態になった時、生物はどうするのか。全身の筋肉を分解し、栄養とするのである。それすらも食い尽くす頃には、元の生物の原型はとどめていない。骨と皮だけになり、極度の空腹感と全身が破裂するような感覚を味わいなら死んでいくのだ。

その道徳心の欠片もない技をミラは熊の魔獣に撃ちこんだ。次の瞬間、熊は苦悶の表情を浮かべる暇も無く(正確にはそれをするだけの表情筋がすでに残っていなかった)、絶命した。

「ふう…。」

当然、それだけの力をノーリスクで放てる訳がない。最初の強制細胞分裂を起こさせる為のトリガーには自分の生命力を使っている為、あまり連発はできない。まあ、神界にいる限り、無限の生命力を持つ神からしたら少しの倦怠感を感じるだけである。

赤ん坊にとっての脅威を排除し、振り返るとそこには、自分を凝視している赤ん坊がいた。

(やっぱり熊がいきなり膨らんで突然萎んで死んだら怖がるよね…)

やはり殺し方が不味かったかと後悔したが、過去は取り返せない。神だって万能ではないのだ。しかし、次の瞬間、ミラは安堵と驚愕を同時に覚えることとなった。

わらったのだ。あの惨状を見てもなお笑っているのだ。これには流石のミラも困惑する。時々人の世界を覗いていた時に見た赤ん坊の姿とはあまりにかけ離れていた。今思えば、あの時聞こえた泣き声もそこまで切羽詰まっていたようには聞こえなかった。ミラは考える。どうするべきかと。確かに自分はこの子を守ると決めた。だが、そもそも神界に生命が入り込む事自体が本来ありえてはいけない事。ならばここで殺してしまうのが世界の安定を図る上では最善なのではないか。しかし、無垢な命を自分の都合で奪うなど、許される事ではない。そのまま考え続けていると、ふと視線を感じ、そちらに目をやると赤ん坊がこちらをじっと見つめていた。それは何かを訴えかけているようだった。

「…そうね、そうよね…。あなたに責任はないものね…。…よし!決めた!私はあなたを見捨てない。今後どうするかは他の神と相談しないと決められないけど、絶対悪いようにはしない。約束する。」

そう言うと、赤ん坊がかすかに笑みを浮かべたような気がした。


1人と大量のキノコを抱えて森を出たミラは、一先ず自分の家に向かった。森から100メートルほど離れたところに建てられた二階建てのログハウスがミラの家だ。

「ただいまー」

「おう、おかえりー!」

誰もいないはずの家の中から、聞き慣れた声で返事が返ってきた。

「リュー!来てたのなら言ってよー!」

「ははっ、悪い悪い。折角来たってのに、誰も家にいないもんだから待ってたんだよ。」

彼女の名はリューティア。武と戦を司る、純然たる闘いの神だ。明るい茶髪をポニーテールにしており、同色の少々つり上がった目も相まって、勝気な印象を受ける。170cmほどの長身、程よい大きさの胸を露出の高い服装で包んでおり、すらっと伸びた手足はバランスよく引き締まっている。

「今日は森に入ってくるって言ったでしょ?」

「そうだったっけか?まあいい。もっと話したいところだが、今回ばかりはそうも言ってられないんだ。…15時ごろ、妙な気配をそこの森から感じたんでな。急いで来たんだが…何か普段と変わったことは無かったか?」

