RE:決意
転んだ、だと?
つまりあのアイリスとかいう人間は、うっかりで我を呼んだのか?
どういう思考回路の下、そのような状況を作り出したのか……
我はまじまじとアイリスと名乗った人間を見つめる。
汗と泥にまみれていても、きめ細やかな肌が青ざめたのが分かる。
事の重要性を理解出来たようだ。
「いえ、あの、確かにお呼びしたつもりはありませんでした。でも、私、魔王陛下にお会いしたかったんです!」
異物故に意識の戻らぬふたりの人間を庇うように進み出たその人間の言葉に、我はやはりな、と落胆する。
そして覚えたのは怒り。
所詮人間。
自らの欲望のままに他者を踏みにじる性根は、幾千年経とうと変わらない。
「何を欲して我に会うことを望んだ、欲深き人間よ。世界を征服するほどの力か? それとも永遠の命か? 尽きせぬほどの財宝か?」
くだらぬ。
人間ごときが傲慢にも我を呼ぶとき、決まってその身に余るものを望む。
ほんの一瞬、ほんの一片だけこの人間は違うのか、と興味を覚えた分、怒りが募る。
血の盟約が無ければ、即座にあの人間の命を絶つものを!
「力も永遠の命も財宝も望みません。私は、魔王陛下に聖乙女と会って頂きたくないだけです」
予想だにしない答え。
怒りが霧散し、戸惑いが戻る。
何?
聖乙女?
久方ぶりの人の世に感覚を巡らすと、確かに一際清廉な光を放つ存在がある。
だが、あの女神の愛し子になぜ我が会わねばならぬ?
「ーー我に女神の愛し子と会う気はないが? 古の盟約に従い、そなたが呼ばねば、人の世に来る気もなかった」
「あ、あら? 魔王陛下は、聖乙女に興味がないのでしょうか?
500年ほど前、封印の陣が敷かれたことを思い出す。
封印は、邪な人間が我と関わるのを防ぐために女神の愛し子が召喚の陣の上に施した術。
古に交わした約定のため、我は召喚されたとき応ぜねばならぬ。
召喚者の願いを叶えるために。
その願いを曲解することは出来ても、拒否することは出来ない。
魔族と魔物を統べる我を呼ぶような人間の願いなど下劣なものばかり故に、召喚の陣を封印されたときはせいせいした。
が、それだけだ。
「ない」
なぜそれで女神の愛し子に興味を覚えようか。
女神の祝福を受けようと、人間であることに変わりはない。
「それではあの、世界を滅ぼすとか、そのような願いもお持ちではないのでしょうか?」
「ない」
アイリスとやらが何やら思案しているのを眺めながら、面倒だなと思いつつも召喚者のために問いに答える。
この者は一体何のために我に会いたがったのか……
どうやら何かしらの決意を固めたようだ。
紫水色の眼差しが我を見つめる。
「魔王陛下、お願いがあります」
そうであろう、な。
いつまでもどこまでも人間というものの欲は尽きぬ。
「私をおそばに置いて下さい!」
どうしてそうなるのだ⁉︎




