本気モードのカットロン十三世
周りがなにも見えない洞窟を、カシアは右手に火の玉を浮かべてランプの代わりにしつつ、左手にエナージュの杖を握りながら、ただひたすら走り続ける。
疾風のブーツのおかげで通常よりも早く走ることはできたが、靴底から伝わる地面のゴツゴツして硬い感触が、容赦なく足へ負担をかけていく。それでも地上へ近づくにつれ、体に力が戻ってくる手応えが感じられた。
本当に針の穴程度でしかなかったが、前方に光が見えてくる。地上からの光は、カシアの心も明るく照らす。
(あともう少し……ん?)
背後から狼のような雄叫びと、地を揺らしながら走ってくる重い足音が聞こえてきた。
(ゲッ、ソルのヤツが来やがった。急がないと!)
カシアは火を消して大きく腕を振り、全力で走り出す。
しかし上り坂を走り続けることは厳しく、すぐに足の動きは遅くなり、息苦しくて顎が上がってくる。
(ヤバい、このままだと確実に追いつかれる!)
ふと地上まで逃げ切るために風の精霊を暴走させて、出口へ飛ばされることを思いつく。しかし洞窟の壁やら地面に叩きつけられて、この体が無事には済まないだろうということは容易に想像がついた。
(どうすればいい? どうすれば一気に出口まで行け――あっ)
思わずカシアは手を叩き、にやりと笑う。
そして右手を出口に向けてかざし、なけなしの魔力を飛ばした。
三秒後。
出口から人を脱力させる声が、急速に近づいてきた。
『ぃぃぃぃいいやっっっほほーい! カットロン十三世、華麗に参・上! よーろれいひー』
目の前に現れたカットロン十三世を、カシアはむんずとつかみ、走りながら思いっきり引っ張る。
『いやーん、いったーい。もっとやさしくしてくれなくちゃ、ワッタシ悲しいわン』
「黙れ、ミミズもどき。大人しく体を伸ばしやがれ!」
カシアが命令すると、カットロン十三世の体が急に硬直して伸びるのをやめる。
『ワッタシの名前はカットロン十三世よン。ちゃんと名前を言ってくれなきゃワッタシ、ぷぅっ、てなっちゃうわン』
ミ、ミミズもどきの分際で。
顔が引きつってしまうが、ここで言うことを聞いてくれなければ大いに困る。意地を張って死にたくはなかった。
カシアは忌々しく思いながらも、心の中で白旗を揚げた。
「あー分かったよ。非常事態なんだ、役に立て! カットロン十三世!」
カシアの鋭い声が洞窟内に響く。
にやけていたカットロン十三世の目が、いきなり凛々しくなった。
『正しき名を呼びし我が主。この命尽きるまで、主のものとなろう』
急に偉そうなことを言い出したと思ったら、カットロン十三世は自らその身を細く伸ばす。
その先端をカシアはしっかと握り、腕を大きく振りかぶった。
「できるだけ出口に近い所で天井へくっついて、ブランコみたいに体を振ってくれ。勢いをつけてアタシを出口まで投げるんだ。やれるか?」
『お安いご用だ、我が主』
カットロン十三世の体がさらに伸びて、伸びて、洞窟の天井にくっつく。
次の瞬間、カシアの足が浮き、猛スピードで前へ飛んでいく。
ぐんぐん出口が近づき、カットロン十三世がカシアを投げ飛ばす直前で、
「後はソルの足どめをしろ、カットロン十三世!」
とカシアが叫んだ。それを聞いたカットロン十三世の目つきが精悍になり、なぜか濃い眉毛が生えてきた。
『また我が名を呼んでくれたな! 必ず主の期待に応えようぞぉぉぉぉ!』
カシアを投げた反動で、カットロン十三世の体が大きく後退する。
飛ばされながらカシアの耳は、「なんだコイツは!」と憤慨するソルの声を拾う。やる気を出したところで最弱の幻獣。一秒でも足どめしできれば十分だった。
カシアは「ざまみやがれ」と鼻で笑いながら、後ろを振り返らず出口を見据え続けた。




