鍛錬(2)
その3:神魔力をコントロールする。
本日の担当は、ディフェンシオ様。
ランティス様はまたお仕事中だ。
けれど、情報収集の合間を縫って、ルナが付き添ってくれている。
「ディフェンシオ様、いかがですか?」
空と湖のダイビングを経て、ひとまず念じれば身の回りに神魔術を展開出来るようになった私。
最初は薄い皮膜のようなものだったが、今では私を中心に全方位1mほどまで広げられるようになった。
その防御結界をまとい、ディフェンシオ様の前でくるりと1回転する。
「不恰好ですね」
女性と見まごうばかりに線が細く、優美な佇まいのディフェンシオ様の言葉に、想定以上のダメージを受ける。
「ムラがありますし、歪です。力も弱い。物理衝撃をただ防ぐだけなら問題ありませんが、一流以上の剣士が斬ったらあなたごと裂けるでしょうし、他の術から干渉を受ければもろく砕けるでしょう。まずは、繊細に力を操れるようにしましょう」
「はい、ディフェンシオ様。よろしくご教授お願い申し上げます」
「では、人形遊びをしましょうか」
「人形遊び、ですか?」
ディフェンシオ様の水のカーテンのような髪がざわりと波立つと、表面が1本1本細い白糸のようになり、髪の中から等身大の人形が1体現れた。
金の巻き髪にピンクの瞳。
陶器の肌はほんのり色づいて。
フリルとレースが幾重にも重なった白いプリンセスドレスには、ピンクの薔薇飾りのアクセント。
ディフェンシオ様の髪がその人形をマリオネットのように動かすと、人形が優雅なカーテシーをする。
「なんて可愛らしい! この子を私が動かすんですの?」
「いいえ。壊れるから嫌です。アイリス嬢には、もう既に人形がいるでしょう? あなたはそれを使って下さい」
「え? 私、人形など持っておりませんが?」
ディフェンシオ様の言葉に小首を傾げると、ディフェンシオ様の人形が真っ直ぐ壁際で控えていたルナを指した。
「あら、これは私のことでしょうか〜?」
ルナがつつっと立ち位置を変えると、人形も指をすすっと横に動かす。
「やはり私のことのようですね〜。確かに私はお嬢様のものですから、人形と言われればそうですね〜。私がお嬢様の鍛錬のお役に立てるなら、喜んで務めさせて頂きます〜」
「良い忠誠心です。では、主のために働きなさい」
「ルナ! 何てことを言うの⁉︎ ディフェンシオ様! ルナは人形ではありませんわ!」
「いいえ、もう人形ですよ。ほら」
ディフェンシオ様が微笑まれた途端、ルナがとさっと音を立てて床に崩れ落ちた。
「ルナ!」
急いでルナを抱き起こすと、ルナが息をしていない。
「ルナ! ルナ! 嫌! 嘘! ルナ!!!!!」
「アイリス嬢は騒々しいですね。あなたも人形に出来たら愛でられるのですが……あなたは陛下のものですから仕方ありませんね。それでも少し黙っていて下さい」
ひくりと声が出せなくなる。
更に身体も一切動かない。
涙すら止まってしまった。
唯一動くふたつの眼で、私はルナを凝視する。
私の身体が浮いて、椅子に座らされても、ルナだけを見ていた。
ディフェンシオ様の言葉を聞くまでは。
「その娘は死んではおりません。人形にしただけです。魂はほら、ここにあります」
視線を向けると、ディフェンシオ様の人形が蒼く輝く珠を捧げ持っていた。
「アイリス嬢、その娘が自らの御魂を手に入れられれば、その娘は人間に戻ります。あなたはその娘を動かし、魂を取り戻すだけです。あなたが動こうとしたり、私の人形を動かそうとしたりしたら、この魂は壊してしまいますよ?」
私はディフェンシオ様を睨みつけると、ルナに目線を戻す。
手本は先程ディフェンシオ様が見せた。
私は、身体から神魔力をルナに向かって細く長く伸ばす。
不用意に動かせば、壊れる。
そっとそっと繊細なガラス細工に触れるように。
ごめんなさい、ルナ。
必ずあなたを助けるからね。
その4:神魔力の器を鍛える。
本日の担当は、インペンティス様。
ランティス様はまだお仕事中だ。
ルナのことがあったので断ったけれど、今日はソルが付いてきている。
「お前は、鈍い! 動体視力も運動神経も反射神経も皆無だ」
「はい……存じております……」
インペンティス様が冷たい眼差しで私を見下ろす。
瞳が3つあるため、冷ややかさは1.5倍増しだ。
インペンティス様の背後で、ソルがその通りと言わんばかりにうなずいている。
ひ、酷いですわ……
「体力も筋力も全く無い。弱過ぎて、なぜ生きていられるのか不思議なほどだ」
「そこまでですの⁉︎」
インペンティス様がため息をつく。
「お前では、攻撃に気がつく前に死ぬだろう。だから、お前は常に防御結界を張っている必要がある。いついかなるときでも結界を維持するためには、危機意識を常時鋭敏にしておかなければならない。だからーー」
「お嬢様!!!!!」
ぶわっとインペンティス様から感じる圧が膨れあがった。
鋭い声を上げ、ソルが走って来る。
私の目には止まらぬ速度でインペンティス様が抜刀し、振り向き様にソルに剣を振り下ろす。
ソルは、駆けて来る勢いそのままにインペンティス様の攻撃を刃でずらしてそらすと、更に私の元へと走り寄り、私を背に庇ってインペンティス様に剣を構えた。
それが、私にとって瞬きを数度する程度の時間で起きたことだった。
な、何も反応出来ませんでしたわ……
「ほぉ、加減したとはいえそれだけの傷で済むとは……人間にしては見込みがあるな」
インペンティス様の言葉にはっとしてソルのそばに行くと、ソルの利き腕が真っ赤に染まっていた。
「ソル! 待ってて、すぐ治すからね」
私は急いでソルの腕を取り、手をかざす。
傷が癒えるまでの経過をイメージ。
「⁉︎ 凄い! お嬢様、ありがとうございます!」
服が裂け、露出していた傷が綺麗に閉じる。
流れ出た血はもう雑菌がいるでしょうから、失血は仕方ないわね。
けれど、すっぱり切れている服なら元通りにくっつけられるのではないかしら?
その想像は容易く、願えば服も元通りに縫い合わさった。
後は、この血の汚れね。
洗濯機と乾燥機かしら?
前世での記憶を思い起こすと、血の染みも消えた。
「出来たわ! ソル、他にどこか痛いところはあるかしら?」
「服まで……お嬢様、素晴らしいです! もう大丈夫です!」
ソルが赤い瞳をきらきらさせて私を賞賛する。
腕を組み、私たちを見ていたインペンティス様が口を開いた。
「済んだか? アイリス、お前は俺の気を防御結界を張って防ぎ続けろ。結界が壊れれば、気に当てられて狂うか、ショック死する。だが、恐らくその前にその男がお前を守るために俺に斬りかかるだろう」
「もちろんです! 俺はお嬢様を守るために生きていますから!」
「次は手加減しない。アイリス、お前の防御結界が壊れたら、その男は死ぬと思え」
びくりと肩が震えた。
ソルが私の手を握る。
「お嬢様なら大丈夫ですよ!」
「え、ええ。ソル、あなたは私が守るからね」
目をぱちくりさせた後、満面の笑みを見せたソルのため、私はシャボン玉のように丸く美しい、けれど決して割れない結界を展開する。
「では、行くぞ!」
ーーこうして、私の神魔術の鍛錬はまだ続くのだった。




