最後の呼びかけ
エトワール学園での建国祭から帰宅すると、お父様とお母様、そして5歳離れた弟のラルクが私を迎えてくれた。
婚約破棄の知らせは既に届いていたのだろう。
お父様は複雑そうな顔を、お母様は泣きそうな顔を、ラルクは怒ったような顔をしている。
「ただいま帰りました。この度は私が至らぬばかりに、ウィステリア公爵家の家名に傷をつけてしまい、誠に申し訳ございません」
「アイリス、お前のせいではない。聖乙女が顕現なされたのだ。殿下が我が国のために下されたご決断だ」
「そうよ、アイリス。あなたは何も悪くないわ。ただ……」
お母様が言葉を詰まらせる。
「ありがとうございます、お父様、お母様。ですが、婚約破棄された以上、私に嫁ぎ先はありません。私は、エトワール学園を卒業後、修道院に入ります」
「姉上が、可哀想だ!」
ラルクの真っ直ぐな言葉に、私は口元に小さな笑みを作る。
幼い頃から私を慕い、どこへ行くにもついて来た可愛い弟。
気がつけば大きくなり、ウィステリア公爵家の継嗣として優れた才覚を示すようになった。
この子がいれば、ウィステリア公爵家は大丈夫。
「ありがとう、ラルク。お父様、お母様、私はしばらく領地で過ごしたく思います。今はまだエトワール学園で皆様の前に顔を出すことが忍びなくて……」
このまま王都の屋敷とエトワール学園を往復していたのでは、王廟に行く時間も作れない。
ウィステリア公爵家の領地は王都の北方にあり、王廟に近い。
婚約破棄に傷ついた心を癒すという名目で領地へ戻っても、違和感は無いだろう。
「そうだな。王都にはいづらかろう。しばらく領地で静養するといい」
「はい、お父様。今日はもう部屋で休ませて頂き、明日早速領地へ発とうと思います」
その後2、3言葉を交わし、私は部屋に戻った。
ドレスを脱ぎ、入浴し、ベッドに横たわる。
「ふっ……ぅっぅっ……」
ひとりっきりの暗い部屋。
それでも私は声を殺して泣いた。
この1年、足掻いて足掻いて、悩んで苦しんで。
なんで、なんで私だけがこんなに辛い想いをしなくてはならないの?
初恋だったし、一目惚れだった。
ずっとずっと愛していた。
今でも愛している。
隣に立つのにふさわしい女性でいようと、どれほどの努力を重ねたことか……
リディアが何を頑張ったというの?
思うがままに振る舞っただけ。
ただ聖乙女に選ばれただけ。
それなのにリディアは愛を手に入れ、これから先も生きていける。
「リディアなんか、大嫌い!」
口に出せば、私の醜さが浮き彫りになる。
これは単なる嫉妬だと、理性が告げる。
あの方とリディアが近づくのを邪魔したかった。
聖乙女が必要なら、あの方以外と結ばれて欲しかった。
死にたくない。
また死ぬのは嫌だ。
怖くて怖くてたまらない。
あのだんだん冷たくなっていく感覚。
世界から少しずつ切り離されていく恐怖。
それが誰より分かるから、誰にも押し付けられない。
ましてあの方には決して感じて欲しくない。
「カーティス様……」
今夜が最後。
お名前を口にするのは、今夜が最後。
そうしないと胸が痛くて耐えられないから。
明日から生きるためにまた頑張るから。
今夜だけは名前を呼んで、泣かせて欲しい……