初恋
私が初めて殿下にお会いしたのは、12年前、私も殿下も4歳のときだった。
春の柔らかな日差しが殿下の黄蜜色の髪と深紺の瞳をきらきらと輝かせていて、私は思わずその眩しさに目を瞬かせた。
優美な王妃様そっくりの繊細な顔立ち。
その端正なお顔に無邪気な笑みを浮かべて私を見る殿下に、私は初めて恋というものを知った。
「でも、カーティス様は少しずつあのように笑うことが少なくなっていかれたのよね……」
第1王子としての誇り。
そして、王家としては約100年ぶりに神聖術の使い手となったが故に、光の勇者の再来と謳われることへの重圧。
「カーティス様は、周囲の期待に応えようと必死で努力なさった。カーティス様を支えようと、私も精一杯頑張って来たのだけれど……」
それは、却って私と殿下との心の距離を遠ざけた。
私が未来の王妃らしくあろうとすればするほど、私は殿下にカーティス・ノーリッシュというひとりの男性ではなく、エリューシオン聖王国の未来の国王としての振る舞いを求めざるを得なかった。
「でも、リディアは違う……15歳でアナトリア家に引き取られ、16歳でエトワール学園に編入したリディアは、貴族としての枠組みに囚われてはいない。それは、ノブレス・オブリージュの精神からは外れていても、恋愛としては正しかったのでしょう」
初めて殿下とリディアが出会ったあのときから半年。
殿下は、リディアの前では飾らない笑顔を良くお見せするようになった。
その度に傷つく心の求めるまま、殿下からリディアを遠ざけようと何度思ったことか……
私は膝の上に置かれた書物の表紙を震える指先でなぞる。
「結局、魔王が復活する要因は何も分かりませんでしたわ」
学園の講義と王妃教育の合間を縫い、魔王に関する数多の書籍を読み、幾人もの学者から話を聞く日々。
手掛かりは何も得られず、私は殿下を失う悲しみと自分の命を喪う恐怖に怯えていた。
「もう、リディアのカーティス様ルートは固定されてしまいましたわ。そして、後1年と半年後の春、第2部のオープニングで私はカーティス様を庇って魔王によって殺される……」
前世の私が生きたいと願いながら病魔に負けたのは、18歳の春。
その願いは、尚変わらない。
「今生でも同じ年齢で死にたくはありませんの!」
私は、椅子からすくっと立ち上がると姿見の前まで歩く。
黒髪の美しい少女が、紫水色の瞳に強い光を宿して私を見つめる。
私が頬に手を当てると、鏡の中の少女もその薔薇色の頬に手を当てる。
ずっと欲しかった健康な身体。
「初恋はまた叶いませんでしたが、生きることだけは諦めませんわ!」