空白の1年
「お嬢様、こちらが王廟周辺の調査結果です! 王廟の東西南北には、それぞれ紋様の描かれた石版が隠されていました!」
任務をやり遂げた達成感に目を輝かせながら、ソルが私に紙束を差し出す。
「ありがとう、ソル。魔王が封印された地は、やはり王廟のようね」
かつて光の勇者と聖乙女によって封印された魔王。
魔王の残虐性を示す文言は数多くあるものの、魔王誕生と魔王封印に関する情報はほとんどない。
意図的に隠されているのかしら?
「そうですね〜。お嬢様の前世でのお話をお伺いしますと、魔王城が現れる場所は王廟の辺りですからね〜」
私の言葉にうなずきながら、ルナが手際良くティーテーブルに紅茶と茶菓子を用意し始めた。
のんびりした口調とてきぱきした行動のリズムが合わない。
「紋様に描かれた古代語を解読すると、石版は東には風の、西には地の、南には火の、北には水の精霊の力を集積するもののようです!」
専門の学者でもないのに古代語を解読し、禁足地である王廟周辺を誰にも見咎められず調査する14歳の護衛。
末恐ろしい子……
「精霊王様のルートでは、精霊王様が姿を消してから魔王が現れるわ。第2部では精霊術が使えなくなったという話もあるし、どうやら精霊が鍵のようね」
私は瞼を閉じ、思考を巡らす。
リディアが精霊王様と出会った場所へ行っても、私では何も起きなかったのよね。
精霊術師たちから精霊に話を聞いて貰っても、精霊王様のことは絶対に教えてくれなかったし。
文献は調べ尽くした、精霊方面からのアプローチは失敗に終わった、後残った方法はーー
「何とかして王廟の中に入れないかしら?」
瞳を開くと、私の呟きに目を大きく見開いたルナとソルの顔が見えた。
「えっと、お嬢様〜? 念のためお聞きしますけど、何のためですか〜?」
「魔王に会うために?」
「反対反対反対反対反対!!!!!」
青ざめた顔をして問いかけたルナに答えると、ソルが顔を真っ赤にして叫び声を上げた。
「もう他に調べる手が無いんですもの。第2部オープニングのときに現れた魔王は、確か聖乙女の顔を見に来ただけだって言っていたのよ。恐らく、そのときはまだ争うつもりはなかったはずだわ」
「でもお嬢様、そのときお亡くなりになるのでしょう〜?」
「ええ。けれどそれは、斬りかかったカーティス様が魔王に反撃されたのを庇ったからだわ。こちらから攻撃しなければ、話し合う余地があるかもしれない」
「やっぱり俺がそのときお嬢様の代わりに殿下をお守りしますから、お嬢様はその日お留守番しましょう! ね!」
ルナとソルが私の膝にしがみついて必死で訴えてくる。
涙で潤む青と赤の双眸。
「もし私以外の誰かがカーティス様を庇って失敗したら? 私なら確実にカーティス様をお守り出来るのよ。そういうイベントですもの。それにソル、私はあなただけを犠牲にもしたくないわ」
私はルナの青い髪とソルの赤い髪を撫でながら、静かに語りかけた。
「このまま手をこまねいていれば、私は死ぬでしょう。リディアが聖乙女として覚醒すること、カーティス様をお守りすることは外せないわ。その要件を満たして生き残るためには、第1部のエンディングを何事もなく終わらせること、第2部のオープニングが始まる前に行動することが必要よ」
不思議なことに、エンディングとオープニングの間は1年空いていることだし、ね。
王廟の中に入っても魔王がいるとは限らないけれど、何か手掛かりがあるかもしれないわ。
「ルナ、ソル、ついて来てくれるでしょう? 私、行きたいの」
言外に、生きたいという想いを込めて。
ずるい聞き方なのは分かってる。
ルナとソルまで危険にさらす。
それでもーー
「「はい、お嬢様」」
ふたりはためらわずうなずいた。