反省
「ーーランティス様?」
「ランティス、だ。我にも様はいらぬ。さぁ、呼んでみよ」
ーー呼べるはずがない……
魔界を統べる王を呼び捨てに出来る人間なんて絶対いない。
「えっと……あの……」
「どうした? ウィキニアは敬称をつけずに呼んでおったではないか。それともウィキニアは心安く呼べても、我には気を許せぬのか?」
責め立てるような物言いに上手く言葉を返せず、無言の内に再び涙がにじむ。
赤くなったり、青くなったり、悲鳴を上げたり、泣き出したり。
公爵令嬢として、未来の王妃として、内心がどうあれ常に気品に満ちた優雅な振る舞いを心がけて来たはずなのに……
私の貴婦人の仮面はどこへ行ってしまったのかしら?
これではまるでーーリディアみたい……
リディアのことを貴族の令嬢らしからぬと眉をひそめていたのは私ではなかったか?
王廟でも魔王城でも恥をさらしてばかりいる無様な自分にも、勝手知ったる貴族社会で上手に表面を飾れるからと驕って、リディアの素直な振る舞いに苛立ちを覚えた自分にも情けなさを覚える。
今までの常識など何ひとつ通用しない世界で、右は右、左は左とどれだけの人間が物事を正確に判断出来るだろう。
ゲームの世界のように直接的に、あるいは間接的にリディアに物申さなかったとは言え、私の性根は悪役令嬢そのものですわ……
注意する、しないの二極ではなく、フォローするべきだったのに。
そんな考えに至らなかったのは、結局のところ私がリディアに嫉妬していた悪役令嬢だったから。
今目の前で炯々と輝く黄金の双眸に貫かれ、ざわつきを抑えられない心。
その瞳が私の浅ましさを知って軽蔑の色をたたえたら、どうしよう?
「いや、陛下。そんな古めかしくて偉そうな口調の相手に様付けしないのは、違和感あるぞ?」
沈黙してしまった私の代わりに、ウィキニアが答える。
「む……? 我の話し方は変なのか?」
「魔王らしくて良いとは思うけどね〜。ちょっと気安く名前呼び捨てにしよう、とは思えないな。様付けで妥協しなよ。それにアイリスはさ〜、どう見ても上流階級に属する人間だよ〜? ラフな話し方は却って難しいって」
「そうか……ならば無理にとは言わぬ……が、我の話し方はどこが変なのだ?」
「ひとまず陛下は、1人称の我を変えてみたら?」
「俺?」
「そうそう、俺様は魔王だ、ふはははははっとか言ったら、すっごく笑える!」
「もう良い! そなたに聞いたのが間違いだった!」
「ーーふふっ」
ランティス様とウィキニアの掛け合いを聞いていたら、思わず笑い声を上げてしまった。
ランティス様の切れ長の瞳が不思議そうに瞬いて、ウィキニアの少し眦の下がった瞳がいたずらっ子のように光って私を見る。
自己嫌悪に浸っていた心が浮上する。
「ごめんなさい。ランティス様とウィキニアの会話がおかしくて」
「そうか。アイリスは、我ーーより俺の方が話しやすいか?」
「私はどちらでも構いませんわ。どのような話し方をなさろうとも、ランティス様のお優しさは変わりありませんもの」
「そ、そうか。だが、そなたが話しやすくなるよう努めよう」
何だかんだとウィキニアの進言を取り入れるランティス様に口元が緩む。
もうランティス様とウィキニアの前では散々恥ずかしい姿を見せてしまったし、王妃になることももうないのだから、心のままに感情を表してみよう。
そしていつかリディアに精一杯の謝罪と祝福を込めて、おめでとうと言えるようになれたらいい。
これから聖乙女として、未来の王妃として大変な道を歩むリディアを助けられるような人間になれたらいい。
まだ、殿下のことを想うと心は痛むけれど……
でもとにかくまずは、生き延びること!
本当に、どうしてこんなお優しいランティス様がエトワール学園に乗り込むような真似をしたのだろう?




