前世の記憶(2)
その日、私はどうやって午後を過ごしたか覚えていない。
ただ、夜自室に帰ってから必死に記憶の整理を行った。
日本、と呼ばれる国だった。
科学技術というものが発達し、そびえるような高い建物や馬車より早い乗り物が行き交う国。
そこで私は、病弱な少女として過ごしていた。
今のように学舎で学ぶことも出来ず、どこもかしこも真っ白な病室でただ呼吸をする。
楽しみといえば、本を読むこととゲームをすることだけ。
そのゲームのひとつに『聖乙女の祈り』があった。
第1王子、宰相の息子、騎士団長の息子、天才魔術師として将来を嘱望される学生、隠しルートの精霊王の5人と、13〜18歳の貴族の子女が通うエトワール学園で恋愛を繰り広げる乙女ゲーム。
誰かひとりの親密度が100になるとルートが固定され、建国祭で聖乙女として覚醒したときプロポーズされるのだ。
それが第1部のエンディング。
私ーーアイリスは、第1王子を攻略する際、ヒロインのライバルとなる存在だった。
プレイしていた当時は、なんて高慢で意地悪なキャラなんだ、と思っていた。
「私、悪意があってリディアに色々と申し上げていたのではありませんのね。乙女ゲームのように振る舞えば、令嬢方から反感を買うのは当たり前ですわ」
貴族社会において、リディアの言動は決して許されるものではない。
殿下たちの目には天真爛漫な少女と目新しく映ったのかもしれないが。
「私はただリディアに貴族としての振る舞いを教えていただけ……ゲームの中のキャラに感情移入、というかキャラとして生まれ変わるというのは不思議な感覚ですわ」
人払いをしたため、私の独り言は宙に消える。
すっかり冷たくなった紅茶を私は1口飲んで、考え込んだ。
「本来婚約破棄など、私がリディアをどれほどいじめようとされませんわ。政略結婚ですもの……だから、例えカーティス様がリディアを愛したとしても……」
自分の言葉に自分で傷つき、私の目元が熱くなる。
でも、泣いている暇はない。
「でも、リディアは聖乙女。この戦乱の世に国に奇跡と加護をもたらす聖乙女相手では、婚約破棄もやむなしと思われてしまいますの」
いくら家同士の利益のための婚約でも、国益に勝るものはない。
「それに……カーティス様がもし、もしもリディアを選んだ場合、私、第2部のオープニングで死んでしまいますわ!」
そう、第1部の婚約破棄も問題だが、第2部の方がもっと問題だ。
「魔王復活とか……私、どうしたらいいの……?」