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婚約破棄からの死亡フラグを折るために  作者: 焔姫
第6章〜準備〜
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鍛錬(1)

 ーー私の神魔術の鍛錬はまだ続いている。


その1:身体を神魔力に馴染ませる。


 正面に立つランティス様が、私に両手を差し出す。


「アイリス、俺の手のひらの上に手を置け。そこから俺の力をそなたに流す」


「はい、ランティス様」


 私の手よりひと回り大きくて、ひんやりとしているランティス様の手。

 上目遣いにそっと伺うと、ランティス様がかすかに口元を緩めた。

 いつもランティス様の微笑みには可愛らしさを覚える。

 端正なお顔立ちなのに、なぜかしら?

 不思議な気持ちを抱えながら私も顔を綻ばせると、ランティス様の低く穏やかな声に耳を傾けた。


「目を閉じよ、アイリス。集中し、身体を巡る力を感じるのだ」


 ランティス様の言われるがままに目をつむる。

 手のひらからじんわりと伝わり始める熱。

 それが腕、肩を通って全身へ広がり、まるで温水の中でたゆたっているような安らぎを感じる。

 ぽかぽかとした気持ち良さに、身体の力が抜けていく。

 そして、腰が砕けた。


「アイリス!」


 ランティス様がとっさに手を離し、私の腰を抱える。

 仰け反る私を、覆い被さるようにランティス様が支えている。

 吐息まで感じられる距離。

 ーーなんて美しいな目なのでしょう……

 黄金を溶かしたような瞳から目が離せない。

 ランティス様の双眸に吸い込まれていたのは一瞬か、永遠か。


「ーーも、申し訳、いえ、あの、ご、ごめんなさい」


 はっと我に返り、あたふたとランティス様の胸に手を当て離れようとするも、芯が消えた足は命令を受け入れてくれない。


「良い。ふむ、立ったままでは危険だな」


 ランティス様が私の膝裏に腕を差し込むと、そのまま横抱きにする。

 そして、軽々と私をソファまで運ぶと、その隣に腰かけた。

 もう言葉も出ず、顔も上げられず、脳内で必死に隠れる穴を探す。


「向こうを向け。身体ごと」


「は、はい!」


 ランティス様が視界から外れ、少し冷静さを取り戻したのも束の間ーー


「ら、ランティス様⁉︎ あの、あの⁉︎」


「倒れるときは、後ろ向きに倒れよ。俺が支える」


 背中からランティス様の腕が回され、両手を握られた。

 恥ずかしくて恥ずかしくて恥ずかしくて、顔が熱い。

 背中も熱いし、両手も熱い。

 淑女としてこの姿勢がとてもよろしくないことは理解出来る。

 で、ですが、これは鍛錬なのですから……

 その言い訳に甘え、私は再び目を閉じた。


その2:神魔力を自在に発動する。


 本日の担当は、ウィキニア。

 ランティス様はお仕事中だ。


 そして現在、私は空中にいる。

 眼下に広がるのは、アクアマリンのように美しい広大な湖。

 ウィキニアが私の腰を抱きかかえながら、にっこりと、それはもう楽しそうににっこりと笑う。

 以前ランティス様と東方へ行ったとき、ランティス様は私自身にも空を浮遊する術をかけていた。

 そのため、空の上という環境に慣れてからは、私はランティス様にそっと寄り添うだけだった。

 しかし、ウィキニアは今、筋力のみで私を支えている。

 ウィキニアの首に手を回し、必死でしがみつかざるを得ない私。


「アイリス」


 耳元でささやかれる毒を含んだ甘い声。


「……まさか……ウィキニア……?」


「察しが良いね。陛下に教わったよね? 神魔術は、アイリスに流れる血を媒介に、念じるだけで発動するって。転移するもよし! 防御結界を張るもよし! 何だって出来るから、大丈夫!」


 ウィキニアが、ぱっと私から離れる。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる、というより落ちてる!

 轟々と唸る風。

 見上げれば、手を振っているウィキニア。

 背中から落ちているため、湖までの距離が分からない。

 乱れる黒髪と涙の雫が私の後を追う。

 私は祈るように指を組むと、ぎゅっときつくまぶたを閉じてイメージする。

 ふわりふわりと浮かぶシャボン玉。

 その球体の中心にいる私。

 一生懸命想像して、創造する。

 しかし、落下速度は変わらない。

 恐怖に身を縮こまらせた瞬間、ぴたりと落下が止まった。


「えっ⁉︎」


 ぱちぱちと瞬きすると、ウィキニアが目の前で私を見下ろしていた。

 腰に手を当て、人差し指で私を指しているウィキニア。


「もうアイリスはだめだなぁ〜」


 ウィキニアが、慣性の法則による衝撃すら調整して、湖すれすれの高さで私を止めたようだった。


「お仕置きね」


 嫌な予感がする。

 嫌な予感しかしない。

 ウィキニアの握られていた残り4本の指が開かれた瞬間ーー

 水音と水飛沫と共に私は湖の中に落ちた。

 すぐさま引き上げられたものの、私はすっかり水浸しになってしまった。


「ウィキニア! あんまりですわ!」


「ちゃんと呼吸出来るようにしたから苦しくなかったでしょ? ほら、服も乾かしてあげる」


 抗議する私に涼しい顔をして、ウィキニアが指を鳴らす。


「俺、アイリスの泣いている顔大好き。もっと悲鳴も聞きたい」


「悪趣味でしてよ!」


 ぐっと私の腰を引き寄せ、にやりと笑うウィキニア。


「そうだよ。だから、もう1回、ね?」

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