用意
エリューシオン聖王国の北方を東西に伸びるセルシオン山脈。
幾多もの山々が連なり、王国の大地を潤す3本の大河川の源流があるこの山脈の中腹に、王廟は存在する。
「ルナ、手筈は整っている?」
「はい、お嬢様〜。麓の町に宿と馬を手配しておきました〜」
王都からウィステリア公領まで馬車で4日間かけてたどり着いたのが3日前。
セルシオン山脈の麓中央部を治めるグレーディア伯領まで、更にここから馬車で4日間かかる。
グレーディア伯爵にはお父様から私が風光明媚な景色を見るためグレーディア伯領を訪れる旨を伝えて頂き、社交シーズンなため領地にはいないが、歓迎するとのお返事も頂いている。
「それと、こちらがお嬢様の男装用のお洋服です〜。靴もご用意してあります〜」
「すごいわ、ルナ! 本職の人が作ったみたい。これならけもの道も登れそうね」
禁足地である王廟周辺を管理しているのが、王廟へと続く山道の入り口にあるサークシェアラ神殿だ。
神殿に見咎められず山道に入ることは出来ないため、以前ソルが調査した際に使ったけもの道を登って山に入り、そこから山道に出る予定になっている。
「前世ではパンツスタイルも当たり前だったけれど、今の感性だとやはり足の形が露わになるのは恥ずかしいわね……」
「お嬢様なら何を着てもお似合いになるから大丈夫ですよ〜。ね〜、ソル?」
得意げな笑顔で私に洋服を披露していたルナがくるりと後ろを振り向き、弟に尋ねる。
否定の言葉など返って来ないことを知っていて。
「あし、おじょうさまのあし、あらわ……えっ? えっ! はい! もちろんです! お嬢様はこの世で1番お美しいです!」
なぜか顔を真っ赤にしながら口元に手を当て何事かを呟いていたソルが、姉の唐突な質問に拳を握って答える。
うんうんと首を縦に振るルナ。
ふたりとも相変わらず私贔屓が激しいわね。
「ふふっ、ありがとう。後は、私が山を登りきれるかどうか、ね」
王廟へ行くと決めてから半年間、散歩や乗馬をして体力をつけたり、腹筋や背筋を鍛えたり、ストレッチをしたりとトレーニングを重ねて来た。
しかし、前世では寝たきりだったし、今生では深窓の令嬢だし、山登りなどしたことない。
「疲れたら俺がお嬢様背負いますから大丈夫ですよ!」
私のついたため息を拾い、ソルが胸を張る。
ソルの身長は私とさほど変わらない。
しかし、ソルの身体能力は大人の騎士にも劣らない。
私のそばにいるために、それだけの鍛錬を積んだのだ。
「ええ、頼りにしてるわ。それでは明日、出発しましょう」
ふたつ返事をするルナとソルから視線を外し、私は窓から自分の瞳と同じ紫水色の空を見上げる。
この空は殿下の元まで続いているのよね。
どうか殿下が健やかであられますように……




