眷属
「アイリス、お前の神魔術師としての力は、最早人間の術師では敵わないだろう」
「え? そうなのですか? 私まだ3ヶ月ほどしか鍛錬しておりませんが……」
私は驚いてティーカップを置き、インペンティス様を見る。
「まず、力の性質が違うのだ。神聖術は4大神、精霊術は精霊、魔術は魔族の力を借りる術式だ。だから、人の世では神の力を借りる神聖術が最も強い。神魔術は、その神聖術に並ぶ術式だ。陛下のお力をお借りするのだから当然だろう」
「その神魔術を、陛下のお力が最も満ちた魔界で命がけで鍛えましたからね。習熟速度が早いのも自明の理というものです」
インペンティス様の補足をするディフェンシオ様の命がけという言葉に、私の脳裏を走馬灯がよぎった。
ルナもソルも巻き込んだ鍛錬の数々。
火の海に閉じ込められたり、魔物をけしかけられたり、砂漠で針を探させられたり……
インペンティス様もディフェンシオ様も私たちの命を酷く軽く扱う。
けれど、おふたりともどうやら私たちのことをそれほどお嫌いではないようなのよね。
持参した紅茶とチョコレートケーキを嗜むおふたりを見て、私は紅茶を一口含んだ。
「しかも陛下はアイリスに甘いからさぁ、想像を創造する力っていう形で術が発動出来るようにしたじゃん? これって人間が術を扱う方法じゃなくてさ、人外の能力発動方法に近いんだよねぇ。俺たちが息をするように能力を使うのと一緒で、アイリスは無詠唱で何の道具も陣もなく神魔術を行使できちゃうわけ。それで上達速度が遅かったら、アイリスはただの馬鹿でしょ?」
反面、ウィキニアは私のことが明らかに嫌いだ。
しかし、私はにやにやするウィキニアを無視し、ティーカップで口元を隠しながら上目遣いにランティス様を見た。
私に甘いというウィキニアの言葉にそっぽを向いたランティス様に、私の胸がほんわりする。
私の視線に気づいたランティス様が私を見て、金色の瞳を優しく和ませた。
私も微笑み返すと、ランティス様が私の名を呼ぶ。
「アイリス」
「はい、ランティス様」
「この者らの言う通り、そなたの力は帝城に忍び込むに足りるだろう。しかし、そなたひとりでは心許ない。後ろの2人を眷属にして連れて行ってはどうか?」
「なります〜」「なります!」
「ルナ⁉︎ ソル⁉︎ 眷属が何かも聞かない内から即答しないの! ランティス様、眷属とはどのようなものなのでしょうか?」
私は左右から身を乗り出すルナとソルを叱ると、ランティス様に問いかけた。
「そなたが死ねば死ぬ。しかし、そなたが生きている間は、そなたから神魔力の供給を受け特殊な力を使うことが出来る。どのような力が付与されるかは、本人の資質次第だな。1度眷属となれば、2度と普通の人間には戻れない」
漆黒の長靴に包んだ長い足をゆったりと組み、ランティス様が肘掛けにもたれる。
私は即座に首を振り、唇を開いた。
「では、眷属にします」
「へ〜、アイリスはふたりの人間が自分のせいで死ぬの平気なんだぁ〜。しかも、人間辞めさせるんだね」
ウィキニアが私を虫けらを見るような目でみる。
インペンティス様もディフェンシオ様も私の答えが予想外だったのか、興味深そうに瞬いた。
「ウィキニア、私はルナもソルも信頼しておりますの。ふたりは、私が死地に赴こうともついて参りますわ。ですから、ルナとソルに力を与えられるのであれば、生き延びるために与えましょう。例え人間では無くなったとしても、ふたりは私と共にあることを望むでしょうし、私はルナとソルが人間か人間ではないかを気にしませんわ。私はふたりの命の責を負って、生きましょう」
「流石お嬢様です〜。私たちのことを理解して下さっていて嬉しいです〜。元々お嬢様がお亡くなりになられたら、私たち殉死するつもりですから、眷属になることでお役に立てるなら本望です〜」
「お嬢様のおそばにお仕えすることが俺たちの生き甲斐です! この命はとうにお嬢様に捧げたもの! 人間ではなくなろうと構いません!」
私の傲慢ともいえる発言に、ルナとソルが嬉しそうに追随する。
対等な関係が尊ばれた前世とは違う。
今生の私とふたりの間で結ばれた主従関係において、ルナもソルも従者として私に全てを捧げることを誇りとしている。
ですから、私は主人としてふたりの全てを負わなければいけませんし、ふたりの忠誠を信頼しなければいけませんの。
「ランティス様、ルナとソルを眷属にするにはどうしたら良いのでしょうか?」
「神魔術で杯を作り、杯をそなたの血で満たせ。それをふたりが飲めば、眷属となろう」
失血死しない程度の量を注げる器ですわよね?
