願望
「アイリス、待たせたか?」
「いいえ、ランティス様。お気遣いありがとうございます」
ウィキニアは既に去り、私はランティス様をお辞儀しながら出迎える。
そして、シリウスに貰った茶葉で緑茶を淹れた。
時々こうしてランティス様へ手ずからお茶を淹れるのは、私にとって安らぎの時間だ。
「アイリス、おいで。そなたの策はどのように進んだ?」
ランティス様が私を差し招く。
隣に座り、私はランティス様を見上げた。
サンダルウッドのように爽やかで深く甘い香り。
ランティス様が私の髪に指を滑らせる感触が好きで、私は魔王城に来るときは結い上げるのを止めた。
「はい、ランティス様。皇帝は、この1ヶ月不戦の約束を守っていますわ。側近も紹介されました。諜報暗殺部隊を率いる黒狼王と顔を合わせましたから、近い内に私がウィステリア公爵家第1女であることは調べられると思います。また、私がランティス様を召喚し、加護を得て神魔術師となったことを話しました。恐らく、聖乙女が次の鍵となると思います。ランティス様を召喚した責をエリューシオン聖王国に問い、私を討つよう注意を向け、その隙に国境を越えて来るかもしれません。現在、王国と帝国の間の国々を戦争ではなく外交で切り崩しているのではないでしょうか?」
「そなたを討てるような人間はいまいが、聖乙女の祈りでそなたの防御結界は破られるやもしれん。どうするつもりだ? アイリス、そなたが死なねばならないのであれば、俺は王国も帝国も滅ぼすぞ?」
酷く恐ろしい言葉なのに、私はその甘やかさに酔いしれる。
ランティス様は私をとても大事に扱って下さる。
それは、愛というには儚いけれど……
「いいえ、ランティス様。死なねばならないのです」
ランティス様の私の髪を梳く手が止まる。
「だめだ。許さぬ。アイリス、そなたは私のそばにいると言った。これは契約だ。そなたが俺のそばを離れると言うなら、そなたをこの城に閉じ込めよう」
私はランティス様の手を取り、私の頬に当てた。
ひんやりとした手が赤らむ頬に心地良い。
いつからだろう?
私が殿下のことを想わなくなったのは……
きっとあの日、ランティス様と共に竜を殺した日だ。
いえ、もっと前?
ランティス様が私を振り向いてくれたとき?
いえ、ランティス様が教えてくれたとき?
それとも、ランティス様が泣いている私を慰めてくれたとき?
もしかしたら、ランティス様の笑顔を初めて見たとき?
婚約破棄された後、殿下と会うのが怖かった。
エトワール学園に復学して殿下に再会して、びっくりした。
もう苦しくなかった。
もう悲しくなかった。
私の心にはランティス様がいるから。
ゲームの中で私は殿下のために死ねた。
前世の記憶を取り戻したときも、万が一のときは、と思っていた。
でももう殿下のために死ねない。
私はランティス様と生きたいから。
「ランティス様、死ぬのはアイリス・ウィステリア公爵令嬢です。アイリスは、ランティス様のおそばにいます」
優しい優しいランティス様を、私も少しずつ愛し始めている。
願わくば、ランティス様に愛される私になれますように。




