エトワール学園(2)
聖乙女は大きな力となり得る。
聖乙女をエリューシオン聖王国で囲い込むため、殿下がリディアを婚約者としたのは国益に適うーー
が、『聖乙女の祈り』に攻略対象が複数いることからも分かる通り、強いて殿下がする必要性も無かった。
当初、次代の王妃が聖乙女、という見栄えの良さから私と殿下の婚約破棄は密かに片付けられようとしていた。
事実、民たちの間では変わらず、リディアのシンデレラストーリーは夢物語のように語られている。
しかし、貴族社会はリディアの一挙手一投足に注目し、未来の王妃としての品格を見定めた結果ーー
「アイリス様!」
学舎内の幾つかあるティールームのひとつ。
庭園に面したこの場所は、公爵家以上の子女か、彼らに招かれた者しか利用することが出来ない、というのが不文律だ。
エトワール学園入学前に卒業課程までを修めていた私は、必須講義以外に出席する必要がない。
そのため、紅茶を飲もうとティールームへ顔を出したところ、シャーロット様に声をかけられた。
「シャーロット様! まぁ! クラウディア様、フローリア様も。お久しぶりですわ」
「アイリス様にまたお会い出来て嬉しいですわ!」
「アイリス様のお戻りをお待ちしていましたのよ?」
「ありがとうございます。皆様、お変わりなくて?」
私の問いかけに3人が瞬きし合う。
口を開いたのは、シャーロット公爵令嬢だ。
攻略対象者の妹で、宰相の息子ルートを進むとゲーム内に登場する。
「私たちは特に……ですが、リディア様が少し……」
「増長しておられますわね!」
言い淀んだシャーロット様の後を継いで、クラウディア侯爵令嬢がきっぱりと言い切った。
攻略対象者である騎士団長の息子の幼馴染だ。
「お元気な方ですから、あちこちで走って転ばれたり、図書室で大量の本を落とされたり、遊歩道を外れて木の枝に髪を絡ませたり、庭園で猫を飼い始めたり、調理室に忍び込んでお菓子をお作りなられたりしても仕方ないと思っておりましたのよ?」
そういうイベントがありましたわね……と遠い記憶を呼び起こしながら、フローリア侯爵令嬢の話を聞く。
フローリア様の一族は術式研究を代々行っているため、攻略対象者のひとり、天才魔術師の学生と関わりが深い。
「ええ。それらの行いは貴族らしくはありませんでしたが、微笑ましく思う方々も……まぁ、殿方がほとんどですけれどもいましたもの……」
「ですが、ご自身より上の階級の方々に話しかけたり、並び立つような服装をなさったりといった身分を弁えない言動も多くて、私以前から気になっておりましたの!」
瞳を伏せるシャーロット様とは対照的に眼差しに力を込めるクラウディア様。
フローリア様が目を細めて笑顔を作りながら、話を続ける。
「伯爵家にお入りになる前は、平民としてお過ごしになられていましたでしょう? ですから、学園で学ぶことも多いようで、講義以外でもいつも熱心に勉強なさっておられるの。私、感心致しておりましたのよ? 他の方々もそう思われるようで、ダンスの練習にお付き合いなさったり、試験勉強をお手伝いなさったりしておられるわ。ただ、不思議なことに、リディア様はいつも殿方にお相手を頼まれるため、私はお教えする機会が無くて残念ですわ」
「私、婚約者がいる殿方にもお願い申し上げるのは好ましくないとずっと思っておりましたわ……アイリス様。私、ずっとそう思っておりましたの」
シャーロット様が潤んだ瞳で私を見た。
「心配、して下さっていたのですね」
「もちろんですわ! 私、アイリス様があの方をお慕いしているのを存じておりましたから、お辛そうなのを見るのが忍びなくて……けれど、アイリス様はご婚約者なのですから、いずれ王太子妃となってお幸せになられると思っておりましたのに……あの方がアイリス様とご婚約を破棄なさるなんて……」
ぽろぽろと涙をこぼすシャーロット様の手を私は握る。
「リディア様が聖乙女として覚醒なされたのは喜ばしいことですわ。殿下が聖乙女とご結婚なさりたいのも理解は出来ます。納得は出来ませんが。ですが、聖乙女は象徴的存在でしょう? 聖乙女におなりになろうと、どなたとご婚約なさろうと、リディア様は伯爵家の方ですわ! 創世の女神様の祝福に対して敬意を払って接しておりますのに、リディア様が王族に等しい振る舞いをなさるのは勘違いも甚だしいのではないかしら⁉︎」
クラウディア様はよほどリディアの振る舞いに対して腹を立てておられるのね。
名だたる騎士を多く輩出した家柄ですから、上下関係にお厳しいのでしょう。
「そうですわね。殿下がまたご婚約を破棄なさらないとも限りませんもの。失礼ながら、殿下は婚約破棄を軽くお考えになっておられるようですから。多くの方々の前で、何の前触れもなく、ご婚約を破棄なされたのには驚きましたわ。その上、その場でリディア様にご結婚を申し込まれましたでしょう? 私たちの手本であられるアイリス様に対してあんまりななさりようではなくて?」
「アイリス様はご立派ですわ。あのような辱めを受けましたのに……何も仰られずに身を引いたアイリス様がお可哀想だと皆様とお話していますの」
ゲームの中とは違い、私はリディアに何も言ってないし、何もしていない。
殿下との婚約破棄において、私に落ち度は一切ない。
そのため、リディアの評価が下がれば下がるほど、私に寄せられる同情は大きくなった。
王妃太后様と王妃様は、このままでは後々殿下が即位なさったときに影響が出るのではないかとご心配なのだ。