「そうね…特に無かったと思うけど…。…あっ!そうだ!」

「!何かあったのか⁉︎」

「森の中でね、この子を拾ったの!」

「この子?何処にいるんだ?」

どうやら抱えていたキノコが死角となって見えていなかったようだ。

「この子だよ!」

とリューにも見やすいようにしてやる。反応は劇的だった。

「⁉︎……なあ、ミラ。何処で拾ってきた?」

「そこの森でだけど……どうしたのリュー?なんか顔怖いよ?」

いつもと違うリューの姿に困惑するミラ。普段快活な笑顔を浮かべている顔は、今は厳しく引き締められていた。

「ミラ。こいつは吸血鬼、しかも純血の真祖だ。」

真祖。それはあらゆる生物の完成形ともいえる存在。一般的な吸血鬼がおよそ苦手とするものはソレの前では何の意味もなさない。定期的に新鮮な血を摂取する必要があるが、それだって他の吸血鬼と比べれば圧倒的に長い時間耐えられる。闇夜を見通し、精霊すらも視る。膂力は個体によって異なるが、最低でも常人のそれを数十倍は上回る。異常なまでの再生能力をもち、自らの生命力が尽きない限りどれだけでも再生できる。故に完成形。しかしそんな真祖にも致命的な弱点が1つある。幼少期の身体能力が人とほとんど変わらないのだ。傷ついた体を治そうにも、再生に使うだけの生命力のストックがあるはずもない。それを知った太古の人々は真祖の力を恐れるあまり、親の目を盗んで幼い子供を攫い、人質としたのだ。真祖は何千年と生きるため、一度に産む子供の数が少なかったことも災いした。真祖たちにとって子供とは何よりも大切な宝物。それを人質に取られてはいかに真祖といえども為す術なく蹂躙されるのみだった。

「そんな…!純血の吸血鬼、ましてや真祖なんて…。絶滅した筈じゃないの?人間が国を興してしばらくした頃にはもういなかったはずよ。あなたの「眼」を疑うわけじゃないけど、何かの間違いじゃないの?」

「いや、それはない。ミラだってそいつに触れたら分かるさ。」

ミラは相手がどのような状態なのかを読み取る力を持っている。神ならば皆持っている力だが、ミラの場合は治癒方面に特化している為、対象に直接触れないと使えないのだ。ミラは深く深呼吸をし、意を決して赤ん坊の唯一露出している顔に手を当てた。途端に流れ込んでくる膨大な量の情報。常人なら確実に発狂するだろう情報の暴力を、しかしミラは平然と受け止める。結果、赤ん坊が真祖であることは紛れもない事実であった。少なからずショックを受けるミラだったが、しかしそれは否定的なものばかりでは無かった。確かに不可逆的なはずの生物の絶滅が覆ったことで何かしら世界に影響が出るだろう。だが、遥か昔には存在していた生物なのだ。ならば、本来あるべき姿に戻ったと捉えるべきではないだろうか。そこまで考えたミラは、閉ざしていた口を開いた。

「ねえ、リュー。1つ提案があるの。…この子を私たちの手で育てたいと思うの。…どうかな?」

「どうってお前…。何で私たちが育てる必要があるんだよ。適当に孤児として人の世界に降ろしてやればそれでいいんじゃねえのか?」

「ううん、それはダメ。いい?この子はすごく貴重な存在なの。それを適当に放り出して、万が一すぐに死んでしまったらどうするの?私の力も、人の世界ではすごく弱まるから、ここでは簡単にできる蘇生だって向こうでは10回に1回成功したらいい方。きっとこの子が人の世界じゃなくてここにきたのも何かの運命よ。神界に生まれるっていうのも、この子が真祖だったらありえない話じゃないもの。」

「でもよ、魔獣に襲われる危険性でいったらここの方が格段に危ないぜ?」

「だから私たちが育てるのよ。私はこの子を死なせたくない。でも、だからと言って私たちが守り続けるのもこの子のためにならないし、違うと思うの。だから、私はこの子を強くしたい。もう二度とあんな悲しい過去を繰り返さなくて済むように。この子が自由に生きられるように。だけど、それは私1人では絶対にできない。私は戦える神じゃないから。お願い!あなたの協力が必要なの!」

