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婚約破棄からの死亡フラグを折るために  作者: 焔姫
第8章〜王都ーー第7章の裏側で〜
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交渉

 レギオス帝国皇帝シリウス・ユースティティアと友達になった翌日、私はお父様の居室をノックした。

 エリューシオン聖王国の外務大臣として多忙を極めるお父様は、予め約束を取り付けないと家族といえどゆっくり会うこともままならない。

 私は、帝城へ侵入する1週間前に今夜時間を作って頂くようお願いしていた。


「入りなさい」


「お父様、ご機嫌よう。今夜はお時間作って頂き、ありがとうございます」


「アイリス、今日も月夜の妖精のように美しいね。お前のためならいつだって時間を空けよう。さぁ、お座り。お前がふたりきりで話したいなんて初めてだね」


 お父様は、私と同じ紫水色の瞳を和ませて向かいのソファを勧める。

 ダークブロンドの柔らかなウェーブがかった髪と穏やかな顔立ちは、弟のラルクに受け継がれた。

 しかし、優しそうな見た目に反し、お父様の実務能力は非常に高い。

 だからこそ、この戦乱の世で外務大臣を務めているのだ。


「私、お父様に秘密を打ち明けようと思いますの」


「秘密? 王廟へ行った理由かい? それともときどきこつぜんと姿を消すときの行き先かい?」


 ば、ばれてますわ⁉︎

 流石、お父様……

 それでも何も言わず私の好きにさせて下さっていたのは、愛情からでしょうか?


「殿下に婚約破棄されたお前を自由にさせていたのは、それでお前の気が済むならと思っていたからだよ。お前もラルクも私の可愛い宝物だ。殿下に婚約破棄されて泣くお前の声を聞いて、どれほど私が心を痛めたことか。いっそクーデターでも起こそうかと思うほどだったよ」


 私の表情から疑問を読み取って説明したお父様が、さらりと茶目っ気たっぷりに怖いことを言う。

 我がウィステリア公爵家はお祖父様が先代の国王陛下の弟で、現王太后様がお祖母様の妹という王家の血を継ぐ一族だ。

 つまり、お父様と国王陛下は濃い従兄弟同士ということになる。

 お父様の王位継承権は殿下、お祖父様に次いで第3位、ラルクは第4位だ。

 王妃様が他国の生まれのため、王家の血の薄まりを王太后様が嫌がった結果、殿下と私の婚約がなったという経緯があった。

 リディアが聖乙女でなければ王太后様は絶対納得しなかったし、今でも折に触れて側妃という話をさりげなぁく出される。


「お父様ったら。陛下と親友であらせられるのに、酷いこと言いますのね。陛下がまたお泣きになられますわよ?」


「王妃と結婚出来ないなら国王なんてやめてやるって泣いてたしな。何かあると私や宰相にすぐ泣きつくのは、学園時代から変わらない。今回の婚約破棄も泣いて謝っていたぞ? ところで、アイリス、話ってなんだい?」


 楽しそうに思い出話をし、紅茶を口に含むお父様。

 私は、さりげなくお父様の正面を避けて立ち上がり、布巾を手に取る。


「私、魔王を召喚しましたの」


 紅茶が霧になった。


「けほっ、ごほっ、あ、アイリス? もう1度言ってくれるか? 魔王を? 何だって?」


「はい、お父様。私、魔王を召喚しましたの」


 お父様に布巾を手渡し、私はお父様の顔が良く見える席に戻る。


「お父様は、私が昨年間、建国の歴史や光の勇者と聖乙女の英雄譚など色々調べていたのはご存知でしょう? 王廟に入ったのも、魔王に会うためですわ。そうして私、王廟にある魔王召喚陣で魔王を召喚することが出来ましたの」


「アイリス、魔王を召喚してどうしたんだい⁉︎ 魔王は今どこで何をしている⁉︎」


 激しく動揺していても、私に怒鳴るのではなく、即対策を講じるための質問をなさるお父様はやはり理性的な人間ですわね。


「お父様、ご安心下さい。魔王は、世界を滅ぼそうなどと考えていませんわ。私は、魔王にお願いしましたの。私をおそばに置いて下さい、と。魔王はご承知下さいましたわ。現在魔王は、魔界の魔王城においでです。私は時折魔王に頂いた指輪で魔王城へ赴いております。私、魔王から加護も受けましたのよ。ですから私、神魔術師になりましたの」


「少し待ちなさい」


 お父様がぶるぶる震えながら残りの紅茶を飲み干す。

 そして、かつてないほど厳しい顔で私を見た。


「まず、お前は魔王を召喚した。魔王を召喚して、そばに置いて貰うよう頼んだ。魔王は承知した。そうだね?」


「はい、お父様」


「殿下の婚約破棄は、魔王の妃になるほど辛かったのかい⁉︎ 魔王の妃になるくらいなら他国の王でも王子でも幾らでもいるんだからそっちを選ぼうよ! 婚約破棄されようとお前なら選り取り見取りだったのに!」


