婚約破棄
「アイリス・ウィステリア、そなたとの婚約を破棄する!」
突然の宣告。
光の勇者の再来と謳われるエリュシオン聖王国の第1王子の言葉に、私は胸の奥が凍るような衝撃を覚える。
覚悟はーーしていた……
それでもカーティス様を愛していたから、私はもしかしたらという一縷の望みを捨てきれなかったのだ。
しかし、私に泣くことは許されない。
誇り高きウィステリア公爵家の第1女として、私は内心の暴風雨を露とも見せず、優雅に一礼してみせる。
「御心のままに。そして、聖乙女の顕現を心より祝福申し上げます」
「アイリス様……ありがとうございます」
カーティス様のーーいいえ、もう婚約者でもないのにお名前をお呼びすることは出来ないーー殿下の横に寄り添うように立つ儚げな少女が、湖水色の双眸を潤ませて、私に微笑む。
その額には、聖乙女の証である光の紋章が輝いていた。
「リディア・アナトリア、我が聖乙女よ。建国の祖、光の勇者と聖乙女のように私と共にこの国の繁栄を担って欲しい。私と結婚してくれるか?」
「はい、はい、カーティス様。ずっとお慕い申し上げておりました」
その瞬間、エトワール学園の星殿にいた貴族の子女たちから歓声と拍手が湧く。
誰も、私を見ない。
当たり前だ。
これは、リディアの物語。
『聖乙女の祈り』の第1部のエンディングシーンなのだから。
前アナトリア伯爵の妾腹の娘で平民として育ったリディアが、異母兄が家督を継いだことをきっかけに伯爵家に引き取られた後、エトワール学園に入学し、様々な男性たちと交流しながら親密度を上げる。
そして、建国祭の儀式のときに聖乙女の証を創世の女神から授かり、その男性たちのひとりから愛を告白されるという日本の人気乙女ゲームのストーリーに則ったイベント。
前世の記憶通りに展開してしまった現実に、私は指先が白くなるほど重ねた両手を握りしめた。
良かった……
誰も、私を見ていなくて……
誰にも、頬を伝う涙を見られずに済んだわ……