私はランティス様の説明を聞き、ティーカップほどの杯を作る。
そして、神魔力で血管に流れる血を直接杯に転移させた。
「ぷはっ、面白いな、アイリス。色々台無しにした感あるよ!」
「お前な……こういうときは手のひらを短剣で斬って血を注ぐものだろ」
「知りませんわ、そのような様式美。痛いのは嫌なんですもの」
笑うウィキニアと呆れるインペンティス様に私はふてくされて反論する。
「私も自分の肌に傷をつけるのは嫌ですね」
宰相かつ人形使いのディフェンシオ様は、後衛職なだけあって私に同意した。
「アイリス、ふたりに杯を渡せ。苦しみのたうち回るが、治癒魔術をかけるな」
ランティス様の命に、ルナとソルが背もたれを回って私の前にひざまずく。
まだあどけなさが残るものの、蕾のような美しさを感じさせるふたりを見下ろし、私は紅で満たされた闇色の杯を差し出した。
覚悟を瞳に湛え、一息に飲み干すルナとソル。
「かっ……はっ‼︎ ぐっっっ!」
「あ゛あ゛‼︎ ぅっうっつぅ……!」
「ルナ! ソル!」
床の上で、胸の辺りを握り締め、苦悶の呻き声を出すふたりに何も出来ず、私はきつくきつく拳を握る。
どれほどの時が経ったのか。
次第に整い始めるルナとソルの呼吸。
やがて、ふたりはゆっくりと身体を起こした。
「ルナ! ソル! どこか苦しいところは無い? 痛いところは?」
「いえ、ありません! でも、特にどこも変わったようなところは無いのですが……」
「私もです〜。ーーはっ⁉︎ お嬢様、お手を怪我しておいでです〜」
ルナの指摘に固く握り過ぎて硬直していた拳を開くと、爪が深く食い込み、血が流れていた。
「アイリス、手を貸せ」
治療しようとしたところ、ランティス様にそう言われたため、私は素直にランティス様の元まで歩み寄ると手を差し出す。
「すぅぐそうやって陛下はアイリスを甘やかすんだから」
肩をすくめるウィキニアをランティス様は一瞥し、ふっと笑ってみせた。
「ソル、お前、俺と来い。剣を交えれば、どのような力か分かるかもしれん」
インペンティス様の呼びかけに、ソルが私に目線で許可を求めたため、ひとつうなずく。
インペンティス様はソルを新しいおもちゃかのように気に入っていて、時折稽古をつけている。
強くなったであろうソルに、興味津々なのでしょうね。
「はい、よろしくお願いします! お嬢様、行って参ります!」
嬉々としてインペンティス様はソルを連れて出て行った。
「仕方ありませんね……それでは、ルナ、あなたは私が見ましょう」
「はい、ディフェンシオ様〜。よろしくお願い申し上げます〜」
ディフェンシオ様がルナを差し招く。
ルナはソルのような戦闘タイプではありませんが、細かい作業が得意なので、その方向で探って下さるのかもしれないわね。
ディフェンシオ様に続いて、ルナも一礼して部屋を出て行った。
「さてと、それじゃぁ、俺は仕事に戻るよ。陛下、アイリスとごゆっくり」
手をひらひらさせながらウィキニアが去る。
「アイリス、おいで」
すっかり傷の癒えた手を引き、ランティス様が私を隣に座らせる。
神魔力を流していないはずなのに、握られた手が熱い。
私の髪を梳くランティス様の指。
その微睡むような気持ち良さに、私はうっとりと瞼を閉じた。
そしてーー
そのまま眠りに落ちてしまった。