「お、お父様⁉︎ 私、魔王の妃にはなっていませんわ! ーー私ではなれませんわ……魔王はお優しい方ですけれど、人間はお嫌いですもの。私がお願いしたからおそばに置いて下さるだけで……」


 お父様が喚いた言葉を私は赤くなって否定した。

 けれど、その否定の言葉に傷つき、じんわりと目頭が熱くなる。

 お父様はそんな私を見て、悲しそうな目をして問いかけた。


「アイリス……お前……いや、まだ何も言うまい。続けるよ? 魔王は、世界を滅ぼす気はないと言ったな? 確かなのか? お前が騙されているのではなく?」


「魔王はそのような方ではありませんわ‼︎ お優しい方なんです‼︎」


「ふむ……真偽は分からないが、少なくとも異変の兆候を感じるような報告書は届いていない。しかし、600年前、魔王は世界を滅ぼしかけた。これは事実だ。今回もいずれそうしないとは限らない。アイリス、お前の言う優しいは何の根拠にもならないのだよ。それは単なるお前の感情論だ」


 お父様の突き放す言葉に、私は唇をきつく結ぶ。

 お父様は正しい。


「幸い聖乙女が顕現した。何か事が起きる前に、再封印するのがいいだろう」


 ランティス様を封印なんてさせない!

 熱くなりそうな気持ちを私は抑える。

 ここで私が国をも滅ぼせる神魔術師としての力をもって抵抗する姿勢を見せたら、交渉の余地は無くなる。

 それではだめ!


「いいえ、お父様。それは出来ません」


「出来ない? それはどういう意味だい、アイリス?」


 利益を示さなければならない。

 相手が何を求めているのか。

 お父様の望みは平和。

 穏やかで豊かな暮らしが続き、国が富むこと。

 それなら、平和を守るためにランティス様が必要だと思って頂かなくては。


「お父様、魔界に住む者たちは、瘴気という災いに苦しめられていますの。その災いは、人々が戦争することによってもたらされます。そのため、魔王は人の世が平和であることを望んでいます」


 人間は利益によって人間が動くと考える。

 だからまず、魔王にとっても戦争は不利益、平和は利益なのだと説明する。


「今、レギオス帝国が大陸制覇を狙って西へと手を伸ばしています。いずれその戦火は王国にも及び、かつてないほどの戦争が起きます。魔王はそれを望みません」


 嘘ではない。

 私が辛そうなランティス様のために皇帝と会って戦争を止めると言い出した、という過程説明を飛ばしただけだ。

 だから、観察力に長けたお父様にも私が真実を述べていることが伝わる。

 魔王は平和を望んでいる、と。


「そのため、魔王は私に加護を与えて神魔術師にし、私と皇帝が話し合えるようにして下さいました。私は昨日、帝城に侵入し、皇帝に会いました」


「魔王の次は皇帝⁉︎ どうしてうちの娘はこう向こう見ずなんだろ? ルナやソルのときだって、奴隷商人のところに飛び込んで行ったしな……もう! それで、皇帝と何を話したんだい?」


「はい、私が魔王召喚者であること。神魔術師として強力な力を持っていることを示しました。そして、戦争を止めたら友達になって差し上げますと申しましたの。だから、私、皇帝と友達になりましたわ」


 お父様がぷるぷるしている。

 紅茶を淹れ直して差し上げようかしら?


「すーはー……アイリス、それで皇帝が本当に戦争を止めると思うのかい?」


「いいえ、お父様。思いません。しばらくは私の神魔術師としての力を警戒して様子を見るでしょう。懐柔出来そうなら取り込みたいはず。その余地があると思わせるために友達になりましたもの」


「なるほど。だが、お前はそれをかわすのだろう? ならば、お前は帝国の敵となる」


「はい。ですが、私と直接敵対する力は帝国にはありません。私に対峙できるのは聖乙女だけ。帝国は、私と王国が敵対するよう仕向けるはずです。私が抵抗すれば、国力を削ぐことが出来ます」


「そうだな。けれど、お前は民が苦しむのを望まない子だ。抵抗などしまい。例えお前が逃げようと、王廟にある魔王召喚陣を再封印すれば良いだけだ」


 お父様は、魔王を召喚した私でも、変わらず私が民を傷つけないと信じて下さっているのね。


「はい。私はその場合、魔王と共に魔界へ封印されるつもりです」


 お父様が悲痛な顔をする。

 良かった……

 お父様はまだ私を愛して下さっている。


「ですが、帝国は私が無抵抗であることを知りません。私をよく知る王家でさえも、私を疑うはずです。なぜなら、魔王を召喚してしまったのですから! 殿下から婚約を破棄された復讐、と捉えるかもしれません。お父様だからですわ。私を信じて下さるのは」


