魔王城(1)
「お嬢様、とてもお綺麗です〜」
黒色のプリンセスラインのドレス。
前面は、金糸でアヤメの刺繍が施された白地のレース。
コルセットで細く絞ったウエストからふわりと広がるスカートの側面から背後にかけて裾は少しずつ長くなり、フリルが複雑な段を描いている。
上半身は身体のラインに沿って豊かな胸元を強調し、ダイヤモンドとアメジストが肌の白さに輝きを添える。
目の前の鏡に写るのは、ぴんと張り詰めた糸のような儚い危うさを秘めた神秘的な美しい少女の憂いを帯びた姿。
「ありがとう、ルナ。先日魔王陛下にお会いしたときは、かなりぼろぼろの姿でしたもの。初登城の今日は、失礼のないようにしなくては」
私は細部にまで視線を走らせ、自らの格好を確認する。
魔王城にふさわしいよう、黒色のドレスにしてみたけれど、華やかさに欠けるかしら?
魔王陛下に不快感を与えて、せっかく手に入れたそばにいられる権利を失いたくない。
「お嬢様ぁぁぁ、絶対絶対魔王陛下に俺と姉さんも今後一緒に魔王城へ伺えるようお願いして下さいよぉぉぉ!」
半泣きーー2/3泣きしながらソルが私に念を押す。
あの日あの時、魔王陛下と対峙したその場でルナもソルも意識を失ったままだったことを、ふたりは死ぬほど気に病んでいた。
死ぬほど、が比喩ではないのだ。
王廟の外で気がつき、私の魔王陛下との初対面の話を聞いたふたりは、その場で自害しようとした。
私を守れない自分たちに何の価値もないと。
それを何とか宥めて、すかして、最終的には命令までしてようやくルナもソルも刃物を置いたのだ。
「ええ、お願いしてみるわ。魔王陛下はお優しい方だったから」
私はそっと左手の中指にはめた指輪を撫でる。
冷たい雰囲気をまとったのは1度だけ。
そのとき以外、困惑した様子を見せつつも、私の怪我を治し、そばにいたいとの願いを聞き届けて下さった。
王廟からウィステリア公領の屋敷に戻ったのは一昨日。
1週間ぶりに魔王陛下に会う緊張感に、胸がどきどきする。
「それでは、行って来るわ」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様〜」
「お帰りをお待ちしています!」
「私を魔王城へ連れて行って」
私が指輪にささやくと、紅の宝玉が輝きーー
私の目の前に魔王陛下が現れた。
いえ、正確には魔王陛下の前に私が現れたのよね。
まさか真ん前に出るとは思わず、びっくりして声も出ない。
金色の瞳が少し見開かれた後、ふわりと優しく細められた。
「アイリスか」
深い海の底を思わせるような低く静謐な声が私の名を呼ぶ。
「ーー魔王陛下、ご機嫌麗しゅう存じます」
幼少期から王妃となるべく徹底的に鍛えられた礼儀作法の真価を問われるときは、今!
私はドレスの裾をつまみ、カーテシーを披露する。
「ふむ……ここいるときに転移して来るとは思わなかったな」
魔王陛下の言葉に、私は辺りを見渡す。
圧倒されるほど絢爛豪華な調度品の数々。
それでいてくつろげるよう配慮の行き届いた空間。
そして、そして、そして、ああ!
何で私はあんなに大きなものに気がつかなかったの⁉︎
「あの、魔王陛下、ここはもしかして……」
「我の寝室だ」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
私はその瞬間、全力で悲鳴を上げた。




