アギアケソニマガキフラ
「ねえ…ホントにやるの?」
「あったりまえじゃん!ほら、早く〜時間来ちゃうから!」
そんな会話が、夕陽の射し込む木造校舎の、不気味な静けさを少しの間だけかき消してくれる。
私は琴無茜。高校一年生になったばかり。
私の手を引いて急かすのは、高峯鈴。
同じ高校に通う、私の親友だ。
私達は2人で、近所の廃校に来ている。
ここは桜ヶ丘小学校。
40年程前に突然廃校になったらしいが、未だに取り壊されずに残っている。
何故放課後にこんな所にいるのかと言うと…
――――
朝
「茜、おはよ〜!早速だけど、今日の放課後の予定、空けといてね!」
「おはよう、鈴。はあ…またなの?当日に言うのやめてってば。で、今日はどこ行くの?」
鈴はいつも突然遊ぼうと誘ってくるのだ。どうせ今日も店とかだろうけど。
「ふっふっふ…今日の私はひと味違うのだよ…」
「はいはい。で?」
「今日は、学校の七不思議を検証しに行くのだよ、茜くん。」
「七不思議?」
「そう。近所に廃校あるでしょ?桜ヶ丘小学校。そこの踊り場に鏡があってね?その鏡を覗くと、鏡の世界に連れていかれるんだって。」
「へぇー…ってそれだけ??」
「うん、そうだよ。」
「あと6個は?それに廃校って…それもう学校の七不思議じゃないよね?」
「さぁ?でも一緒に行ってくれるよね!」
「はあ…分かった。付き合いますよ…」
「やった〜!!」
――――
放課後
「ねえ、鈴。結局何をどうするの?」
「あれ?言ってなかったっけ?えっとね…
『校舎の二階と三階の間の踊り場の鏡を、夕陽の射し込む瞬間に覗き込むと、鏡の中に引きずり込まれる』
だったかな?」
「何そのふわっとしたタイミングの説明」
「えーだってそう書いてあったんだもん!」
「ソースは?」
「もちろんネット!」
「はあ…もう帰ろうよ」
「そんな事言わないでさ!私だって調べるの大変だったんだよ?ちょうど鏡に夕陽が当たる角度になる時期って短いらしいし。今日晴れてなかったらしばらく見れなかったんだからね!」
「分かった分かった。お疲れ様。」
「さ、早く行こっ!」
――――
という事で、私達は廃校に忍び込むことになったのだ。
「何か不気味だよね〜」
「雰囲気あるよね」
声を落として囁く桜につられて、私も小声で答える。それなのに、周囲の静けさによって思ったより大きくきこえる。
「茜〜ちょっと怖くなってきた〜」
「じゃあ帰る?」
「やだ!早くやろっ!」
「はいはい」
私は、鈴に手を引かれながら呆れて言う。まあ、いつもの事だけど。
二階と三階の間の踊り場。
噂の鏡は、ごくごく普通の、何の変哲もないただの鏡に見える。
「とうちゃ〜く!」
普段だったら少しイラッとする鈴の明るさが、ここでは頼もしく感じてしまう。
「あと少しで、ちょうど夕陽が当たると思うんだよね」
「……」
「茜、もしかして怖がってる?」
「そ、そんな事ないから。」
「ならいいんだけど〜怖いなら鈴様の胸に飛び込んでくれてもいいんだよ?」
「遠慮させていただきます」
「むぅ」
本当はちょっと怖い。けど、鈴のおかげで少し気が紛れたかも。
そう。それにこんなのただの七不思議の一つ。学校の怪談なんて、どれもこれも作り話に決まってるんだから。
待つ事5分程。
少しずつ日が傾いてきて、窓から射す夕陽がもう少しで鏡に当たりそう。
何も起こらない。
そんな事、分かってるのに。
分かってるはずなのに。
緊張が高まってくる。
「そろそろだね」
「うん」
「……」
「……」
私達はその時を息を飲んで待つ。
瞬きもせず。
恐怖で目を瞑りたいけれど。
その気持ちに反して、何故か鏡を凝視してしまう。
窓から伸びる、黄金色に輝く橋。
その先端がまさに鏡の縁に架かる。
その瞬間―――光が弾けた。
「「うわっ」」
私達は咄嗟に目を瞑る。
目を開けるとそこには見たこともない景色が広がって―――はいなかった。
目を瞑った一瞬前と同じ。
踊り場にかかった鏡、そこに映り込む2人の生徒。
それだけ。
居ないはずの3人目が映っていたりもしない。
私と鈴が入れ替わっていたりもしない。
ただ、反射した夕陽が、思ったよりも眩しかっただけのようだ。
「な〜んだ…やっぱり何も起こらないんだ…」
「そりゃあ七不思議なんて、そんなものでしょ」
私は止めていた息をそっと吐く。少し怖かったけど、終わってみたら何でもない。ネットの都市伝説なんて作り話に決まっているのだから。
「鈴、これで満足した?」
「うん!満足した!だから一緒に帰ろ、茜!」
「そうだね」
つい5分ほど前と同じ道を逆に辿る。にこにこしながら私の手を引く鈴につられて、私も怖がっていたのが馬鹿らしく思えてきた。
そしてちょうど校舎から1歩踏み出した時、太陽が最後の光を東の空から投げかける。
「あ、月!キレイだね」
「ホントだ」
鈴につられて私も空を見上げる。
「さ、帰ろっか」
「うん!」
いつも通りの道を
いつも通りの2人で歩く
いつも通り夜空には星が瞬き
いつも通り月は西の空を昇っていく
学校の七不思議を試しても
いつも通りの日常は変わらない―――