RE:作戦(4)
アイリスが怯えを孕んだ、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
新たな召喚者などいらない。
「我は、そのような輩と血の盟約を結ぶつもりはないぞ」
不愉快だ。
アイリスが息を殺すのを見て、胸の内に沸いた嫌悪感をゆるゆると宥める。
と共に、身を包んだ陽炎のこどき漆黒の闇が霧消した。
ディフェンシオがひざまずき、俺にこうべを垂れた。
「失言にございました。お許し下さい」
「許す。ーーアイリスは、知らなかったのか?」
「はい、知りませんでした……ランティス様、召喚陣は破壊出来ないのでしょうか?」
「あの召喚陣は、神代に結びし約定を利用し、600年程前に敷かれたものだ。人間を使った蠱毒という術を複雑に重ね合わた呪われし陣故に、生半な力では破壊出来ぬ。500年程前の女神の愛し子にも浄化することが出来ず、封印を施すしかなかったものだ。そこで、精霊王と4大精霊たちの力を組んだ精霊術式を用いて、長い時を経て呪詛を浄化することとなったのだ」
「後100年足らずで浄化出来たはずなんだけどな〜」
ウィキニアが頭の後ろに手を組み、苦々しく呟く。
俺とウィキニアを交互に見て、アイリスが思案顔をした。
何か引っかかることでもあるのだろうか?
「それで? あなたは陛下を召喚しようと企む皇帝の下に赴き、魔王は既に召喚されたと話すことで戦争を抑制するつもりだったのですか?」
ディフェンシオが話を元に戻すと、アイリスははっと顔を上げて口を開いた。
しかし、その語尾は消え行く。
「はい。いつでもどこでも皇帝のそばに転移する力を示すことで、自らの命を守るためにも拡大路線を止めるのではないかと……」
「なるほど〜。アイリスは陛下の威を借りて、皇帝を抑えようとしたんだね〜。でも、皇帝にしてみれば、召喚者がわざわざ出向いてくれるから大助かりだね!」
アイリスに対し、ウィキニアは酷く攻撃的な姿勢を示す。
インペンティスやディフェンシオが人間を嫌悪するのと違い、ウィキニアは召喚者を憎悪している。
ウィキニアの痛みも分かる故に止めることはしないが、傷つくアイリスを見捨てることもしたくない。
あの紫水色の瞳から光が失せるのは、酷くもったいない気がする。
例え今回の戦争を防いだところで、瘴気はまた生まれ出づる。
アイリスのしようとしていることは、永久に続く魔界の歴史の中では何の意味も持たない。
だが、アイリスの想いは俺にとって価値のあるものだと感じた。
ならば、アイリスが望むままに振る舞えるようにしてやろう。
「アイリス」
「……はい、ランティス様」
「そなたに俺の加護をやろう」
「「「陛下!!!」」」
口々に俺の側近たちが反対の意を唱える。
ふむ、魔王城の鍵をアイリスに渡したとき並みの大騒ぎだな。
しかし、俺は全く意に介さず、アイリスを招き寄せる。
アイリスは、素直に俺の元まで来ると、夜明け前の空と同じ色の瞳で俺を見上げた。
「目を閉じろ」
「はい」
口づけを待つかのようなアイリスのかんばせに愛おしさを覚える。
その懐かしい気持ちは、同時に哀しみも呼び起こす。
まだ、胸が痛むのだな……
俺は、アイリスのおとがいに指を添え、額に唇を落とした。
そっと離れると、アイリスが目を大きく見開き、次いで額に両手を当てると、みるみる顔を赤くする。
何か言われたり、されたりする前に、俺は急いで口を開く。
「そなたはこれより4界唯一の神魔術師だ」




