治癒
「ーーもう1度言ってくれぬか?」
「私をおそばに置いて下さい!」
魔王に問われ、再度私は願いを口にする。
我ながら良いことを考えたと思うと、自然と口元が緩む。
魔王のそばにいれば、魔王がリディアに会いに行くことを止められるだけではなく、国に仇なすことも止められるかもしれない。
そう、『聖乙女の祈り』の第2部のオープニングを変えるのではなく、第2部そのものを始めさせなければいいのよ!
素晴らしい思いつきに、ますます笑みがこぼれる。
幸い現時点での魔王に、リディアと会うつもりも世界を滅ぼすつもりもないようだ。
しかし、1年後は保証出来ない。
私の死亡フラグを折るためには、このままの魔王でいて貰いましょう。
そのためには、魔王のそばで見張っていなくては!
「そなた、人間よの?」
「ーー私、人間ではないのでしょうか?」
まさかの確認事項に、自分のアイデンティティが揺らぐ。
確かにこのアイリス・ウィステリアという存在は、前世でプレイした乙女ゲームのキャラクターだ。
つまり、2次元である。
私、自分のことを人間だと思っていたのですが、違ったのかしら?
「いや……我の目には人間に見える……」
「良かっーーっぅ!」
安堵して手のひらを打ちつけると、傷口に響いて、思わず眉をしかめる。
なぜ自分が怪我をしてることをすぐ忘れてしまうの……
「貸せ」
唐突な言葉。
「きゃぁっ! ま、魔王陛下。びっくりしましたわ」
ふっと空気が動いたかと思うと、すぐ目の前に魔王が現れ、悲鳴が漏れる。
先程の血も凍えるような殺気を感じないせいか、恐怖はなく、ただ驚いた。
見上げれば、怒ったような困ったような表情で魔王が私を見下ろしている。
「貸せ」
「えっと……? 何をお貸しすればよろしいのでしょうか?」
「手だ! 手を貸せ! 血を流しているのだろう。ーー転んで。ふっ」
首を傾げる私に魔王が苛立ったように催促する、がなぜか最後に小さく笑われた。
その笑顔に思わず目を奪われる。
存外、可愛らしい……
私がおずおずと手のひらを差し出すと、魔王が傷口の上に手をかざす。
触れそうで触れないそのわずかな隙間に感じる熱。
寒いこの空間で冷えた身体の一部に暖かさが戻る。
魔王の手が離れ、残念だと思いながら手のひらを見ると、派手に擦りむいて血をにじませていた傷が綺麗に癒えていた。
「ありがとうございます! 魔王陛下!」
微笑んで礼を言うと、魔王が瞬く間に先程の位置に戻る。
ほんの一瞬魔王の顔が赤く見えたのは気のせいだったのでしょう。




