前世の記憶(1)
私が前世の記憶を取り戻したのは、初めてリディアに会ったときだった。
使い古された男女の出会いのシーン。
エトワール学園の廊下を殿下と共に歩いていたとき、曲がり角から急に飛び出して来たリディアから咄嗟に私を庇った殿下が、リディアとぶつかったのだ。
「きゃぁっ!」
「大丈夫か⁉︎ 怪我は⁉︎」
光の勇者の再来と謳われる殿下は武術全般に優れていて、その体幹も揺るがない。
そのため、華奢なリディアは反動で後ろに倒れこんでしまった。
事故とはいえ一瞬殿下に抱き締められてどきどきしていた私が見たのは、リディアに手を伸ばす殿下の姿。
深紺色の瞳と湖水色の瞳が見つめ合う。
殿下の黄蜜色の髪とリディアの白銀の髪が窓からの光できらきらと輝いてーー
ああ、この光景に見覚えがある、と既視感を覚えた瞬間、私の脳裏に前世の記憶が蘇った。
断片的な映像が次々と思い起こされる。
混乱し、額を抑える私をよそに、リディアが殿下の手を取る。
「も、申し訳ございません。大丈夫です」
「念のため医務室で診て貰おう。アイリス、
フィリオに言伝を頼む。……アイリス、どうした?」
「い、いえ、分かりました、カーティス様。フィリオ様にはカーティス様は遅れるとお伝えしておきます」
殿下が私の様子に訝しげに眉をひそめたため、私は慌てて表情を取り繕い、笑顔を作る。
「あ、あの、私は大丈夫です! 11時から精霊術の講義もありますし!」
「11時の鐘ならとっくに鳴ったが……? なるほど、それで慌てていたのか。だが、このエトワール学園の学舎内で走る者など初めて見たぞ」
殿下が面白そうに笑みを浮かべてリディアを見ると、リディアはその頬を真っ赤に染めてうつむく。
「申し訳ございません……」
消え入りそうな声で再び謝罪するリディアに殿下は更に笑みを深くすると、軽々とリディアを横抱きにする。
私の胸を貫く刺すような痛み。
「講義は欠席だ。勢いよくぶつかって倒れたのだ。後から痛むかもしれぬ。良いから医務室に行くぞ」
リディアがあれこれと言葉を並べて遠慮するのを楽しそうに聞きながら、殿下はただの1度も私を振り返らず去って行った。
知っている、知っている。
私はこの場面を知っている。
呆然と立ちすくみ、私は殿下の後ろ姿を見送った。