RE:治癒
「ーーもう1度言ってくれぬか?」
「私をおそばに置いて下さい!」
聞き間違いではないことを知りつつも、念のため再度確認すると、同じ答えが返って来た。
そばに置くというのは、ディフェンシオやインペンティスのように我に仕えるという意味であろうか?
まさか妃として、という意味ではあるまい。
意図が読めずアイリスを観察すると、何が嬉しいのか笑っている。
ほんの束の間蘇る面影。
遥か遠い昔の記憶。
我はその思い出を強引に振り払うと、アイリスの笑顔の理由を考察する。
我のそばにいたがるのは魔族や魔物ばかり。
魔王となった我に微笑みかける酔狂な人間などいるはずもない。
だから、アイリスは人間ではないかもしれない。
「そなた、人間よの?」
「ーー私、人間ではないのでしょうか?」
ぽかんとするアイリス。
愚かな質問だった。
目の前の現実が信じられないばかりに斜めの方向に思考が飛んでしまった我も我だが、なぜアイリスは肯定でも否定でもなく、疑問を返すのか。
結局、我が問いに我が答える羽目になった。
「いや……我の目には人間に見える……」
「良かっーーっぅ!」
手を叩いたアイリスが、苦痛に顔を歪めた。
ーーそういう顔は見たくない。
「貸せ」
故に我はアイリスの元へと転移する。
「きゃぁっ! ま、魔王陛下。びっくりしましたわ」
小さく上げられた悲鳴。
瞬間、諦念と悲哀が胸を貫いた。
が、続いた言葉に困惑してアイリスの顔を見つめる。
恐怖も嫌悪も浮かんではいない。
驚いただけ、か。
我は安堵と共に同じ言葉を繰り返した。
「貸せ」
「えっと……? 何をお貸しすればよろしいのでしょうか?」
「手だ! 手を貸せ! 血を流しているのだろう。ーー転んで。ふっ」
アメジストのように輝く瞳をぱちくりとさせるアイリスは、まるでいたいけな幼子のようだ。
ああ、うっかり転ぶような人間だった……
思わず笑みがこぼれる。
差し出された手のひらを見れば、両手とも大きく擦りむいて、血が滲んでいる。
かなり派手に転んだようだな。
アイリスの手の上から治癒魔術をかける。
瞬く間に癒せるはずなのに、ほんの少しだけ時間をかけてしまったのはなぜだろうか。
手を引くと、傷ひとつない滑らかな肌が現れた。
「ありがとうございます! 魔王陛下!」
アイリスが花開いたように笑った。
頬が熱くなる。
我は慌ててアイリスから距離を取った。
魔王が人間に見惚れるなど、あるはずがない。




