エトワール学園(1)
美しく艶やかに咲き誇る花々の甘い香り。
初夏の澄んだ青空の下、私は真っ直ぐエトワール学園の学舎に向かって歩いていた。
鮮血帝と会うために神魔術の鍛錬を積むには、時間に融通の利くウィステリア公領の方が良いのですけれど……
仕方ありませんわね。
例え通り一遍でもレギオス帝国の情報を集めやすくなった、と捉えましょう。
遠回きに向けられる視線が刺さるが、典雅に優美に誰とも目を合わさずゆっくりと歩を進める。
すると、学舎の玄関口から私がエトワール学園に戻らなければならなくなった要因となる人物が現れた。
紺地の着衣。
これが、服装におけるエトワール学園の規則だ。
服飾品に制限は無いため、各人様々な型の衣服をまとい、華やかに飾り立てる。
しかし、ここには暗黙の了解がある。
それが、家柄に応じて、というものだ。
王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。
その中でも更に細分化されるが、上流の階級の方々より華美になってはいけない。
かつてリディアは、伯爵家という身分にふさわしくない格好をしていた。
「リディア様、素敵なお召し物ですね」
「ありがとうございます! 私、裁縫が得意なんです!」
とある侯爵令嬢の遠回しな嫌味は、リディアには全く通じなかった。
そして今、私に駆け寄って来るリディアの姿は、より一層煌びやかになっている。
「アイリス様、お久しぶりです!」
こちらを見ていた方々の眉がぴくりと動いたり、ハンカチが口元に当てられたりする。
「リディア様、ご無沙汰しております」
「戻って来て下さって嬉しいです! 皆様、アイリス様がいないと華が消えたようだってお話になっていたんですよ。アイリス様は皆様の憧れですから。ーーあ、カーティス様!」
リディアの目線に合わせて私も顔を向けると、庭園側から殿下がこちらにおいでになるのが見えた。
太陽のごとく光る黄蜜色の髪を爽やかな風がすくう。
意志の強さを感じさせる深紺色の瞳。
端正な顔立ちと凛々しい姿は、何ひとつ変わらない。
ーーはずなのに、どうしてかしら?
覚えた違和感をひとまず置くと、私は視線をやや伏せ、お声がかかるのを待つ。
「リディア。ーーアイリス、久しぶりだな。全く……お祖母様や母上の仰ることなど気にせずとも良かったのだぞ」
「殿下、ご無沙汰しております。畏れ多くも王太后様と王妃様には平素より格別のご厚情を賜っておりますので、そのご恩に報いたく存じます」
「そうか、分かった。好きにするが良い。リディア、行こうか」
「はい、カーティス様! アイリス様、また後でお話しましょうね」
「感謝致します。リディア様、はい、後ほど改めてお伺いしますわ」
一礼し、ふたりを見送る。
相変わらず私を決して振り返らず去って行く殿下と、その殿下を見上げながら幸せそうに微笑むリディア。
その2人の後ろ姿を見ながら、私は先程感じた疑問の答えを探そうとする。
いえ、今は止しましょう。
王太后様と王妃様のご懸念を晴らして差し上げることが優先だわ。
けれど、私に出来るかしら?




