出撃
「ところでさ、俺、陛下に言われてせっかく客室使えるようにしたんだからさ、アイリス、案内するよ」
ウィキニアが髪と同じ翡翠色の瞳をきらきらさせながら身を乗り出して私を誘う。
「ありがとうございます。お願いします」
「俺も行こう」
私が立ち上がると、ランティス様も腰を上げる。
1人称、俺にすることになさったのね。
見上げると、すっと視線を外されてしまった。
「でも、ランティス様? 寝室にいらしたのでしたら、お休みになるところではございませんの?」
私の問いかけに、ランティス様は何も答えず扉を開けて部屋を出て行ってしまった。
何か怒らせるような質問をしてしまったかしら?
「くっくっくっ。気にしなくていいってさ。さっ、アイリスも行こうぜ」
戸惑う私の背を、何やらひとり楽しげなウィキニアが押す。
部屋を出ると憮然とした表情のランティス様が、私たちを待っていた。
「ウィキニア、どこの客室だ?」
「はいはい、こっちだよ」
黒い御影石のような滑らかな石で作られた廊下。
アーチ型の天井には間隔を空けて金色のシャンデリアが吊り下げられ、壁面に飾られた絵画や彫刻を照らしている。
魔族の感性も人と変わらないのね。
もっとおどろおどろしい城を想像していましたわ。
「陛下! ご報告いたします!」
私が廊下に生けられた薔薇のような花に目を留め考えていると、曲がり角から漆黒の鎧を着た騎士が現れ、声を上げる。
私は寸前のところで悲鳴を堪えた。
真紅の瞳。
それが人と同じように左右にひとつずつ、そして額にも縦にひとつあったからだ。
白色の前髪から覗く白眼のほとんどない血が滴り落ちたかのような第3の目は、一見するとルビーを額に貼り付けたようだが、虹彩と瞳孔が、それがはっきりと目なのだと知らしめる。
整った顔立ちな分、その異質な存在が恐ろしい。
ランティス様には角があるけれど、ウィキニアが人と全く変わらない容姿だったので、油断していましたわ。
ここは魔界なのですから、もっと人間離れした姿を持つ存在がいてもおかしくないのよね。
前世で魔族や魔物が出て来るファンタジー系統の読み物をたくさん読んだ知識で心構えしておかなくては。
ランティス様のそばにいると決めたのだから。
「何事だ、インペンティス?」
「はっ! 東部にて発生中でした瘴気の規模が拡大し、瘴気より多数の瘴核が出現、また血の狂乱により魔物の一部が狂魔化しました。内1体が竜です」
「分かった。東方軍に中央軍より援軍を向かわせよう。部隊の編成はそなたに任せる。我は先に出る故、そなたは編成が出来次第、我の後を追え」
「はっ! 仰せのままに!」
慌ただしく交わされる会話の意味が分からず、ランティス様の顔を伺う。
眉根を寄せた厳しい表情。
インペンティスと呼ばれた騎士は、立ち去る間際私にぞっとするほど冷たい眼差しを向けた。
ランティス様が1歩足を踏み出す。
ああ、また……
脳裏をよぎったのは、リディアを横抱きにした殿下の後姿。
ところが、ランティス様は足を止めると、振り返って私を見下ろした。
先程まで蜂蜜のようだったのに、金属のような硬質さを感じさせる瞳。
「アイリス、我は出撃せねばならぬ。そなたはーー」
「私も行きます! おそばに置いて下さるとお約束しました!」
危険な場所らしいことは会話から推察された。
私が行けば邪魔にしかならないのは間違いない。
けれど、今目の前にいるランティス様からは仄暗い嫌な感じがする。
だから、何も言わず去って行ってしまわれるのではなく、私に一言告げようとしてくれたその気遣いに賭けて私は訴えた。
ランティス様の口が開く。
「む「いいじゃん、連れて行ったら?」
ランティス様の声に被せて、ウィキニアが薄笑いを浮かべながら言う。
「陛下なら竜の1体や2体、片手間に倒せるじゃん? アイリスくらい連れて行ったってへーきへーき。アイリスに見せてあげればいいじゃん、魔界を。陛下のそばにいたいんだろ、アイリス。何を見ても聞いても大丈夫だよなぁ?」
「はい、覚悟は出来ています。ランティス様、どうか私も連れて行って下さい」
ウィキニアが先程まで好意的に振る舞っていたのは演技だったのだろう。
毒を含んだ笑顔と言葉。
だが、ウィキニアの援護は有り難い。
私は指を組んでランティス様に再度願った。
「ーー分かった。では、共に参れ」
「いってらっしゃ〜い」