そう言ってミラは、勢いよく頭を下げた。

「〜〜〜っ!わかった!わかったから頭を上げろって!」

「ほんと⁉︎本当にいいの⁉︎」

「ああ。だけど私の一存では決められない。一旦会議で話合わねーと駄目だ。」

「うん。わかってる。私もそうするつもりだったけど、リューには先に言っておきたかったの。」

「そっか。じゃあ緊急招集するか。こういうのは早い方がいいだろ?」

「そうね。それじゃあ…」

『今ここに、ミラ、リューティアの両名の名の下に、緊急招集する。早急に議論するべき事態が発生したため、直ちに南東部ミラ本邸に集合せよ』

瞬間、ミラの家の周りで次々と光が爆発した。その光は、それぞれが徐々に人の形を取り始めた。光が完全に収まると、そこには3柱の神が立っていた。ミラは外に出て彼らを出迎えた。

「今回は突然呼んでごめんなさい!」

「いいよいいよ。ちょうど僕も暇してたとこだしね。」

そう言ったのは狼の耳と尻尾を生やした12歳ほどの少年だ。フワフワの銀髪に深い海のような蒼の瞳。その顔には常に微笑みを浮かべていた。彼こそがあらゆる獣を統べる神。獣神・ウルだ。

「ウルの坊主の言う通りだな。時間は常に我らと共にある。気兼ねなく呼ぶといい。」

彼の名はカイ。総白髪に同色の瞳をもち、185cmほどの長身に黒のローブを纏っている24歳ほどの見た目の男だ。彼は魔法と魔術を導く神ー魔導神だ。

「……私も構わない。……2名以上による召喚なんて滅多にない事。……いつもより重大なことが起こったと考えるべき。……それなら来るのは当然のこと。」

彼女の名はフィーナ。この世の全ての精霊を従える神だ。5人の中で最も人の世界に降りた神だろう。10歳ほどの体型、虹色に変化する髪に、常に閉じられた瞳、ほとんど変化しない表情も相まってミステリアスな印象を受ける。

そんな彼らが発したのは、暖かい肯定の言葉だった。それに再度勇気をもらい、ミラは彼らを家に招き入れた。


丸テーブルを囲み、5人は席に着いた。

「さて、それでは単刀直入に言います。…この子を、真祖の子供を、育てる許可を下さい。手伝えとは言いません。見守ってくれるだけで良いのです。お願いします!」

そう言ってミラは頭を下げた。

「まったく…。お前さんは頭を下げ過ぎだ。」

「カイ…。驚かないのですか?」

「まあ驚いたが…そいつから邪悪な魔力は感じられんしな。それなら人だろうが真祖だろうが我は気にせん。叡智を極めた我ならばヒト1人育てることなど赤子の首を捻るより容易いことよ。それにな、何度も言うが時間は有り余っておるのだ。だから、そんなに気にすることはないのだ。」

「そうだよ。その子なら僕の子達とも仲良くできそうだしね。遊び仲間が増えるのは良いことだよ。」

「……ん。精霊もその子を気に入ってる。純粋でいい子に育つはず。」

「私も視たときにわかったんだが、そいつは才能の塊だ。だから、私の初めての弟子にしたい。ようやく私が辿り着いた武の真髄を教えられる相手が出来たんだ。これを逃す手は無いぜ。それに、ミラの言う〈負けない強さ〉ってのも叩き込んでやるよ。」

「ほう、お主が武を教えるならば我は知を教えるとしようぞ。折角蓄えた知識も我1人が独占していては勿体ないというものよ。フフフ、魔導の理を語り聞かせるのが今から楽しみだな…!」

「……精霊の事も教えてあげたい。視えるのなら話す事もすぐにできるはず。」

「森がざわめいてる。僕の子達も新しい住人を歓迎してくれてるみたいだね。…元気な子に育つといいなぁ。」

盛り上がっている4人を尻目に、自分の腕の中で幸せそうに眠る赤ん坊を見て、ミラは改めて決意する。自分が母となり、この子を育てることを。もう二度と奪われないように。悲しまなくていいように。

こうして、神による真祖の育成計画が始まった。





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