 お父様が悲しそうに寂しそうに、そして嬉しそうに微笑んだ。


「お前を愛しているからね」


「お父様……ありがとうございます。私もお父様が大好きですわ。ーー帝国は、王家が内々に私を処理しないように、王家に連なるウィステリア公爵家から魔王崇拝者、魔王を召喚した魔女が出た、とまず噂を広めるのではないでしょうか。そして、人前で私を派手に攻撃し、私がそれを防ぐことで、私の正体を国中に知らしめようとするはずです」


「そうだな。確かに王家に連なるお前が魔王を召喚したとなれば、我がウィステリア公爵家のみならず王家の責任も追求可能だ。しかし、王家の免責は容易い。その方法は、アイリス、お前が1番分かるはずだよ?」


「はい、お父様。聖乙女に魔王を封印させ、我がウィステリア公爵家を取り潰し、殿下と聖乙女を結婚させれば、建国英雄譚の再現として王家の威信は却って揺るぎないものとなるでしょう」


 私はお父様から視線を逸らさず、淡々と答えを述べた。


「その通りだ。他国にお前の存在が知られた以上、いずれ我が家は一族郎党処刑される」


「いいえ、お父様。そうはなりません。帝国が私にたどり着く前に、私は死にます」


「! ーーはっ⁉︎ アイリス、お前はウィステリアの名を捨てるつもりか?」


 お父様が目を剥いた後、正解を導き出す。


「はい、お父様。私は死んだことにして下さいませ。私によく似た人形を作りましょう。万が一墓が暴かれても良いよう、朽ち果てる人形を作ります。私は姿を隠します。これで私と王国が敵対する道は潰えます。例え皇帝が魔王が王国にいると声高に訴えても、魔王は何もしないため実在の証明は不可能です。人々は恐怖から目を背けるもの。目に見えない脅威を知覚することは拒むでしょう」


 エリューシオン聖王国とウィステリア公爵家の最大の弱点は、アイリス・ウィステリアが魔王召喚者として存在しているというこの1点なのだ。


「アイリス・ウィステリアが死ぬのは、皇帝が私の正体に気づいてからが良いですわ。その方が皇帝に私の優位性を示せますもの」


「死体が偽物なのか、お前の姿が偽物なのか。死体が偽物だと分かっても、それを証明する手立てはない。裏工作でもお前に勝てないと思わせたいのだな? だが、密かに王家に魔王が召喚されたことを伝えることは出来る。それは、調べれば分かるのではないかい?」


 聖乙女ならば、私が消した痕跡も辿れるでしょう。


「ええ、そう思います。魔王召喚者が私であることも分かるはずです。ですが、王家はウィステリア公爵家の家名が守られるのであれば、私の正体は秘匿するでしょう。それだけの価値をウィステリア公爵家は代々示して来ました。そして、魔王を再び封印しようとする。ですから、私は私を恐れる王家と取り引きがしたいのです」


「取り引き?」


「はい。魔王は瘴気を防ぐため、人間同士が争わないことを望んでいます。ですから、もし魔王を再び封印しないと約束して頂けるなら、私は帝国の抑止力として働きます。ですが、それを認められないと仰るなら、私は自分を守るために聖乙女に対し抗いましょう。その隙に帝国が進軍して来るならば、帝国軍の味方をもします。私を味方につけるか、敵にまわすかどちらが良いか、と。お父様には効かない脅しですわ。ですが、王家とならこの条件でも取り引き出来るのではないでしょうか?」


「それが、お前の言う魔王を再封印出来ない理由、だな?」


「はい、お父様」


 お父様の愛情に甘えた理由だと分かっている。

 例え、王家がこの条件を飲み、ウィステリア公爵家の存続が叶っても、王家とウィステリア公爵家との間には溝が出来るだろう。

 王家には、婚約破棄によって私の体面を傷つけたことや私が殿下とリディアを更生させたことに対する貸しがある。

 しかし、魔王の封印が解けている事実はあまりにも大きい。


「王家は恐ろしい秘密を抱えることになるな……」


「はい。ですが、私が死ねば魔王は人の世に出て来られなくなります。そして、魔王召喚陣は後100年足らずで浄化され消えます。その期間はむしろ王国と帝国が平和的な関係を築くのに必要な時間ではないでしょうか?」


 精霊が存在し続ければ、という制約はありますが……

 そこは伏せておきましょう。


「分かった。それがお前を失わない唯一の方法ならそうしよう。そうだな……アイリス、どうせなら陛下のところへも忍び込んで行ったらいい。私もその日は王城の部屋にいるから、陛下が泣いたら呼びに来なさい。宰相には私から根回ししておこう」


「はい、お父様!」

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